第31話 ある日のクエスト
俺が冒険者となって、かれこれ十日が過ぎた。
もちろん、十日ほどがんばったくらいでギルドから上級冒険者に認められまし
た! ……なんて事がある訳もない。あって欲しかったが、ある訳なかった。
ギルド側から見れば、まだまだ俺はピヨピヨ鳴いてるヒヨッコでしかないのである。認められるためにも、実績作りをしなければならない。
「――オラァァァッ!! 次ぃぃぃ――――――っ!!」
と言う訳で、今日も今日とてエスト達パーティー仲間とともにクエストに勤しんでいる。
"はみだしヒツジ"の一頭を戦闘用チェーンソー『エルガーレーヴェ』で切り捨てたエストは、魔物の群れへ向け雄叫びを上げた。
現在戦っている"はみだしヒツジ"は、ヒツジが凶暴化した魔物だ。『ケッ、どうせ大人なんてよぉ……』とでも言いたげな荒んだオーラを発散させながら他の生物へと集団で襲いかかる、そこそこ危険な魔物である。
一頭のはみだしヒツジがエストへ向かって突進してくる。『モフろうってんのかぁっ!? ああコラッ!!』とでも言いたげな勢いである。
「ふ……っ!」
エストは突進をサイドステップで避けつつ、エルガーレーヴェを一閃。鋭い刃がはみだしヒツジを捉える。魔物は断末魔の悲鳴を短く上げて草原を転がり、やがて動かなくなった。
「エスト! 別方向からも来てるぞ!」
俺は警告を飛ばす。
彼女から見て、左後方から一頭のはみだしヒツジが突っ込んでくる。エストはちらっとそちらを確認し、すばやく退避。
「エストちゃん!」
同時に
「
そこにセイナの魔術が飛んでくる。高速回転する円盤状の水塊が命中、皮膚を切り裂かれたはみだしヒツジが地面に倒れた。
三人ともそれぞれに奮戦する。一頭、また一頭と順調に魔物の数が減っていく。 いい調子だ。これなら俺が手出ししなくとも問題はないだろう。軍師として戦況の
「ノル! 一頭抜けたわ!」
と思っていたら、俺の方へはみだしヒツジが突進してきた。
くそっ、魔物め! 俺がせっかく指揮官としての極めて重大な役割を、強い責任感とともに全身全霊でまっとうしようとしていたってのにっ!!
文句を言っても魔物は止まってくれない。俺は杖を向け、魔術発動のために意識を集中。
準備完了。
「
杖の先端からバレーボール大の火球が現れ、飛翔音とともにはみだしヒツジへとまっすぐ飛んでいく。
命中。
草原のど真ん中で轟音とともに真っ赤な炎が膨れ上がり、はみだしヒツジを飲み込む。爆風に乗った熱気が周囲へと広がり大気に混ざって霧散する。
炎が晴れる。
真っ黒に焦げた土と草の上に、丸焼きとなったはみだしヒツジが倒れていた。
「すっごいねー……」
「相変わらずの威力ですね」
メリーとセイナが魔物へ目をやりながら言った。
「みんな、あと少しだ。油断せず魔物の数を減らすんだ」
「しゃああああらああああああああ――――――――っ!!」
エストが狂戦士よろしくはみだしヒツジへと突進。うろたえた様子の魔物達へ、うなるチェーンソーの刃を振り下ろしていく。
エストの
「……いやー、切った切ったー」
ひと仕事終えた風にひたいの汗を手の甲でぬぐいながら、エストは満足そうに言った。
「はみだしヒツジを切った手応え、魔物としてはスタンダードなものだったわね。それだけに飽きがこないって言うか。素材のよさがそのまま伝わってくる感じだったわ……」
ポテチのうすしお食ったみたいな感想言いやがって。
「お前、間違っても人間は切るんじゃねえぞ……」
念のためクギを刺しておく。俺の脳内では、血まみれのチェーンソーを持ったエストが
「失礼ね、そんな事する訳ないじゃない。私にだってそれくらいの常識はあるわ」
「そうか」
俺は安心した。
"自分のやってる事が非常識という自覚アリ"だと認めているのも軽くスルーできるほどに安心した。
「……まあ、切っちゃいけないものを切る背徳感は甘い甘い蜜の味、ってのは否定できないけどね……。エルフの里の木とか、木々とか、森とか」
こいつ、あぶない。
「……エルフ少女の鎖骨をつたう一筋の汗……ふふ……ふふふ……」
「はいそこ。被写体の許可なく写真撮らない」
鼻息を荒くしたセイナがこっそり写真機を向けていたので、手でさえぎって妨害しておく。
こいつもあぶない。
ちなみにセイナはクエストにも写真機を持ってきているが、安全な状況下以外では撮影をしない。
さすがにその辺りの良識は持ち合わせた奴ではある。隠し撮りはしちゃダメと言う良識は捨て去ってやがるだけで。
「ねーみんなー。魔石拾うのと、倒したはみだしヒツジをカバンに入れるの手伝ってよー」
はみだしヒツジを引きずっていたメリーが声をかけてきた。
地面に置かれたセイナの
魔物の死体はその場に目印を残してギルドに回収を任せるよりも、直接持って帰った方が実入りが多い。手数料をさっぴかれないし、肉なんかは時間が経つと腐って売りものにならなくなってしまう。
「ごめーん、すぐ行くからー」
「こっちはあたしひとりでも大丈夫そうだから、あっちの方よろしくー」
ちみっ娘な見た目に反してメリーはけっこう力が強い。体重数十キロの魔物をひとりで引きずっている。
魔術の力で身体能力を強化しているためだ。こうした身体強化魔術は、他者から教わらなくとも当人が自然に習得してしまうケースが珍しくない。
メリーは魔術カバンの口を開け、魔物を内部へ押し込み始めた。作業に難儀している様子はない。彼女ひとりに任せても大丈夫そうだ。
「――ぴょまあああああああっ!?」
そう思った俺が間違いだった。いつの間にか、メリーの全身が魔術カバンの中にすっぽり収まっていた。
あのカバン、悪用防止のための細工で人間が入ると頭がビョンビョロビョーン、ってな感じになるんだよな……。
慌てて駆け寄り、メリーを外へ引っぱり出す。
「……あ、ありがとー……」
「……なにしてんだか……」
メリーは半グロッキー状態で草原に倒れ込んでいた。
こいつの不器用さを舐めてたよ。
「ったく。……ほら三人とも。早いとこ魔物をカバンに詰めてさっさと帰ろうぜ」
「いや、あんたも手伝いなさいよ」
手頃な岩の上に腰かけたら、エストに叱られた。
「いや、俺は指揮官としての重責をまっとうしている最中で」
「あんたの脳内じゃ、軍師や指揮官の役割がどんだけムシのいいもんになってんのかしらね……」
強い責任感をともなう、極めて重大な役割です。
「言い訳はいいから。さっさと手伝いなさい」
「ノルくーん。そう言うのはダメだよー」
「ふたりの言う通りです。サボりはよくありません」
「分かった、分かったって。やります。やりゃいいんでしょーが」
全員から一斉に責められ、俺はのっそり立ち上がる。それから、草原のあちこちに倒れているはみだしヒツジの死体を魔術カバンに詰め始めた。
なんだかんだ言って、冒険者生活にも慣れてきた。
とは言え、ダラけて過ごしたいと言う思いに変わりはない。つくづく俺はインドア向きの人間なのだと実感している。
あー、早くレット村に帰りてえ。
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お付き合いいただきありがとうございました。
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俺のパイルバンカーを「短くてショボいクソザコ」呼ばわりしやがった女神。いつか絶対にあんたを理解(わか)らせてやるからな
ファイアボール乱舞~のんべんだらりと暮らしてたら村を追い出されたので、ファイアボールを頼りに冒険者として成り上がる~ 平野ハルアキ @hirano937431
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