第27話 魔族化したアースエレメント

「……と、取りあえず、まずはメリーを助けなきゃね!」


 エストは停止させていたエルガーレーヴェチェーンソーを再駆動させる。


「これが最後のマナよっ!! おっ死ねやぁぁぁぁ――――っ!!」


 チェーンソーを大上段に振りかぶり、大型アースエレメントへと突撃する。


 だが。


「うひゃあっ!?」


 大型アースエレメントは魔術のツタを動かし、拘束しているメリーを突進して来るエストの前へと突き出した。


「エスト止まれっ!!」


「やっば……っ!?」


 全速力で駆けていたエストが急ブレーキ。


 チェーンソーが振り下ろされ、メリーの額に触れる――寸前でエストの腕が止まる。刀身が停止し、高速で回転する刃がメリーの眼前で空気を切っていた。


「…………」


「……ご、ごめんねー……」


 メリーは顔面蒼白で固まっていた。まあ、すぐ目の前でチェーンソーが動いているのだから当然だろう。トラウマにならない事を祈る。


 そしてチェーンソーが停止する。宣言通りMPマナ切れになったのだろう。すぐさまエストは後退。


「なんて事……っ!! 幼女を人質にするだなんて……っ!!」


「だから言い方っ!!」


「あたしもう大人だもんっ!!」


 セイナの平常運転な発言にメリーがしっかり反応をよこしていた。よかった、割と元気そうだ。


「にしても、エレメント系の魔物があんな手を使うだなんて聞いた事ないわよ」


 エストが言った。


 あれは確実にメリーを盾にして、エストからの攻撃を防ごうとしていた。


 しかし、今のあいつは魔物化して高い知能を獲得している。実際、俺達の言葉をマネしてしゃべるようになっている。


 そこから考えると。


「……ひょっとしたらあいつ、メリーの"味方をかばう"って行動を形だけマネたんじゃねーか?」


「ああ、なるほど……。確かにそんな感じだったかも」


 さっきメリーは俺達の前に出て、エレメント達が放ったアースバレットを防いでいた。


 それを見た大型エレメントが『なにかを前に出して攻撃を防ぐ』事を覚えたとしても不思議ではない。


 だとすると厄介だ。うかつに攻撃すればメリーを傷つけてしまうかも知れない。


「そう言うあいつはあいつで、さっきから全然攻撃して来ないな」


『ヤッバ……』


 メリーをツタで拘束したまま、さっきの言葉を繰り返しているだけだ。それ以上はなんの動きも見せていない。


「エレメントも中位土岩魔術アイヴィーバインドを使っている最中ですからね。さすがに他の魔術を同時に使用する事はできないのでしょう」


「……って事は、慌てる必要はないのかもな」


 現状ではメリーの動きが止められているだけだ。こちらからなにもしなければ、彼女の身に危険はないだろう。しかも他のエレメントはすでに全滅させている。


 これ、普通に近づいてナイフでツタを切るだけでなんとかなるんじゃ。


 そう思ったのだが、


「ううん、ノル君。なんかだんだん、締めつける力がつよ……ぅうっ!!」


「メリーッ!?」


「だ……大丈夫……。ただ、早いとこ助けてくれると嬉しいかも……」


 苦しげな声を漏らしながら答える。


 固い金属鎧の上から締め上げるのなら問題はないだろう。しかし彼女の鎧は全身をくまなく覆うような種類ではない。動きやすさや軽量化を考え、胸などの急所のみを覆うものだ。鎧に覆われていない部分――つまりは服の上から彼女の体を締めつけているツタまでは防げてはいない。


 甘かった。あまり時間をかければメリーが危ない。


『オッチネヤー……』


 大型アースエレメントがあまり教育によろしくない言葉を発するとともに、体から漏れる輝きが強くなった。


 直後、魔術のツタが新たに二本伸びる。


 その二本が俺へと襲いかかって来る。ムチのようにしなるツタが縦に振り下ろされる。


「おわ……っ!!」


 俺は慌ててその場から飛び退く。石床を叩く音が鋭く響き、神殿内の闇を震わせた。


 くそっ、あんな使い方を思いつきやがってっ!!


 これではうかつに近づく事もできない。


 しかもエストもマナ切れで、メリーも捕まっている。こちらの前衛がほぼ機能していない状態だ。


 つまり俺とセイナの後衛組が魔術でなんとかしなければならない。


「ぅ……くっ……」


 かと言って、メリーに攻撃を当てるのは絶対に避けなければならない。


 ここが気合の入れどころか。俺にまったくふさわしくない状況だが、こうなりゃ腹をくくってやる。


 ましてや今日の俺はやる気モードなのだ。気合のひとつくらい、なんとか入れられる。


「ふたりとも。隙を見て俺の援護を頼む」


「なにするつもり?」


「なんとかメリーに当てないよう奴を攻撃する」


 そう言ってから大型エレメントに杖を向ける。魔術発動のために意識を集中。


 やる気モードの俺をなめるなよ!! すっごいがんばる!!


「ファイアボール!!」


 使用するのはファイアボール・照明版だ。杖の先端から握り拳ほどの火球が現れる。


「メリー、ちょっと我慢してくれっ!! すぐ助けるからっ!!」


 俺は大型エレメント目がけ、ファイアボールを飛ばした。


「ひゃあっ!?」


 大型エレメントはツタをすばやく動かし、メリーを盾にする。


 しかし俺はファイアボールの軌道を曲げる。メリーを迂回し、そのままエレメントへ向けまっすぐ飛ばす。


 命中。


 ボンッと炎が弾け、土塊の一角が飛び散る。


 致命傷にはほど遠いだろうが、ダメージには違いない。


 大型エレメントが攻撃用のツタを振るって反撃してくる。落ち着いて回避。


下位水流魔術スプラッシュ!」


 追撃しようとするエレメントに、別方向からセイナの魔術が襲う。勢いよくぶつかった水の球がエレメントの動きを阻害し、土の体を崩す。


「まだ行くぞっ!!」


 隙を逃さず俺は続けてファイアボール・照明版を撃つ。集中を切らさず、立て続けにもう一発。


 合計二発の火球を大型アースエレメントへ飛ばした。


『ヨウジョ……』


 エレメントは攻撃用のツタでセイナを牽制しながら、メリーでファイアボールを防ごうとする。ところで覚えるならもっとマシな言葉を覚えてくれ。


 メリーにぶつかる前に、今度は火球を左右二手に分かれさせる。敵の両側面からそれぞれにファイアボールをぶつける。エレメントの体が飛び散り、確実に削れていく。


「いい調子です、がんばって下さいっ!! 美少女萌えっ!!」


「まかせろっ!! あと余計な言葉覚えさせようとすんなっ!!」


『ビショウジョモエ……』


「ほーら言わんこっちゃないっ!!」


 覚えるまでの時間も短くなってやがるしさぁっ!! マネするならせめて別の奴を選んでくれっ!!


 そう思いつつ、俺はファイアボール・照明版を二発撃つ。


 奴は性懲りもなくメリーを盾に。


 何度やっても同じだ。火球を迂回させ――


「にゃ――――――っ!?」


 突然、アースエレメントはツタを操り、拘束しているメリーを大きく横なぎに振るった。


「やべっ!!」


 メリーとファイアボールとが衝突しかける。咄嗟に火球を制御し、その軌道を大きく曲げる。


 それ以上制御する余裕はなかった。二発の火球はそれぞれあさっての方向へ飛んで壁と天井に命中。暗闇をぱっと照らし、そのまま消滅した。


「くっそ……」


 メリーを振り回して、ファイアボールをかき消そうとしたのだろう。


 奴もだんだんと頭がよくなっている。それに、アイヴィーバインドの扱いにも慣れて来ているようだ。あまり時間をかけると、その分こちらが不利になる。


「……きゅ~……」


 それにメリーも振り回されてヘロへロである。そう言う意味でも時間はかけられない。


「ファイアボール!」


 俺は三たびファイアボール・照明版を撃つ。


 今度は三発の火球を別々の方向から向かわせる。高さもバラバラに、メリーを振り回して防がれないよう速度もゆっくりと。


『ニャ――……』


 大型エレメントもメリーを突き出して身を守ろうとする。


 だが、三方向から迫る火球をどう防ぐべきか迷っている様子だった。少しづつ迫るファイアボールを牽制するように、メリーを小刻みに動かしていた。


 その動きに合わせて俺もファイアボールを小刻みに動かす。球技で例えれば、まるでボールを止めようとするディフェンスと、それをかいくぐろうとするオフェンスのような状態だ。


 一方で攻撃用ツタはと言えば、セイナへの対処に投入している。彼女が魔術を使おうとするのを、ムチのように振るって妨害している。


 戦況は膠着こうちゃく状態と言っていいだろう。どうやら、大型アースエレメントにはこの状況を打破するだけの手札はない様子だ。


「――隙ありぃっ!!」


 しかしこちらにはある。


 ずっとタイミングを計っていたエストは、この瞬間を見逃さなかった。一気に飛び出し、メリーに向かって一直線に全力ダッシュする。


 その手にはナイフが握られていた。冒険者なら野外作業用として誰でも持っている道具だ。


 エレメントはとっさに反応できない。その間に俊足を飛ばし、メリーとの距離を詰める。


「エストちゃんっ!」


「おまたせっ、すぐ助けるからっ! ……りゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 メリーの元へとたどり着いたエストは、拘束しているツタをナイフで切りつけ

る。


「ったく、たまんねぇんだよなぁ!! この手応えがよぉっ!!」


「エストちゃんっ!? なんか怖いんだけどっ!?」


 囚われの仲間を救出しているとは思えない声を上げ、一本、また一本とすばやくツタを切断していく。


 エレメントはセイナを牽制していた攻撃用のツタを、慌ててエストへ向かわせようとする。


「させねえよっ!!」


 メリーを抑えられた今、ディフェンスはないに等しい。三つのファイアボールをノーガードの本体へまっすぐ向かわせ、直撃させる。


 三発立て続けに攻撃を喰らい、大型アースエレメントはひるむ。その間にエストは全てのツタを切り終え、メリーを連れてその場から離れる。


 もはや盾はない。遠慮は無用である。


「とどめだっ! ファイアボールッ!!」


 俺は無防備なエレメントへ向け、通常のファイアボールを放つ。


 最後のあがきでエレメントは攻撃用のツタを振るい、ファイアボールを迎撃しようとする。しかしバレーボール大の火球に太刀打ちはできない。逆にツタが焼き切られる。


『……タマンネェンダヨナァ……』


 そのままエレメントの体にファイアボールが直撃。火球が膨れ上がり、暗闇に鮮やかな紅蓮の大輪を咲かせる。


 再び闇が戻る。暗闇の中にたいまつとランタンの光だけが浮かぶ。そこにアースエレメントから漏れる光はない。


 討伐完了である。



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