第28話 祭壇周辺の調査

「メリー、大丈夫か?」


「うん、へーき。ありがとうノル君。それにエストちゃんにセイナちゃんも」


 メリーがぺこりと頭を下げる。


 彼女を縛っていた魔術のツタは術者である大型アースエレメントが倒された事で消滅していた。


 基本的に、魔術で生み出されたものは術者の制御が失われればやがて魔力マナへと戻ってしまうのである。


「ごめんねみんな。あたしが捕まっちゃったせいで迷惑かけちゃった」


「いや、そもそもメリーが捕まったのは俺達の盾になってくれたからだろ? むしろ助けられたんだよ」


 彼女は盾役としての仕事をしただけだ。責めるのはまったくの筋違いである。


「それよりもメリー」


 セイナが真剣な表情でメリーの顔をのぞき込む。


「服を脱いで下さい」


「うん……って思わず言っちゃったけど、どう考えてもおかしいよね!?」


「いえ、おかしな話じゃありません。きちんと真面目な理由があるのです」


「理由?」


「ええ。あなたは魔物が放ったツタに強く締め上げられた後ですよ? かなり苦しかったはずです」


「……まあ、それはそうだけど」


「骨に異常が出ていないとも限りませんし、痕になっているかも知れません。念のために検査をしておきたいのです」


「……うん。確かに」


「ヒールを使うにしても、患部を特定しておいた方が効率がいいのです。患部が分からないからと全身にかけて、マナを無駄遣いするのは望ましくありません」


「……そうだよね」


「脱ぐ時は上目遣いでお願いします」


「ここで一気に台なしにしやがったか」


 そろそろかなとは思ってたよ。


「だいたいだな。裸くらい、女湯に入った時にいくらでも見られるだろうに」


「分かってませんねぇ。同じ裸でも、脱いで当たり前な場所で見るのとそうじゃない場所で見るのとではありがたみがまったく違うのですよ」


「分かんねえよ」


 ごめんなさい。さも"クールに流してるぜ感"を装いました。割と分かります。


「まあ当然、浴場でもじっくり見るんですけどね」


「だろうな」


 エストに目をやると、なんとも言えない疲れ切った笑顔を浮かべていた。


 昨日、浴場でなにがあったんだろうか。聞きたくない。


「と、とにかく! 別に痛むところなんてないんだから脱がなくても大丈夫! それ

より、印の場所を調べよう!」


 流れを強引に断ち切るように、メリーはそう言った。






 魔石を回収して軽く周囲の安全確認をした後、俺達は大部屋の奥にある祭壇へと移動した。


 一段高く作られた床の上に、四角く切り出された石が置かれている。彫刻の掘られていないごくシンプルな祭壇だ。


「いよいよだね。ここのどこかに財宝が隠されてるはずだよ」


「ああ」


 財宝さえ手に入れば、ジジイの横暴によって奪われた食っちゃ寝の未来を取り戻す事ができる。


 ジジイに認められる冒険者を目指す必要もなくなるのだ。


 俺はここ数日の苦労を噛みしめながら、静かに気分を高揚させていた。


「……この地図、印のつけ方が割と大ざっぱなんですよね。捜索範囲は広めに見積もった方がいいでしょう」


 セイナの言う通り、×印は割と大きめにつけられている。これでは交点の箇所をピンポイントで特定するのも難しい。


「それじゃあみんな、手分けして探してくれ。俺はここで照明係をしてるから」


「……乗り気でここへ来たくせに、自分で探そうとはしないのね……」


「いやいや、勘違いするな。効率よく探すためにはファイアボールを複数出して、広範囲を照らしておいた方がいいだろ? そっちの制御に集中しようって話であって、今回はサボりじゃないんだよ」


「ああ、そう言う事ね。……"今回は"って、なにサラッと普段サボってる事を白状してんのよ」


 俺だって財宝を自分の手で発見したいって気持ちはある。まして、今回はやる気モードなのだ。普段ならともかく、今回は自分で動いて探すのだってやぶさかではない。


 今回はそのやる気を照明係として発揮しているだけだ。今回は。


「まあ、この暗がりを照らすのも大事な仕事ですから。……ここはダンジョンですし、あまりのんびりはできません。さっそく取りかかりましょう」


 三人は付近を調べ始めた。


 祭壇をあちこち色んな角度から観察したり、顔が半分欠けた聖女像を動かそうとしたり、壁に固定されている燭台を引っぱってみたり……とそれぞれに調べていた。


 しかし、一〇分以上探しても特に怪しいものは見つからなかった。


「……ダメね。なにもないわ」


 エストが言った。


「もう少し範囲を広げてみない?」


「これでも十分なはずよ。財宝から離れたところに印をつけるとも思えないし」


「じゃあまだ探してないところがあるかも。なにか盲点となるような場所だとか」


「それも望み薄ね。ここってそんなにゴチャゴチャものがある訳じゃないし、見落としずらいでしょう」


「……う~ん……」


「もうちょっと探してはみるけど……やっぱりその地図、ニセモノだったんじゃない?」


 諦めきれない様子のメリーに、エストが無慈悲なひとことを言い放ちやがった。


「なんて……なんて事を言うんだっ!! そんな夢のない言葉が人々の心から希望を奪い去り、世界をどんどん暗いものに変えてしまうんだよっ!! お前にはそれが分からないのかっ!?」


「要約すると『食っちゃ寝生活を諦めたくない』ね。わっかりやすいわねー、あんた……」


 俺の魂の叫びがすげえぞんざいにあしらわれた。ひでえ。


「ノル君の食っちゃ寝は脇に置いておくにしても、あたしはもうちょっと探したいよ。ないならないって納得できるまで粘りたいし」


「もちろん私も最後までつき合うわよ。ただ、やっぱりなにかの間違いだったって事もあり得るじゃない? それを言いたかっただけよ」


 まあ、エストの言う事も分かる。


 俺だって働かずに暮らす未来を決して諦めたくはない。


 しかし、あちこち調べてもそれらしいものが見当たらないのは事実だ。


 祭壇はもちろん、周囲の床や壁や像など手が届く場所は全部調べた。照明係として三人の様子を眺めていたが、細かいところまできっちり調べてくれていた。調査に手抜かりがあったとも考えにくい。


 やはり財宝は隠されていないのか? この地図は手の込んだニセモノかなにかだったのか?


 認めたくはないが、しかしほかに探すべき場所がない。メリーの言う『盲点となるような場所』だって思いつかない。盲点――


「……頭上?」


 ふと思いついた事をつぶやいた。聞いていた三人も気づいたらしく、互いに目を見合わせていた。


 俺はすぐさまファイアボール・照明版を上昇させ、天井付近を照らす。


 ここは誰も調べていない。火球の明かりを頼りに、細かい部分までじっくり観察する。


 ……ビンゴだ。


「見ろ。壁の上部に取りつけている金具の上だ」


 おそらくタペストリーなどを吊るしていた金具だろう。その上部に、周囲の彫刻に紛れてなにやら怪しい溝が掘られていた。


 まるで金具そのものを上にスライドさせるためのレールだ。と言うか、それそのものだろう。


「すごいよノル君! あれ絶対なにかの仕掛けだよ! よく見つけたねー!」


 メリーが興奮気味に飛び跳ねる。


「あの高さなら女神像に登れば手が届くわね。私にまかせて」


「できるんですか?」


「私は森人エルフよ。木登りなら里で何度もやってるわ。……ちょっと失礼して……」


 女神像に軽く一礼し、エストは細かい出っ張りに足をかける。するすると登っていき、肩に立ってから金具に手を伸ばす。


 ガチャン、と金属音が鳴る。


 金具からではない。壁から――俺達が調べた範囲から離れた場所からだ。


 俺達はそちらへ駆け寄り、ファイアボールで照らす。


 観察せずともすぐに分かった。壁の一部が扉の形に凹んでいる。


「ノル君。これって……」


「ああ」


 直感的に凹んだ壁を押してみる。


 少しずつ動いていき、やがて固いものにぶつかる感触がする。そこから横に動かしてみる。


「……見つけたぞ。隠し通路だ」


 開いた壁の奥に、地図に記されていない通路が伸びていた。



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