第26話 神殿の奥へ

 倒したアースエレメント達の魔石を回収した後、再びファイアボール・照明版を先行させつつ奥へ進んで行った。


 やがて、広い空間へと足を踏み入れた。


 具体的な広さまでは分からない。照明の光が天井にも壁にも届かないためだ。ただ、床に敷かれた赤い大きな絨毯じゅうたんが暗闇の奥へと続いているのは見える。かなりボロボロではあるが、金色の刺繍ししゅうがほどこされた立派なものだ。


 雰囲気的にここが神殿の最奥部、祭壇のある大部屋だろう。


 つまりは地図の印がつけられた場所、財宝が隠されている部屋である。輝かしき食っちゃ寝の未来が眠っている部屋なのである。


 そう思えばやる気も出てくる。さーてがんばろ!


「……印はここの祭壇の近くよね?」


「うん。まずはノル君のファイアボールで辺りの確認しないとだね」


 前衛ふたりが首だけこちらへ向ける。


「ただ……想像していた以上に広い部屋みたいですね。調べるのもひと苦労です」   


 ふたりの顔をランタンで照らしながらセイナは答えた。


「もっと人手があれば、光源を増やしてより広い範囲を照らせるのですが……まあないものねだりをしても仕方ありませんか」


「ん? 増やそうか?」


「……はい?」


 俺はいったんファイアボール・照明版を空中で停止させ、意識を集中。


「ファイアボール」


「…………」


 杖からもう一発のファイアボール・照明版を放つ。


 合計ふたつの火球を別々の方向へと飛ばし、それぞれに暗闇を照らさせる。


「待ってろ。まだ追加するから」


「ああ、それって増やせるんだ」


「へー。ノル君すごいねー」


 三発目を出す俺に、エストとメリーの前衛組はのんきにつぶやく。三つの火球を操作するのはそれなりに集中力がいるものの、今の俺はやる気モードだ。がんばろ!


 そんな俺をセイナは半ば呆れたような視線で眺めていた。


「……どうした?」


「…………あのですね」


 指でこめかみを押さえながら答え始める。


「魔術を複数同時に使用するのも立派な高等技術ですからね? ましてやそれらを別々に操るなんて一流の魔術師でもそうそうできない事ですからね?」


「「「…………」」」


 ……あ、ソウナンですか。


「……ねえ。あんたがその技術を教わった相手もやっぱり……」


「……察しの通り、アウス爺さんからだ。ちなみに奴は『これくらいはできんと一人前とは呼べん』とか抜かしてやがった」


「……ノル君のお爺さんって、いったい何者なの……?」


「ただの隠居したクソジジイだよ」


 そう答えながら俺はもう一発のファイアボール・照明版を放つ。


 つまり今やってるこれも常識ハズレな行動のひとつであると。奴が俺に課した基準は狂っていたと。


 なるほど。勉強になったよ。また恨みのネタが増えたぞチクショウ。


 あのジジイ絶対許さねえ。帰ったらタンスに入ってるすべての靴下の片っぽだけを抜き出して、別の引き出しに入れといてやる。


 復讐の誓いを新たにしつつ、放たれた合計三発の火球をそれぞれに動かして室内を調べる。それら三つとたいまつ、ランタンの明かりを頼りに、俺達は慎重に奥の方へと歩く。


「気をつけて下さいね。柱の裏なんかに潜んでいるかも知れませんから」


「うん。……?」


 先頭を歩いていたメリーが左の壁側をじっと見つめたままその場で停止した。


「どうした?」


 小声で尋ねる。


「あの柱の向こう。アースエレメントだよ」


 俺の位置からでは見えなかったので、少し前へ出てから彼女の指す方向へ注目する。


 暗闇の中で、壁から――いや、隣室の出入り口からだ。そこから見覚えのある、ぼんやりとした弱い光が漏れていた。


 間違いなくアースエレメントの放つ光だ。


 気づくのと同時に、隣室からこちらの大部屋へ多数のアースエレメント達がなだれ込んで来た。


 さっき出会った時より数が多い。この辺りが奴らの巣(って言えばいいのか?)なのだろう。


 エレメント系はその土地に溜まった天然のマナから誕生する。たぶんここら辺はマナが溜まりやすい場所で、奴らにとっては居心地のいいところなのだろう。


 人が管理していたころであれば"適度にマナを散らす、吸収する"などの対策を取っていただろうが、打ちてられた現在ならそりゃあ魔物も発生しやすくなっている事だろう。


「みんな、構えろ!」


「あっちからも来てるわよ!」


 エストが反対側の壁側を指す。指摘通り、そちらの隣室からもアースエレメント達がなだれ込んで来るのが見えた。


 暗闇の中に多数の光が浮かび、大部屋の床がおぼろげに照らされる。その光のひとつが輝きを増すのが見える。


 エレメントの一体が先制の下位土岩魔術アースバレットを使おうとしているのだ。


 させるか。


 俺はとっさに三つのファイアボール・照明版すべてをその一体へと突っ込ませ

る。


 敵の魔術が発動する直前、三発の火球が次々と命中。普段に比べれば小さな炎が立て続けにぱっと弾ける。


 威力ひかえめなファイアボールではあるが、それでも魔物を倒すには十分だっ

た。エレメントから中心部の輝きが失われ、土くれとなって床に崩れ落ちた。


「ノル! 敵が固まっている内にまとめて吹き飛ばして下さい!」


 セイナが下位水流魔術スプラッシュを撃ちつつ叫ぶ。


 確かにこの暗がりの中で多数の魔物に囲まれるのは避けたい。


 ましてや、何度も言っている通り今の俺はやる気モードなのである。がんばる!


「ファイアボール!」


 俺は通常のファイアボールを左側にいるエレメント達の群れへと放った。


 命中。


 バレーボール大の火球が爆発し、複数のエレメント達をまとめてふっ飛ばす。ごく短時間だが室内全体が明るく照らされる。空気がビリビリと震え、衝撃で天井からパラパラと砂が落ちて来る。


「……すごい……なに今の……」


「メリー! 反対側の奴らが撃ってくるぞ!」


 俺のファイアボールを始めて目撃したメリーは呆然としていたが、俺の言葉ですぐに気を取り直す。俺達の前に出て、盾を正面に構える。


 エレメント達がこちらへ向け一斉にアースバレットを放つ。


 飛んで来た石の弾丸がメリーの盾に防がれる。石と金属とがぶつかり合う耳障りな音が連続して響く。


 メリーの背後にいる俺達の周りで弾かれた石が跳ねる。外れた分の石はそのまま後方へ転がり去って行く。


 守られているとは言え結構怖い。跳ねた石がこっちに飛んで来る可能性だってあり得る。が、幸いにも無事にやり過ごす事ができた。


「うっしゃああああああ――――っ!!」


 次弾が飛んで来る前にエストが飛び出す。雄叫びとエルガーレーヴェチェーンソーの駆動音を上げて右側の群れへと突撃する。


「くたばれやああああああああ――――っ!!」


 凶暴な叫びとともにエストは手当たりしだいに魔物を切り刻んでいく。その姿はダンジョンに来た冒険者と言うより、カチコミに来たヤクザのようであった。


 あっちの方はエストに任せ、俺は左側にいる残りのアースエレメント達へ向けてファイアボールを放つ。


 広がる爆炎が神殿内を照らす。オレンジ色の明かりの中で数体の魔物が焼き払われるのが確認できた。


 これで左側のエレメントは残り一体。群れから離れた場所にいた奴だけが生き残っている。


 その一体の様子がおかしい。こちらへ攻撃しようとも逃げようともしない。なにもせず、ただその場で浮かんでいるだけである。


 どうにも不自然な感じだ。俺ならともかく、魔物がサボっているとも考えにくい。


 なにか動きを見せる前に倒しておいた方がいいか――と考えた辺りで、エレメントの体から漏れるマナの輝きが強くなる。


 次の瞬間、アースエレメントの体が巨大化した。土塊の体が盛り上がるように増量し、みるみる内に一回り以上の大きさに膨れ上がった。


「な……なんなのっ!?」


 エレメント達を切りまくっていたエストも異変に気づく。


「まさか……エレメントが成長したのですかっ!?」


 おそらくはセイナの指摘通りだろう。この地に溜まったマナを吸ってより大型の個体へと成長したのだ。


 村で聞いた話によると、エレメントが成長する時は少しづつ体が大きくなっていくのではなく、一定量のマナを吸収した個体が一瞬で大型化するそうだ。


 まさかその瞬間に立ち会う事になろうとは。運がいいのか悪いのか分かったもんじゃない。


 大型化したアースエレメントの体が輝き始める。奴らが魔術を使う兆候だ。


「みんな下がってっ!!」


 メリーが盾を構えてすばやく前に出る。


 大型化したぶん魔術の威力も高くなっているだろう。しかし、さすがにメリーでも防げなくなるほど強化される……とは考えにくい。


 それほど危機感を抱いていなかった俺の目に、まったく予想外の光景が飛び込んで来た。


 大型アースエレメントから、何本もの植物のツタが放たれた。


「うひゃあっ!?」


「メリーッ!!」


 伸びて来たツタが盾を避け、メリーの体へ絡みつく。そのまま彼女はなすすべもなく大型エレメントのそばへと引き寄せられてしまった。


「ああ……っ!! ロリっ娘が触手プレイに……っ!!」


「言い方っ!!」


「あたしロリっ娘じゃないもんっ!?」


 図らずも、セイナのおかげでメリーが割と大丈夫な事が確認できた。もちろん褒める気はまったくない。


 それよりもエレメントが使った魔術である。


 あれは中位の土魔術『アイヴィーバインド』だ。マナによって生み出されたツタを伸ばし、対象の動きを阻害する魔術である。


 おそらく成長した事で新しい魔術を使えるようになったのだろう。


 人間は多数の魔術を使い分けられるが、習得するためには訓練をしなければならない。


 一方で魔物は魔術の使い分けこそが苦手だが、なんの訓練もせずに自然と扱えると言う実にうらやましい特徴を持つ。


 相手が成長した時点で、別の魔術を使う可能性を考えておくべきだったか。


 いや、今さらそんな事を言っても仕方がない。それよりもメリーの救助だ。


「メリーッ!! 大丈夫っ!?」


「へ……平気っ!! これくらい自分で……っ!!」


 メリーはもがいてツタを振りほどこうとする。彼女が動くたびにツタが押し広げられ、体との隙間が開いていくのが見える。


 エレメントにとってもまだ使い慣れない魔術なのだろう。メリーを完全には拘束できていない。


 あれなら自力で脱出できるかも知れない。


「……たーすーけーてーっ!?」


 あ、ダメだった。


 メリーがもがいた結果、最初の時よりガッチリ複雑に絡め取られていた。


 くそっ、あいつの不器用さを舐めていたっ!


「ねえ、早いとこメリーを助けないとまずいわよっ!!」


「分かってるっ!! エストは残りのエレメントを片づけといてくれっ!!」


 俺は大型エレメントに杖を向け、ファイアボールの準備をする。


 ただし、普通に撃てばメリーを巻き添えにしてしまうだろう。使うのは、昨日のゴブリンロード戦でも使用した圧縮版である。威力もなるべく抑えた方がいい。


 集中を切らさないよう、大型エレメントの側面へゆっくりと回り込む。その間、相手は特に動きを見せなかった。初めて使う中位魔術の制御に集中しているためだろう。


 射線が確保できた。この位置から撃てばメリーに当てずにすむだろう。


 発動。


 杖の先端からファイアボール・圧縮版が放たれる。


 火球が一直線にまっすぐ飛び、アースエレメントの向かって右側面に命中する。敵の体にめり込み、小規模の爆発。内側から土塊をふっ飛ばす。


 やったか?


 ……いや、メリーの体を縛るツタが消えていない。まだ魔術が使用され続けている証拠だ。


 大型アースエレメントがその場から離れるようにゆっくりと動き始める。やはり生きていたか。爆発が中心部まで達していなかったらしい。メリーに被害が及ばないよう注意していたのがアダとなったようだ。


「くそ……っ!」


「ですが効いていますっ! 落ち着いて追撃をっ!」


 エストの援護をしながらセイナが言う。


 俺はもう一度杖を向け、魔術を撃とうとする。


『……メ……リ……』


 不意に誰かの声が聞こえた。まったく聞き覚えのない声だった。


「な、なんなの?」


 最後の通常エレメントを真っ二つにしていたエストも反応した。セイナとメリーにも聞こえたらしく、首を左右に動かして声の主を探していた。


 今の声、チェーンソーの駆動音が響いていたにもかかわらずはっきり聞こえた。どう考えても普通じゃない。それに声の主にも心当たりがない。


 他の冒険者がやって来たのか? そう思って出入り口の方を見るが、真っ暗闇が広がるばかりで人間の気配はまったくなかった。


 ならいったい誰が――


『エストハ……カタヅケトイテクレ……』


 再び声が響く。


 これ、『エストは、片づけといてくれ』と言っているのか? 声そのものに聞き覚えはないが、内容には思いっきり聞き覚えがある。


「今の、ノルがさっき言っていた言葉ですよね……」


 セイナがつぶやく。


 間違いない。さっき俺がエストに指示した時の言葉だ。


 声がやまびこのように反響した……なんてはずがない。聞こえ方もそんな感じではなかったし、なによりタイミングが遅すぎる。


 この場の誰かがたどたどしくしゃべっている、と言う感じだった。一番近いのは"オウム返し"か――そこまで考えて、声の主に思い至った。


「……あいつだ」


「え?」


「あの大型化したアースエレメントの声だ。あいつ、魔族化してやがるんだ」


 魔族――昨日のゴブリンロードのように『高い知能を持ち、場合によっては人語を操る魔物』の事だ。


 おそらくあのアースエレメントは成長すると同時に魔族となり、人の言葉を話せるようになったのだろう。


 あの土のかたまりみたいな奴に発声器官が備わっているとも思えないが、あいにくここはおファンタ様な世界である。魔術的な手段で声を発しているのだろう。チェーンソーの音に声がかき消されなかったのもおそらくそれが理由だ。


『ミンナサガッテ……』


 再び声が聞こえた。今度はメリーの発した言葉だ。


 全員が大型アースエレメントに注目する。


「……たぶんノルの言う通りね。にしても、さっきから私達の言葉を繰り返してばっかりなのはなんでかしら?」


「言葉を操るのに慣れていないからでしょうね。私達の言葉を手本にしているのでしょう」


 つまり、奴にとっての俺らは"言葉の教師"みたいなもんか。こいつがどんな言葉を使うかは俺達次第で決まる、と。


 ある意味、貴重な経験とも言える。まあ、だからって気にする必要はない――



『ロリッコ……ショクシュプレイ……』



「「「「…………」」」」


 前言撤回。


 責任重大である。



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