第23話 一夜明けて
翌朝。
「ふぁぁ……」
廊下から聞こえる『ボ~ン……』と言う時計の時報音――ちなみに、この安宿の部屋に時計はない――で目が覚め、俺はもぞもぞとベッドから起き上がる。
俺の寝起きは悪い方ではない。アウス爺さんから早朝(むしろ夜)に叩き起こされては、強制的に訓練を受けさせられて来た経験のためだ。昼まで寝ていたいのが本音だが、起きると決めた時は割とすぐに起きられる。
ましてや今日は財宝探しの日なのだ。うまく行けば爺さんの資産なしで食っちゃ寝生活が実現できるかも知れないと考えれば、自然とやる気も出て来る。俺はだらけるために近道する努力を惜しまない人間なのである。
「あ、ノル君起きたの? おはよー!」
仕切りカーテン越しに気配が伝わったのだろう。メリーが元気な挨拶をして来る。
「ああ、おはよう。カーテン開けて大丈夫か?」
「うん。もうみんな起きてるよ」
確認を取ってから仕切りカーテンを開ける。メリーの言う通りエストとセイナも起きており、それぞれに朝の準備をしていた。
エストは
「おはようエスト。悪いけど、手が空いたらちょっとこの変態取り押さえるの手伝ってくれないか?」
「あ、おはよう。今終わったからすぐ取りかかるね」
「ああ!? ちみっ子のインナー姿の写真が!? 凹凸のないラインがバッチリ出ている写真が!?」
「え!? あたしいつの間にか写真撮られてた!?」
セイナの写真機を取り上げ、内部から水晶のような球体――"記録球"を取り出す。それをのぞき込んで内部に記録された画像を確認。俺の
要するに、
『デジカメからSDカードを取り出し、不要な画像データを消去した』
……のファンタジー版だと思えばいい。普通は専門店に頼んで行うのだが、マナをある程度あつかえれば個人でもできる事なのである。
「……ったく。撮りたきゃせめて本人に言えよな」
「……写真……」
ため息をつきながら写真機をセイナに返す。泣きそうな表情で記録球をのぞいているが、同情なんてしないぞ。
「もー……セイナちゃん困るよー……」
そう言いながらメリーは鎧のベルトを締める。縄をほどいていたら自分が縛られるレベルで不器用な彼女だが、さすがにそれくらいは問題なくできるらしい。
「それよりみんな、今日はよろしくねー! 腕が鳴るわー!」
「朝っぱらから元気だな」
「そりゃあ、楽しい楽しい宝探しだもん!」
そう言いつつメリーは満面の笑みを浮かべる。その顔を見れば、本心から宝探しを楽しみにしていた事がうかがえる。
そうか。彼女はそんなに、
「そんなに手に入れた財宝で働かずに暮らしたいのか。……そうだよな。俺もそうだよ」
「……なんか誤解してない?」
心の底から共感を示したら、全く予想外の反応をされた。解せない。
「誤解? 一体どこに誤解する要素があるんだ?」
「"そんなに手に入れた財宝で働かずに暮らしたいのか"って部分に」
「……な……っ!!」
俺の発言のほぼ全てが対象であった。ハンバーガーで言えば、包み紙以外の全てである。
メリーの信じがたい返答に、俺は落雷に打たれたような強い衝撃に襲われた。
「……そんな……そんな馬鹿な……。働きながら暮らしたいって言う神話上の生物がこの地上に実在する訳が……」
「あんたは汗水たらして日々がんばってる労働者の皆様に深々と頭を下げなさい」
「探せば普通にいますけど……」
ショックに打ちのめされる俺に、エストとセイナが無慈悲な追い打ちをかける。
信じられない。こいつら――こいつら仕事をなんだと思ってやがるんだ。
「……し、しかしな。だったら一体なんのために財宝を探すんだって話だぞ? 手に入れた金で食っちゃ寝生活を望む以外になんかあるか?」
「もちろんあたしだってお金は欲しいし、楽な暮らしには憧れるけどさ。でも、それ以上に"財宝を探す"って事そのものにロマンがあるじゃない」
メリーは言った。
「そもそもあたしは冒険がしたくて冒険者になったのよ。苦労困難、どんと来いってなもんよ。財宝があるってもちろん信じてるけど、仮になくても構わないわ。地図を頼りに冒険する、ダンジョン内部に隠された秘密を解き明かす……ってのをやりたくて、あたしは故郷の"マルテロ"を飛び出したのよ」
マルテロは、ここピクシスの西にある鉱山の町だ。あそこにも冒険者ギルド支部はあるはずだが、メリーは冒険を求めてわざわざ地元を離れたって事だ。
そう言えば、セイナも似たような理由でピクシスへやって来たと言ってたな。
「なるほど、分かりますよ」
そう思っていたら、セイナがうなずいた。
「私も様々な美しい風景をこの目で見たくて故郷を離れましたから。自然、建物、人々の営み、美女、美少女……そう言ったものを。私達、似ているのかも知れませんね」
「……え? 似てると言うには、なんかおかしな単語混ざってない?」
「財宝そのものより、それを探す事の方が大事……か。私、メリーの言う事が分かる気がする。私だってものを両断したって感慨もたまらないけど、それ以上にチェーンソーでものを切り裂いている最中の手応えこそを求めているからね。なんだ、私とメリーって似た者同士じゃない」
「……ねえノル君。昨日から思ってたけど、このふたりもしかしてだいぶ厄介な人だったりとか……?」
「もう遅いぞ……」
疑問形ながらも半ば確信した様子のメリーに俺は答えた。
たぶん、止まった先がカゴの中だと悟った鳥はこんな顔をしているのだろう。
「……ま、まあそんな訳であたしはピクシスへやって来たの。おとーさんからは冒険者になるの反対されちゃって、半ば家を飛び出しちゃう形でだけどね」
「そうか。……村から追い出される形で冒険者となった俺とは、ある意味逆の立場って訳か」
「……そうなんだ。ノル君、かわいそう……」
「分かってくれるか。……俺はただジジイから受け継ぐ予定の資産を当てに、一生働かずに暮らそうとしてただけなんだ。だってのに、アウスのクソジジイは『そのだらしない性根を治す』とか言って俺を冒険者に……」
「……一瞬で同情する気がなくなったんだけど……」
「ノル分かる? これが普通の反応なのよ?」
分かってくれると思ったら裏切られた。その上エストから傷心に塩を塗り込むがごとき言葉を投げかけられた。なんて理不尽だ。
「……ま、まあとにかく、今日はよろしくね。もし戦闘になったらあたしがみんなの盾になるから。守りには自信あるから任せて!」
力強く鎧の胸甲部を叩きながらメリーは言った。
宿の酒場で朝食を終えた後、俺達はギルドでダンジョン探索申請を行った。
受付カウンターで探索するダンジョンを指定し、おおまかな予定を伝え、ギルドに対して手数料を支払う。
ちなみに、通常のクエストを受ける場合であっても手数料がかかる。もっと言えば一般人がギルドへなんらかの依頼をするのも手数料を支払わなければならない。クエストは依頼するのも受けるのもタダではないのである。
まあ組織の運営にも資金がいるから仕方ない。国家や貴族だって、民からの税金|があるからこそ軍事力を維持する事ができるのだ。
もしギルドが各種手数料を取らなければ、いずれ首が回らなくなってしまう。前にも言ったが、国や貴族の兵力だけでは魔物の脅威に完全に対処しきれない。冒険者ギルドがまともに機能しなければ、人々は今以上に魔物への対処が難しくなってしまうだろう。
要するに手数料はとっても大事なのである。……そう理解はしつつ、できれば支払いたくないって気持ちがあるのも否定できないけど。
もろもろの手続きを終え、俺達は目的地へと出発した。
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