第24話 地下神殿に到着

「――ここか」


 ピクシスを出た俺達はメリーの古地図を頼りに移動し、やがて目的の地下神殿が存在する場所へとたどり着いた。


 大地をくり抜いたような深い窪地くぼちの眼下に見える、崖面に空いた洞窟である。


 俺達は斜面を利用して作られた階段を使って、窪地の底へと下りる。


 入り口に聖女の彫刻の掘られた洞窟を覗くと、少し奥にギリシャ建築に似た様式の柱が並んでいるのが見えた。


「どうやらここ、土の精霊アーソナを奉っていた神殿らしいですね」


 壁面に掘られた模様を指しながらセイナが言った。


 唐突だが、そもそも宗教とは『よーし、おじさん迷える子羊救っちゃうぞ☆』的なノリだけで存在している訳ではない。その社会や文明において守られるべき"常識・規範"を広く共有化させる役割もある。


 事実として"常識"だと思われている事柄には、前提に宗教的価値観があって始めて成立しているものが想像以上に多い。


『いつも神様が見てるから、ウソついたってすぐバレちゃうんだぞ☆』と言う感覚が広く共有されたからこそルールを守ると言う行為が意味を持ち、"法治主義"と言うものが発達した。


 "資本主義"も『真面目にがんばって、お金のムダ遣いしないのって偉いぞ☆』と言う宗教的価値観を煮詰めた結果、発達したものだ。


 社会にとっての宗教とは、PCやスマホで言うところの"OS"に当たるものだ。これなくして、まともな文明など成立しないのである。


 と言う訳で当然、こちらの世界にも宗教は存在している。


 こちらの世界において、創造神『アルビオン』が世界を作った後に肉体が四つに分かれ、それぞれが元素を司る精霊となった……とされている。


 火の精霊『ルヴァ』


 水の精霊『サーマス』


 風の精霊『ユリゼン』


 土の精霊『アーソナ』


 ……である。


 この世界の万物は、精霊達が司る四大元素の力が相互に働き合う事によって成り立っていると考えられている。


 雨が降るのも草が芽吹くのも、魔術を使うのもメシが美味いのも俺が働きたくないのも、全ては四大元素の力が巡りめぐった結果なのだ。


 結論。


 つまり俺が寝て暮らしたいのは精霊の力が働いたためである。だから仕方ないよね。


「……さすがに中は真っ暗ね。町でたいまつ買っといて正解だったわ」


 俺が雄大かつ一分の隙もない論理を脳内で噛みしめるのをよそに、エストは明かりと言う直近の問題を考えていた。


 本当に賢いのはどちらなのかは言うまでもないだろう。


「私の方はランタンを持って来てますので」


 セイナが例の魔術カバンからランタンを取り出す。駆け出し冒険者だと値段の安いたいまつから始めるのが基本であるが、さすが裕福パワー。野外での使用を想定した、しっかり頑丈そうなランタンである。


 ちなみに手持ち式のマナ灯も存在はしているが、まともに使えるものは重く、小型のものは光量が不十分、高性能なものは高価……と、どれも一長一短である。そのため大半の冒険者は使用していない。


「それで、たいまつは誰が持つの? あたしは盾とメイス持って戦うから無理だ

よ?」


 メリーが言った。


「それは私とノルでしょう。私達なら、片手が塞がっても魔術を扱えますから」


「ただその場合、ふたりのどっちかを先頭にしなきゃダメなのよねぇ。魔術師を前に出すのって、できれば避けたいんだけど」


 エストの言う通り、普通のパーティーは魔術師を前に出さないものだ。『前衛に守ってもらわないと落ち着いて魔術の準備ができないから』と言うのもあるし、多くの魔術師は接近戦が苦手と言う理由もある。


 単純に訓練量の問題だ。魔術の訓練に時間を割いているのだから、どうしても武器などの扱いに関する訓練時間が足りなくなる。打撃が得意なピッチャーが少ないのと似たようなものである。


 しかし、いい解決方法がある。


「ああ、だったら俺のファイアボールを照明代わりに使おう。それで進路上を照らすんだ」


 普段であれば自ら仕事を申し出るなど避けたい事ではあるが、なにしろダンジョン探索だ。どこに危険が潜んでいるかも分からない状況であるし、パーティーの安全のためにできる事はやっておかねばなるまい。


 ましてや今回は、財宝を見つけてその金で寝て暮らすと言う崇高な目的があるのだ。自ら動く事もやぶさかではない。


 俺の申し出に、エストとセイナは首をひねる。


「……いや。確かにそれで明るくはできるけど。あんたの魔術じゃいくらなんでも威力高すぎるわよ。ここ頑丈そうだから昨日の廃村みたいに崩れる心配はないだろうけど……」


「魔術で明かりを灯すなら、光源魔術ライトを使うのが普通です。あいにく私達は誰も使えませんけど……かと言って、あなたのファイアボールで代用するのはさすがに大げさでは?」


「まあ待て。そのまま撃つ訳じゃない。威力を抑えるから大丈夫だ」


「……? ファイアボールって下位魔術でしょ? そんな威力ある魔術じゃないよね? ノル君はファイアボールが得意だって聞いたけど……そんな気にするほどの事じゃないと思うよ?」


 俺達の会話に、メリーはメリーで首をひねっていた。


「まあ、それはそのうち分かると思うから」


 いったんメリーにそう言い、話題を戻す。


「……それでも不十分だと思うわよ。ファイアボールってまっすぐ飛ぶだけだし、火球が弾けるのも一瞬よ。周囲を確認するには時間が短すぎるわ」


「まあ見てろ」


 俺は神殿内の暗がりに向けて杖を構える。


「ファイアボール」


 杖の先端から拳ほどの大きさの、かな~~り威力を抑えた(ぶっちゃけ手を抜いた)火球を出す。


 火球を前方へ少し飛ばした後――その場で停止させた。


 燃える炎が闇を照らし、さざなみのように揺れる光が神殿の床をあらわにする。模様まで確認できる程度の明るさだ。ダンジョン探索に十分だろう。


「俺がこれを操作する。これを先行させて、足元の確認をしながら進もう」


 そう言いながら俺は火球を上下、左右、前後と動かしてみせる。


「なるほど、便利な使い方できるじゃないの。……セイナ、どうかした?」


「…………」


 その光景を、セイナは呆然とした様子で眺めていた。


「…………みなさん。それ一見地味ですけど、実際にはとんでもなく高難易度の技術ですからね?」


 セイナの言葉に全員が沈黙する。


「…………そうなの?」


「ええ。攻撃魔術の制御は普通、目標に命中するよう軌道を修正するくらいです。と言うよりそれで十分ですので、その場に滞空させたり自在に動かしたりする訓練なんてしません。ノルは軽く行っていますけど、かなりの魔力マナ制御技術が必要なんですよ?」


「…………そうなのか?」


「実行してる本人が聞かないで下さいよ……。私にだって魔術師としてのプライドはあるんですからね……」


「う……悪かった。すまん」


 軽い気持ちで尋ねたら、セイナから拗ねたようなジト目を向けられた。イヤミに思われたらしい。


 当然、このファイアボール制御技術もジジイに叩き込まれたものである。


 確かに習得するのにそこそこ苦労した覚えはある。しかしジジイも普通にやっていたし、がんばればできるようになるもんだと思ってた。


「ついでですので言っちゃいますと、今出してるそれが普通の魔術師が使う標準的なファイアボールです。ノルの基準はそこからはるか上に逸脱しています」


「……勉強になります」


 つくづく、俺の魔術に対する感覚は奴のせいで狂わされている事を思い知らされる。


 正直、『実はすごい』と言われてもイマイチ実感が湧かないのが本音だが……俺にとって、彼女達の意見こそが"普通の魔術師の基準"を知るための手がかりだ。素直に聞いておくべきである。


 取りあえず、重ね重ねすんません。


 そしてジジイ。この落とし前は絶対つけてやる。本のページにしおり代わりの折り目つけてるアレ、全部元に戻しといてやるからな。


「……もしかして、ノル君ってすごい人?」


 キョトンとした表情でメリーが尋ねる。


「うん。て言うか、魔術に関してだいぶおかしい人」


「言い方ひどくない?」


 エストはエストで俺に対する遠慮がねえ。もう少しこうなんと言うか、手心と言うか……。


「……まあ、これで明かり問題は解決だ。足下確認しつつ行こうか」


 そう言って俺は、宙に浮かせた火球を神殿奥へと進ませた。



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