第21話 縄に巻かれるドワーフ

「む――っ!! むむ――っ!!」


 縄とカーテンでグルグル巻きにされた鎧姿の小柄な少女が、水揚げされた魚みたいにバタバタ動きながら床を転がっていた。カーテンによって口も塞がれてしまっているため、喋る事もできずにいる。


 カーテンは部屋のベッド同士を区切るためのものが外されていた。同時にカーテンレール代わりの縄も外され、それも彼女の体に絡みついている。


「む――っ!! む――む――む――む――っ!!」


 栗色ショートヘアの少女が、部屋の外に立つ俺達に気づいた。こちらを見ながら必死な様子でむーむー唸る。イントネーションから察するに『た――す――け――て――っ!!』と言っているのだろう。


 ……って、突っ立ってる場合じゃねえっ!!


「おいっ、大丈夫かっ!!」


 慌てて駆け寄った俺達は、少女の体に巻きついた縄をほどき、口元のリネン製カーテンを剥ぎ取った。


「ケガはないっ!?」


「ぷはっ。……う、うん……ありがとー……」


 開放された口で一つ呼吸をしてから、少女はエストの問いに答えた。


 彼女の体をざっと眺め、様子を確認。金属鎧――いわゆる"フルプレート"ではなく、胸や肩やヒジなど要所のみに取りつけるタイプだ――の上から見る限り、特にケガなどはないようだ。


 すぐそばには彼女のものらしきリュックとともに、金属製の盾と戦鎚メイスも転がっている。体格こそ小柄ではあるが、この戦闘準備バッチリな装備は明らかに子供の格好ではない。


 主人が言っていた"この六番部屋を取った鉱人ドワーフ族の冒険者"とは彼女の事だろう。ドワーフ族は、大人であっても他種族の子供並みの体格しかないケースが珍しくないのである。


「なにがあった? いったい誰にこんな事されたんだ?」


「……あー……それが、その……」


「言いづらいのか? なら無理に言わなくていい。それより警備隊に連絡を――」


「……あたしが、自分でやったの……」


 モゴモゴと歯切れ悪く出て来た言葉に、しばし沈黙が流れる。


「……なるほど。理解しました」


 やがて、セイナが口を開いた。


「つまり、こっそり趣味の時間を楽しんでいた結果の事故と言う訳なのですね。痛かったり不自由だったりするのがいいとか、そっち方面の」


「違うからねっ!? 完全な誤解だからねっ!?」


「いえ、別に隠さなくていいんですよ。……かく言う私も、ちみっ子がグルグル巻きにされていると言う背徳的光景を前に、密かに興奮していました。事件でないと分かった今、安心して興奮できると言うものです」


「なに言ってるのこのおねーさんっ!?」


「怖がらなくて大丈夫です。せっかくですので、あなたが趣味の時間を楽しんでいる最中の写真を残しておきましょう。そう言う訳ですので、今度は事故に気をつけつつもういっぺんグルグル巻きになってみましょうか。芸術のために。あくまで芸術のために」


「写真機取り出さないでっ!? あたしむしろ、さっきまでより危険な目に合ってるんだけどっ!?」


「ご、ごめんね~。すぐ落ち着かせるからね~……」


「すまない……。本当にすまない……」


 なんか吐息を荒くしつつ少女に迫る青髪獣人セリアンを、エストと二人がかりで取り押さえた。


 俺は今、セイナこいつを警備隊に突き出すべきなんじゃないかと真剣に考えている。





 約一名の変態をなんとか落ち着かせた後。


「――あたしはメリー。ドワーフ族のメリーディエース・ロッチャって言うの。今日ギルドに登録したばかりの冒険者よ。さっきは助けてくれてありがとう」


 お互いに軽く自己紹介を済ませ、鎧を着た少女――メリーは俺達に改めて礼を述べた。


「いえ、お気になさらず。危機に陥ったちみっ子を救うのは当然の事ですから」


「新たな危機を持ち込んだお前が口にしていいセリフじゃねえ」


 さてはこいつ、まだ落ち着いてないな。


「あたしを子供扱いしないでよね。あたしは立派な大人の女なんだから」


 セイナの言葉にメリーはぷくー、っとほおを膨らませる。


 冒険者ギルドへは原則として成人でなければ登録できないし(そうは言っても案外抜けは多いらしいが)、いくらメリーの見た目がちみっ子であろうと彼女はれっきとした大人だと言う事である。


 ちみっ子と呼ばれて怒るその姿はまんま子供であったが。


「……それでメリー。一体なにがどうして、自分を縛る羽目になったんだ?」


「うん。……まあ、その……」


 メリーは所在なさげに視線を泳がせる。


「あたしは冒険者になるために故郷の町を離れて、今日ピクシスに来たばかりな

の。この町で寝泊まりする宿屋を探して、それでこの部屋に泊まる事にしたのよ」


「俺達もこの部屋の利用客だよ。……で?」


「部屋に入ったあたしは、まず背負ってた荷物を下ろしたの。盾なんかはリュックの外に縄で固定していたから、それをほどこうとしたの」


「ふんふん」


「で、気づいたらグルグル巻きになってた」


「なるほどな――ちょい待て。いきなり話がすっ飛んだぞ」


 まるで『石器を手にした人類は、やがてドローンを飛ばすようになりました』みたいな話を聞かされた気分である。


「俺が聞きたいのは、荷ほどきを始めたお前が縄やらカーテンやらに巻かれるまでの途中過程なんだが」


「ふむ。ノルは縛られた姿より、その途中過程こそが気になるタイプなのですね」


「頼むからもうお前は黙っててくれ」


 俺をそっち方面へ引きずり込むんじゃない。


「そう言われても……縄をほどこうと色々がんばってる内に、いつの間にか巻きついちゃってたんだもん。あたし、ちょっと不器用って言うか、うっかり屋って言うか……」


 それは"ちょっと"って言うレベルじゃない。


「それでなんとか抜け出そうともがいていたら、いつの間にか部屋のカーテンとかにも巻きつかれちゃってて……。それで、あんな風に床を転がってたの……」


 ちらっと部屋のカーテン(さっき元に戻した)に目をやる。部屋の壁から対面の壁へ張られた縄に、しっかりとカーテンのフックが引っかけられ吊るされている。 縄そのものも輪にした端っこを壁のL字クギにしっかり通しているし、引っぱったくらいでは外れない。


 ……これが外れてグルグル巻きになるって、どんだけおかしな動きをすればそうなるんだ。


「……私、ドワーフ族って器用な印象持ってたんだけど……」


「それは種族全体が蓄積して来た技術力の話よ。細かい作業が苦手なドワーフだって普通にいるわ」


 言ってる事そのものはごく当然の内容なのだが、現実がおかしすぎる。リアルに自縄自縛じじょうじばくをやらかす奴とか始めて見たぞ。


「……まあ、とにかくあたしがひとりで失敗したってだけなの。騒がせちゃってごめん」


「……いやまあ、たまにはこんな事もあるだろうしさ……」


 しおらしく頭を下げるメリーに俺は言った。


 ……自分で言ってて『普通はねえよ』と内心で突っ込みたくなる。


 おおごとにならなくてよかったけどさ。



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