第19話 屋敷内の戦闘、終了後

「――中位水流魔術ハイドロプレッシャー!」


 火のついた元・屋敷へと向け、セイナが中位の魔術を発動。杖から消防ポンプ並みの勢いと量の水流が飛び出し、燃える炎へと降り注いだ。


「……ふう。取りあえずこれ以上燃え広がる事はないでしょう」


「お疲れ様。助かったよ」


 水の魔術はこう言う時頼りになる。事前にセイナから"中位の水流魔術を扱える"と聞いていたからこそ、俺もこの『ファイアボールで屋敷ぶっ壊して魔物まとめて押し潰せ』作戦を実行に移す事ができた。


 仮にセイナがマナ切れで魔術を使えなかったとしても、ここの庭は広くて草も水分が多い。周囲に燃え移るような建物もない。だから最悪、屋敷が火事になったとしても大きく燃え広がらないだろう……と言う計算もあった。


 これでも一応、考えた上で取った作戦ではある。一応は。


 ……眼前に横たわる元・屋敷の無残な姿を見ると自信がなくなるけど。


「ところでお二人とも。ケガをしてますけど、大丈夫ですか?」


 セイナの指さすのにつられて、俺はほおを撫でる。指先を見ると、ほんの少し血がついていた。さっきの戦いでゴブリンに引っかかれた時の傷だろう。避けたと思っていたけど、どうやら切れていたようだ。


「あ、本当だ。なんかヒリヒリすると思ってたけど、ケガしてたんだ。……逃げてる時に壁でこすったのかしら」


 一方のエストは自分の右ヒジのすり傷を覗き込みながらつぶやいていた。


 なにしろバタバタしていたからな。お互い気がつかなかったらしい。今さらのように痛みを覚え始めたくらいだ。


「そんな大した傷じゃねえよ。ほっときゃその内治るだろ」


「ちゃんと治療しなきゃダメですよ。ちょっとした傷が後々おおごとになっちゃう事もあるんですから。私に見せて下さい。あと下位治癒魔術ヒール一回分のマナが残っています」


 まあセイナの言う事ももっともだ。ヒーラーの言葉は素直に聞いておこう。


 しかし、ヒールで治せるのはひとりだけ。どうするつもりだろう?


「まず、ノルの傷をヒールで治しましょう」


「私の傷は?」


「じっくり舐めてさしあげます」


「遠慮するわ」


 即答であった。


「ダメです。私に舐めさせ……きちんとした治療をさせて下さい。これは消毒のためですから。あくまで消毒のためですから」


「舌舐めずりしながら来ないで!? 目が怖いんだけど!?」


 鼻息荒くジリジリと迫る変態からエストは距離を取っていた。……早いとこ止めとこ。


「……ほら。俺、回復薬ポーション持って来てるから、エストはこれで傷治せ」


「……せめて、エストの柔肌にヒールをかけさせて下さい……」


「お前が柔肌とか言う奴じゃなければそうさせていたかもな」


 見ろ、エストがドン引きしてるじゃないか。こう見えて俺も引いてるぞ。


 未練がましくエストの方をチラチラ見ながら、セイナは俺の右ほおに手のひらをかざす。


「ヒール」


 彼女の手から淡い光が生まれ、患部を優しく照らす。ほんのりと温かい感覚とともに、痛みが引いて行くのが分かった。


 一方のエストは受け取ったビンのフタを開け、中身の青い液体を一気に飲み干した。


 エストの右ヒジのすり傷が、ヒールと同じような淡い光に包まれる。材料である"癒し草"から抽出された成分による天然の魔術効果が患部に作用し、エストの傷があとも残らず完治した。


「……これでよし。それじゃ、さっさと魔石を回収しちゃいましょう。さすがに瓦礫の下敷きになった分は無理だけど、ゴブリンロードの分だけでも十分いい値段になるはずよ」


「ああ。……にしても」


 俺はつぶやく。


「なによ?」


「昨日は偶然にもジャイアントボアと遭遇して、今日は偶然にもゴブリンロードと遭遇した。……二日続けて想定外の強敵と鉢合わせるなんて、普通あるか?」


「……確かにね」


 俺達が受けた二つのクエストはどちらも初心者向けのものだ。つまりは危険な魔物と遭遇する可能性が低い場所で行われる、比較的簡単にクリアできる内容のものだ。


 しかし結果的に、どちらのクエストでも初心者に全然優しくない相手と戦う羽目になった。


 一度だけなら『運が悪かった』で納得できる。だが立て続けともなれば理性が異議を訴える。


 陰謀論を鵜呑みにするのもどうかとは思うが、二つの出来事にはなにかの繋がりがあるんじゃないかと考えてしまう。


 エストも同じ事を考えているらしい。あごに手を当てたまま黙っている。しばしの間、まばらに吹く風だけがざわざわと大気を震わせていた。


「……ここで考えていても仕方がありません」


 やがて、セイナが沈黙を破る。


「あれこれ悩むくらいなら、ギルドの判断に全てを任せてしまいましょう。それに当事者だから印象に残ると言うだけで、偶然という可能性だって十分あり得るんですから」


 ……まあ、それもそうか。仮になんらかの繋がりがあるにしても、俺達にできる事なんてないし。


 それに、前世で『一年のあいだに自宅へ六回隕石が落ちた人物』の話も聞いた事がある。そんな超絶ウルトラ不運に比べれば、まだ現実的な不運であると言える。


 ここは"単なる偶然"で手っ取り早くすませて、後はギルドの判断に丸投げした方が精神衛生上いいよな。うん。


「そうだな。それより俺達も消耗してるし、調査はここで切り上げよう。これだけ調べれば十分だろうし」


「そうね」


「分かりました」


 二人がうなずいた後、一旦の間を置いてセイナが口を開く。


「それよりどうでしたか? 私はお役に立てたでしょうか?」


「ああ。十分だったよ」


「今回はセイナがいなきゃ危なかったわ」


 嘘をつく理由はない。素直に答える。


 俺達の返事に、セイナは満足そうに笑顔を浮かべた。


「お二人がよろしければ、今後もこの三人でパーティーを組み続けたいと考えています。お二人とも頼りになりますし、なにより金髪美少女とともにいられると言うのが最高ですから」


「こっち見ないで?」


「俺はついでかい」


 セイナの笑顔には、下心が過剰積載されていた。


「どうですか? 今後も私と一緒にパーティーを組んでいただけますか?」


「もちろんだ」


 俺は答えた。


「治癒魔術にその大容量カバンで支援の方はバッチリ。水の魔術も十分実戦で通用するし、お前とエストの二人に任せれば俺は安心して後方に控えていられるぜ」


「「ノルも戦って下さい(戦いなさい)」」


 二人とも息ピッタリである。これなら連携にも期待できるだろう。


「……それより帰ったら、屋敷ぶっ壊した件でギルドに弁明しなきゃいけないんだよな……」


「……ま、まあ状況が状況でしたし、多分大丈夫だとは思います……」


 そうだといいなぁ。


「……こんな事になったんなら、私も柱のひとつくらい切っちゃっても……」


「断固として阻止するからな」


 俺達はこれ以上罪を重ねる訳にはいかないんだ。


「……じゃあ、魔石回収してさっさと帰ろうか」


「……柱……」


 魔石を回収後、未練たらたらのエストを引っぱりつつ俺達は廃村を後にした。






「……つまり屋敷を倒壊させたのは、戦闘中のやむを得ない出来事だった、と」


「「「はい」」」


 ギルドに戻った俺達は、速攻で受付嬢さんに頭を下げた。


「……そもそもノルさん。なぜ冒険者になって二日目でゴブリンロードなんて討伐して来てるんですか」


「なりゆきです」


「そう言う問題じゃないです。しかも魔族化した個体ですよ? 普通、初心者が戦うような相手じゃありませんよ」


「がんばりました」


「……だからそうじゃなくってですね……」


 受付嬢さんはこめかみを押さえながら俺達の報告に耳を傾けていた。


「――おい。昨日のあの新人、今度はゴブリンロードを倒したらしいぞ」


「は?」


「ついでに、廃村にあった屋敷も一緒に潰したそうだぜ」


「は?」


「いくら廃村とは言え、なんで屋敷なんて潰してるのかしら……?」


「知るか。『屋敷の消火はした』とかなんとか言ってたから、多分例のファイアボールしか使えない方の新人がやったんじゃないか?」


「いやいや。いくらあの常人ヒューマがすげえ奴らしいとは言っても、さすがにファイアボールだけで建物壊すなんて無理だろ。仮にそんな下位魔術を使える奴なんていたら、百年にひとりの天才と言っても過言じゃないぞ」


「俺はあっちのチェーンソー持ってる女が犯人と見た。よりによってエルフがあんなもん武器に選ぶんだぜ? ものを切る事に快感を覚えるような危ない性格してるに違いねえよ」


「いやいや、あり得ねーって。そんな危険人物がこの世界にいる訳がないだろ。実は青髪の獣人セリアン姉ちゃんが犯人だったりして」


「それこそあり得ないよ。だって、あんな美人で優しそうなお姉さんがそんな事をするはずがないだろう? きっと彼女、清純な心の持ち主なんだろうな……」


「……まあ、なにしろ廃村だからな。柱が腐っててもおかしくはない。戦いのドサクサで崩れる事も十分にあり得るだろう」


「どっちみち、あいつらがゴブリンロードを倒したってのは事実らしいな。どうせこの場にゃ、あいつらの将来性に目をつけて今の内に取り入っておこうか……なんてセコい事考えてる奴もいるんだろ? まあ俺なんだけどな」


「ええ、とてもセコい発想だと思うわ。そして私は『明日からさっそく上手に媚びを売るための方法を学ぼう』……と考えている最中よ。なぜなら、私もまたセコい人間のひとりなのだから」


 ……なんかギャラリーが遠巻きに俺達を眺めながらヒソヒソ話をしてるし。内容ははっきり聞き取れないけど、『屋敷潰した』とか『犯人』とかの単語が漏れ聞こえて来た。


 変に触れると面倒くさい事になるかも知れない。スルーしとくのが無難か。


「……お三方の話をまとめますと、調査のために立ち入った屋敷内で偶発的に遭遇してしまい、しかも出入り口を塞がれてしまったために逃げる事ができなかった。そしてロードの統率下にあるゴブリンの群れは危険であり、周囲への被害を考慮しながら戦う余裕はなかった……と、そう言う事ですね?」


「「「はい」」」


 受付嬢さんの確認に、声を揃えて即答。ちなみに『魔物に案内されて屋敷に入った』とかのややこしくなりそうな情報は伝えていない。……け、決して都合が悪いから伏せたとかじゃないぞ。


「……事情は分かりました。まあそもそも被害と呼べるような被害ではありませんし、もろもろの状況を考えれば不可抗力のたぐいでしょう。上にはやむを得ない出来事であったと報告しておきます」


「「「ありがとうございます」」」


 揃って頭を下げる。


 俺達はその後報酬を受け取り、お咎めなしで無事にクエストを完了させた。



━━━━━━━━━━━━━━━

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、下部の「♡応援する」および作品ページの「☆で称える」評価をお願いいたします。

執筆の励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る