第18話 屋敷内の戦闘、決着

 突進して来たゴブリンロードが金槌のように左腕を振り下ろす。


 俺達はその場から逃げるように回避。直後、ロードの豪腕が床板を叩き割る。


「ちょこまか逃げるでねえだぁ――――っ!!」


 ロードはなおも追いすがる。一番近いエストに向かって突進、丸太のような右腕で殴りかかる。


 エストは巧みに体を動かして側転回避。直後、彼女の頭があった空間を渾身のストレートが貫く。


 その奥の柱にロードのグーパンチが突き刺さる。


 すさまじい轟音。屋敷全体が悲鳴を上げるようにきしみ、天井からパラパラと土が落ちて来る。


「おいおいおいっ!! お前屋敷が崩れちまうぞっ!! いいのかよっ!?」


「おめえら叩きのめした後で別の住処すみか探すだよっ!! そんな事より、おめえら絶対に逃がさねえだよっ!!」


 さっきエストがテーブルとか床とかを傷つけた時には怒ってたくせに。


 要は戦闘で傷ついたから使い捨てる事を決め、ためらいなく破壊している……と言う事なのだろう。


 さすが勝手に住み着いているだけある。未練も愛着もまるでない。"思い切りのよさ"などと言う概念とはまるでかけ離れた刹那的発想である。


 回避直後のエストを狙って、通常のゴブリン達が群がって来る。


「だあああぁぁぁ――――っ!!」


 すばやく姿勢を整えたエストがエルガーレーヴェチェーンソーをぶん回し、寄って来たゴブリン達を片っ端から切り飛ばし、追い散らす。セイナもスプラッシュやアクアカッターで迎撃する。


 だいぶ数を減らしているが、ゴブリン達の勢いに陰りが見えない。なおも敵意に満ちた目でこちらに向かって来ている。


 ロードの影響下にあるためか敵の士気は高い。もちろん、ロードそのものも大いに脅威である。


 まずはロードあいつをどうにかしなければならない。ロードはちょうどエストを狙っており、俺に注意を払っていない様子だ。


 俺はロードに杖を向けすばやく魔術の準備を完了させる。奴の無防備な側頭部に向け、無言でファイアボール・圧縮版を撃つ。


 魔術発動時に魔術名を叫ぶのは、『その方が気合が入ってやりやすい』『仲間に魔術を撃つ事を知らせ、巻き添えを食わないよう注意を呼びかける』などの理由があるためだ。逆に言えば無言でも特に問題なく使用できるため、例えば今回のように不意打ちをする場合は黙って撃つのがセオリーなのである。


 だが、火球の飛翔音までは消せない。魔術を撃った事をロードに気づかれる。


 ゴブリンロードはエストへの攻撃をやめ、転がっていたイスをひっ掴んで火球に向けて放り投げた。


 空中で両者が衝突。火球がイスの座面を貫き、ロードに命中する手前で爆発。


「ぐぅ……っ!!」


 ロードは両腕で顔を防御。熱波に襲われ、苦悶の声が漏れる。


「ふン……っ! ちっと熱かっただよ……っ!」


 そう言い放つロードには、大きなダメージを受けている様子はない。もし普通のファイアボールであれば、爆炎が全身を飲み込んでいた事だろう。だが今回は爆発力を抑えて効果範囲を絞ったのがアダとなった。


 しかし咄嗟にイスで身を守ったと言う事は、裏を返せば直撃には耐えられないと考えた証拠だ。盾代わりになるものもここにはあまりない。


 大丈夫だ。焦らず、このまま追い詰めて行けば――


「ンだああああああっ!!」


 などと思ったら甘かった。ロードが怒声を上げながら俺に向かって来た。


 やべやべやべっ!!


「だああああっ!!」


 床へ身を投げ出すようにして回避、受け身を取る。運動は得意ってほどではないが、ジジイの訓練でそれなりに体を動かして来ているためこのくらいの事はできる。


 だが、さすがにエストほど機敏に動ける訳じゃない。回避直後で動けずにいる俺を狙ってロードが迫る。


「させないっ!! だっしゃああああ――――っ!!」


 チェーンソーを一閃しつつ、エストが間に割って入ってくれた。


「すまん、助かった!」


 姿勢を直しつつ、俺は礼を述べる。エストは答えず、チェーンソーを正眼に構えてロードに対峙する。


「そんなに死にてえだか。上等だぁ」


「ふっ……」


 チェーンソーの駆動音に混じって、エストから不敵な笑いが漏れるのが聞こえる。


 実に頼もしい様子だ。どうやら自信があるらしい。ここは彼女に任せ


「……マナ切れよ」


「おいいいいいいいっ!!」


 ……ようとしたら、チェーンソーの駆動音が止まりやがった。


「……てな訳で、後はがんばって! 私も援護はするから!」


「……おま……っ!! このタイミングでかよっ!!」


「言ったでしょ!? 長期戦は苦手だって! エルガーレーヴェこの子、動かしてるだけで私のマナ吸われちゃうんだからっ!!」


「確かに言ってたけど! 確かに知ってたけど!」


 カッコよく割り込んだ直後にMPマナ切れ宣言とかさぁっ!!


「……よう分からンが、そっちの女はもう戦えねえって事だか」


 ゴブリンロードとその部下達が、ジリジリとこちらへ寄って来る。


「どうしますかっ!? 逃げますかっ!?」


 セイナはそう言うが、現在の俺達は入り口とは反対側の壁際へ追い詰められている。


 この屋敷から逃げようにも、出入り口までのルートはゴブリン達によって塞がれている。窓も同様、抜かりなくガードされている。


 対するこちらは前衛戦力が大幅ダウンしてしまった。敵の数も今や半分ほどに減っているが、それでも力押しの正面突破などまず無理だ。


 それどころか、現状では多 数ゴブリン達プラス強 敵ゴブリンロードを相手にするのも厳しい。いくら下位魔術が短時間で発動可能とは言え、この数をエスト抜きでしのぎ切るのはかなり厳しい。


 ……などと考えた辺りで。


『そう言えば、外への脱出路ってここ以外にもあるじゃん』……と言う事に気づいた。


 同時に、この状況を一発で打開するための手段も思いついてしまった。


 ……実行した後がいろいろ怖いけど。


 でもしょうがないよな。迷ってる時間ないし。生き延びるためなんだし。ちゃんと説明すればきっと分かってくれるだろう。うん。多分。


「……エストにセイナ! 今から俺が逃げ道作るから、全力でそっちへ向かってくれ!」


「できんの!?」


「セイナも手伝ってくれると助かる!」


「わ、分かりました!」


 俺はすぐに魔術の発動準備。杖を向ける先は、


「……あのっ! そっち二階への階段ですよっ!?」


「いいからっ!! 行くぞっ!!」


「おめえらっ!! 一気に潰すだあああっ!!」


 俺とロードがほぼ同時に叫ぶ。ゴブリン達吠え声を上げながら一斉に飛びかかって来る。


「ファイアボール!」


 俺は手近な一体にファイアボール・圧縮版を撃って倒す。


「……っ! 下位水流魔術スプラッシュ!」


 セイナも魔術で別のゴブリンを突き飛ばす。攻撃力ならアクアカッターの方が上だが、発動の早さに関してはスプラッシュに軍配が上がる。この状況なら倒す事より妨害を優先した方がいいし、ありがたい判断である。


「こんちきしょ――――っ!!」


 エストはエストで、刃の動かないチェーンソーで殴りつける。肉厚な刀身に打ち据えられ、ゴブリンはふっ飛ばされて床を転げる。さすが戦闘用、本来の用途にはない乱暴な扱いにも耐えられるらしい。


「……今だっ!! 走れっ!!」


 俺の合図で、階段へ向けて一斉に駆け出す。


「追うだっ!!」


 ロードの命令でゴブリン達が追いすがる。俺達は走りながら、わらわら群がって来るゴブリン達を杖やらチェーンソーやらで必死に追い払う。


 それでも完全には捌き切れない。一体のゴブリンが俺の顔面目がけて飛びかかって来る。咄嗟に顔をのけぞらせて回避。魔物の爪が右のほおをかすめる。敵が着地した瞬間を狙い、全力で蹴り飛ばす。


 その最中、別のゴブリンがセイナの脚にしがみついて動きを止めているのが見えた。


 彼女はすぐに振り払う。しかしその一瞬の間にロードに追いつかれ、魔族の太い指に肩を掴み取られる。


「……っ!!」


 ガクン、とセイナの足が止められる。


「逃さねぇだっ!! 覚悟――」


「ええいっ!!」


 反射的にセイナは肩からかけていた魔道具アーティファクトカバンの口を開く。そして一切の迷いなくロードにかぶせる――つまり『生物の精神に強烈な不快感を与える』カバン内部へと強制的にロードの頭を突っ込ませた。


「qうぇrちゅいおpっ!?」


 ロードの声にならない悲鳴がカバンの隙間から漏れる。


 ……俺もここに来る途中で体験したのを思い出し、ちょっと鳥肌が立った。


 なんにせよ、ロードの動きが一瞬止まる。セイナはロードを手を振り払い、ひたすら走り続ける。


「無事かっ!?」


「ええっ!!」


 俺の声にしっかりした返事を返す。


「まだ来るわよっ!!」


「上がれ上がれっ!! セイナ、できるなら妨害頼むっ!!」


 階段へ到達、すばやく二階へ駆け上がる。


 俺の意を汲み取ったセイナが中間の辺りで振り返り、足元のゴブリンへ杖を向ける。


「スプラッシュ!」


 魔術の水球がゴブリンに命中。突き飛ばされた一体に後続の数体が巻き込まれ、まとめて階下へと転がり落ちる。


「構うでねえっ!! 追うだっ!!」


 なおもゴブリン達は、ふっ飛ばされた仲間を踏みつけ向かって来る。仲間を足蹴にする事への遠慮や迷いなどカケラも見えない。状況を始めなにもかもが違うが、どことなく極楽行きのクモの糸へ群がる亡者を思わせる光景だった。


「ところで二人ともっ!! 二階から飛び降りられるかっ!?」


 駆け上がりながら叫ぶ。


「ああ、そう言う事ねっ!! この高さならバッチリよっ!!」


「な、なんとかがんばってみますっ!!」


「……それとだ」


 声のトーンを落としながら続ける。


「……一応、ギルドへの言い訳考えといてくれ……」


「……もしやあんた……」


「……まあ……仕方ないと思います……」


 俺の考えている事へすぐに思い至ったらしい。エストは微妙に不満そうな態度を取り、セイナはなんとも煮え切らない様子で同意した。


 二階へと到着。おあつらえ向きに、開いた大きな窓を発見。


 躊躇ちゅうちょせずダッシュ。窓枠に足をかけ、ひと息に外へ飛び出した。


 草を踏んで着地。足が結構痛いけど無事成功。エストとセイナも後に続いて飛び出し、着地する。


「あいつら逃げるつもりだよっ!! おめえらも飛び降りろっ!!」


 ロードの怒声が屋敷の二階から降って来る。


 だが、逃げるつもりはない。あいつらはここでキッチリ倒しておく。


 若干残るためらいを頭から締め出し、魔術の準備。杖を向ける先は、さっき飛び降りた二階の窓。


 ――こうなりゃヤケだっ!! なるようになれっ!!


「ファイアボールッ!!」


 俺は通常のファイアボールを発動。バレーボール大の火球が、ゴブリンの群がる窓へ向かって一直線に飛ぶ。


 着弾。


 爆発。轟音が大気をビリビリと震わせ、鼓膜を叩く。


 真っ赤な炎が膨らんで屋敷の二階を焼き、衝撃で破壊した壁の木材をバラバラと飛び散らせる。


 さらにもう一発。今度は一階の出入り口扉。


 着弾。衝撃が扉をふっ飛ばし、炎が屋敷内へなだれ込む。


 木造の建物から火の手が上がる。同時に、屋敷全体が悲鳴を上げるようにきしみ始める。


「離れろっ!!」


 俺達は屋敷に背を向けて駆け出す。


 背後でなにかの限界を超える音。走りながら振り返る。


 屋敷が大きく傾き、ついには崩壊した。日焼けした屋根が地面に落ち、巻き上げられた土ぼこりの中に消えていった。


 津波のように土ぼこりが迫る。顔を背けて目を閉じ、両手で口と鼻を覆う。


 やがて土ぼこりが収まる。恐る恐る振り返って確認。


 視界の先に、炎に巻かれつつある元・屋敷の残骸があった。


 あの場にいたゴブリン達は全員崩落に巻き込まれ、一体も生き残っていないだろう。


 魔物は全て倒した。……引き換えに、許可なく屋敷ひとつ破壊しちゃったけど。


「……やった、んですか……?」


 セイナがつぶやく。


「……ああ、やった。色んな意味でやっちゃった」


「……ずるい。ノルずるい。私には家屋切るのダメって言っといて、自分は大物を派手にぶっ壊しちゃうんだから。屋敷では結構我慢してたのよ? ずーるーいー」


「……いや、それに関してはなんも言い返せねえ……」


 つーか、屋敷壊す(※ぶった切る)の我慢してたのかコイツ。『状況に応じた分別は備えている』と思うべきか、『分別があってもヤベー奴』と思うべきか、微妙に悩む。


「……取りあえずセイナ、火が回り切らないうちに魔術で消火を――」


 そう言いかけた時だった。俺の言葉を遮るように瓦礫からガタリ、と音が立っ

た。


 一瞬、空耳を疑った。だがよくよく注意して見れば、瓦礫がかすかに動いているのが分かった。


 まさか――


「――ンがあああああああっ!!」


 嫌な予感が的中した。次の瞬間、咆哮とともに瓦礫が押しのけられ、ゴブリンロードが姿を現した。


「てンめえらぁっ!! よくもやってくれただなぁっ!!」


 殺気立った瞳を向け、ロードが吠える。部下を全て失い、自身も相当なダメージを負っている。だが、その足取りから力強さは失われていない。一歩、また一歩と大股で俺達の方へと向かって来ている。


 なんて奴だ。あの崩落に巻き込まれてなおも動けるだなんて。多少の幸運にも恵まれたのかも知れないが、生き延びられた最大の要因は奴自身に備わった強靭さだろう。


 もともとそれだけの生命力を持っていたのか、それとも魔族となった際、知能とともに得られたものなのか。


 なんにせよ、こいつは危険だ。やばすぎる。


「もう許さねえだっ!! 全員八つ裂きに」


「ファイアボール!」


 なので、ここできっかりトドメを刺しておこう。


「え? ちょっ」


 なにか言いかけたゴブリンロードにファイアボールが直撃。緑色の巨体が炎に包まれる。


「ンがあああああああっ!?」


 爆音にも負けないロードの悲鳴。さらに念を押してもう一発。


 炎が晴れる。


 そこには、黒こげのゴブリンロードが倒れていた。


 すぐかたわらには、大きめサイズの魔石が赤く光っていた。


 今度こそ討伐完了である。


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