第17話 屋敷内の戦闘

「だっしゃらああああ――――っ!!」


 雄叫びを上げつつ、エストがチェーンソーを切り上げる。刃の軌跡上にあったテーブルの脚をついでに両断しつつ、牙をむいて襲って来たゴブリンを返り討ちにする。四本の内一本の脚を切られたテーブルが『ガタンッ』と派手な音を立てて倒れる。


 返す刃で、立て続けに襲ってきた別のゴブリンを切り下ろす。振り切った刃が木製の床を削り、乾いた木くずを宙に舞わせる。


「てンめえっ! オデの家になんて事するだっ!」


「勝手に住み着いてるだけじゃないのっ! ……くたばれぇっ!!」


 叫びつつ、さらに一体のゴブリンを切る。


 だが、倒したゴブリンの後ろから別のゴブリンが襲いかかって来る。


「――下位水流魔術アクアカッター!」


 そこへセイナの援護が飛んでくる。スプラッシュとは別の水属性下位魔術だ。


 円盤状の水が高速回転しながら飛び、ゴブリンの胸を切り裂く。『ギャッ!』と短い悲鳴を上げた魔物が、そのまま床に倒れて動かなくなった。


「助かったわ!」


「油断しないで! まだ来ます!」


 セイナの言う通り、敵の数はまだまだ多い。俺も向かって来るゴブリンを杖で殴りつけて追い払っているが、なかなか勢いが止められない。


 そのうえ相手はこちらの死角を狙って攻撃して来ている。左のゴブリンに対応している隙を突いて、右から別のゴブリンが向かって来る。


 緻密とまではいかないが、明らかに連携を取っている。普通のゴブリンなら各々てんでんバラバラに向かって来るだけである。やはりゴブリンロードの影響下にあるためだろう。


 このままではいずれすり潰されてしまう。


 状況を打開するためにも、あれ・・の出番だ。


「二人とも、ほんの数秒だけ時間くれ! ファイアボール撃つから!」


「え!? いや、あの威力じゃ屋敷が崩れかねない――」


「ちゃんと考えてある! 頼む!」


「……そうするしかないわよね……!」


「分かりました!」


 議論の時間はないと理解しているのだろう。二人はすぐさま、杖での攻撃をやめた俺を守るような立ち回りを始める。


 俺は意識を集中させ、魔術発動の準備をする。


 使用するのは当然ファイアボール。なのだが今回は普段と少々性質を変えさせるために、準備に若干時間がかかる。


 まずは普通にファイアボールの発動準備。完了。


 そこから攻撃範囲の規模を抑えるためさらに意識を集中。俺の感覚では、体内マナのかたまりを『ギュウウッ』と圧縮させるイメージである。


 その間にも、二人は戦っている。エストはチェーンソーを振り、セイナは魔術で迎撃。


 それでもなおゴブリンは向かって来る。一体のゴブリンが、魔術発動直後でまだ次弾準備が整っていないセイナを狙って飛びかかったのが見えた。


 ――同時に、俺の準備が完了。


「ファイアボール!」


 セイナを襲うゴブリンにすばやく杖の先端を向け、魔術発動。普段より小型の、ゴルフボールくらいの火球が飛び出す。


 まっすぐ一直線に飛んでいった火球が、セイナを攻撃しようとしたゴブリンの胴体へ命中。体内にめり込み、内部で炸裂。小規模の爆発が起こり、魔物を空中でこっぱみじんに吹き飛ばした。


「あ……ありがとうございます!」


 セイナは言いつつ、改めてスプラッシュを発動。一体のゴブリンを突き飛ばし、他のゴブリンの動きを妨害する。


「な、なんなの、今のファイアボールはっ!?」


「攻撃範囲を絞った、ファイアボールの応用技だ!」


 エストの問いに答えつつも集中は切らさず、立て続けに次弾の準備。


 魔術は使用者の工夫次第である程度性質を変化させる事ができる。威力の強弱はその代表例である。


 今回俺が使用したファイアボールは、周囲の巻き添えを可能な限り抑えるために効果範囲を狭めたバージョンだ。高熱の火球が敵の表面を焼き貫き、内部で爆発する。いわゆる徹甲榴弾みたいなものである。


 こういうアレンジ版は普通に使うより手間がかかったり、他の要素――例えば威力や制御のしやすさなどが犠牲になったりする。決していい事ずくめではないし、なにより手間かけるのヤダなため普段は使用していない。


 けど、今はそうも言ってられない状況だ。


 意識を途切れさせていなかったため、初弾よりも早く再使用準備完了。適当な一体に狙いを定めて放つ。


 命中。ゴブリンが吹っ飛ぶ。


 さらに次弾の準備。完了次第、発動……を繰り返す。俺が炎の弾丸を放つたび、一体、また一体とゴブリンの数が減っていく。


「すごい……マナの扱いが相当うまくなければできない事ですよ……」


「こりゃ私も負けてらんないわねっ! ……きえぇぇぇ――――いっ!!」


 エストもセイナもそれぞれに奮戦する。


 敵を倒す速度が上がったおかげか、ゴブリン達からの猛攻にも余裕を持って対応できるようになっている。


「おらあぁぁぁぁっ!! 次いぃぃっ!!」


 その証拠にエストが絶好調である。危機感より闘争心が上回っているのだろう。


「……あの。エストって、普段からあんな叫びながら戦ってるのですか……?」


「……俺も昨日出会ったばかりだが……そうらしいぞ……」


「……そうですか……」


 セイナも気になり始めたんだろう。そりゃそうだ。あんなもん見たら普通『こいつどうかしてる』と思うはずだ。普通――


「……ギャップ萌え路線ですか。美しい外見からあふれ出る猛々しい内面。なるほど、イケますね。うふ。ふふふふふふ……」


 こいつどうかしてる。


 雄叫びを上げながらチェーンソー振り回すエルフを、しっぽパタパタ振りながらニヤけ面で眺めているセリアンを見て、俺はそう思った。


 ……ま、まあそんな事よりも。


 現状、こちらに流れが傾きつつある。このまま逃げ道を切り開き、屋敷から脱出できれば――


 ひと筋の光明を見出した辺りで、


「――いい加減おっぬだぁぁぁ――――っ!!」


 ゴブリンロードがぶっとい右腕を振りかぶりながら俺達へ向かって猛然と突っ込んで来た。


「避けろっ!!」


 俺が叫ぶのと、ロードが緑色の腕を振り下ろすのはほとんど同時だった。


 三人とも、飛びのくようにして回避。


 直後、俺達が立っていた床へロードの腕が叩きつけられる。固く握りしめられた拳が床板を叩き割り、木材のひしゃげる音を響かせる。砕けた木片が放物線を描いてぱっと散る。


「……避けられただか」


 ロードがゆらり、と体を持ち上げる。


 見た目通りにすっげえ腕力である。あんなもん食らったらひとたまりもない。


「次は逃さンだっ!!」


 吠えながら今度は左腕を振りかぶって突進して来た。


 この屋敷から脱出するにしても、まずはこいつをどうにかしなきゃならない。


 ああもうっ! 冒険者生活二日目のペーペーが、なんでこんな奴と戦う羽目になってんだっ!



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