第14話 廃村の調査

「……そろそろ戦闘の準備しとこうぜ」


 目的地へ向かう途上、今はあまり使われていない旧街道へと差しかかった辺りで俺達はいったん停止。街道やその付近は領地の貴族が兵を派遣して治安維持を行っているが、さすがに旧道までは手が回らない。姿こそ見えないが、魔物が寄って来る可能性は十分にあり得るため油断は禁物である。


 俺は背中の杖を右手に持ちつつ、左手で後ろ腰のナイフを鞘から軽く抜き差しする。


 エストは背負っていたチェーンソーを地面に置き、各稼働部位にものが詰まっていないかを目視確認する。


 セイナは杖の先端、金具で留められている水晶を手で持ち、固定が緩んでいないかをチェックする。


 それから、俺達は旧街道を進む。幸いにも魔物と遭遇する事なく、目的の廃村へとたどり着いた。


 村の周囲は魔物対策の外壁……と言うか、肩くらいの高さの木製柵で囲われている。隙間も広く、小柄な魔物なら問題なく通り抜けられるだろう。ある程度は効果もあっただろうがこれでは"頑強な守り"と呼ぶにはほど遠い。


 まあ村を丸々囲むだけの柵を作るのだって手間と資金がかかる。村の周囲は西側の林以外は開けた平原であるため、地形を活かす事だって難しい。客観的には効率が悪く見えてもある程度仕方ない部分はある。


 門をくぐる。木製の扉はとっくに脱落しており、門の内側のそばに打ち捨てられてあった。


 近くの林で木材を調達していたためか、村の家屋は大半が木造である。きちんと形を保っている家もあるが、柱が朽ち折れてぺしゃんこに潰れている家もある。ツタ植物にびっしり絡め取られた家屋もあるなど、廃墟と呼ぶにふさわしい荒れ具合であった。


 ここがなぜ廃村になったのかは聞いていない。家屋に派手な破壊跡が残っていないところを見ると、魔物などに襲われた訳ではないようだ。単純に過疎化しただけかも知れない。


「で、どこから手をつけて行くの?」


 エストが尋ねる。


「……そりゃギルドから借りた見取り図を参考にしながら、近いところから地道にやって行くしかないだろ」


 自分で言ってて気が滅入る。地道にやるのヤダもん。


「建物の内部を調べる時は注意して下さいね。この様子じゃいつ崩れたっておかしくありませんから。うかつに中に入っちゃ危ないですよ」


 セイナの言う通りである。腐った柱が天井を支え切れる限界点が今この瞬間であったとしても全くおかしくない。


「そうね。それじゃ、さっさと始めましょうか」


 エストが言った。






 ぼうぼうに生えた草を踏み分けつつ、俺達は村の中を見て回った。


 裏路地や家々の間などもざっと確認。


 崩れた家屋の中には入らず、出入り口や窓などから内部を覗くに留める。


 比較的しっかり残っている家屋は、慎重に内部へと入って各部屋を手早く見て回る。


「ところで」


 村の大通りを歩いている最中にエストが口を開く。


「なんでここの廃村、建物残したまんまなのかしら」


「急にどうしたんだ?」


「いや、だって。ここの村を見回る理由って、魔物が勝手に住み着いて活動拠点にされちゃまずいからでしょ?」


「ああ。ついでを言えば、盗賊とか密売人とかの隠れ家にされないようにするって目的もあるな」


「だったら、建物を取り壊して更地にしちゃえばいいじゃない。そうすれば拠点にされる心配もなくなるわよ」


「……まあ、単純に手間がかかるからでしょうね」


 セイナが言った。


「何しろ、残っている建物だけで何十棟以上ありますから。それら全てを取り壊すのはかなりの労力が必要です。それに、取り壊した後は木材などの処理をしなければなりませんし」


「なるほど。手間の問題なのね」


 エストが大きくうなずく。


「……だったらその取り壊す手間、私が代わりに引き受けてもいいわよね。ちょいとばかりチェーンソーこの子を使ってざんざんばらりと」


「やめなさい」


 ワクテカした顔でエルガーレーヴェチェーンソーを手にしたエストを制止する。


「いいじゃないの、どうせ廃村なんだし。どうせもう使わないんだし」


「……冒険者登録した時に教習で言ってただろ。『クエスト先の建物などをみだりに傷つけるな』って」


 冒険者達のてんで好き勝手な行動でものを壊され、結果取り返しのつかない損失を招いてしまっては目も当てられない。


 それに一見いらなく思えても、なにか別の理由で残されてるって可能性もある。『チェスタトンのフェンス』――"フェンスを撤去したいなら、まずそのフェンスが立てられた理由を理解しろ"って内容の言葉もあるくらいだし、素人判断はしない方がいい。


「……それじゃあまず、ギルドの許可をもらってから思う存分めった切りに……」


「お前の前世、破壊神かなにかか?」


 別世界で光の勇者達に討伐された後、こっちに転生したとかのバックボーン持ってんじゃあるまいな。


「……二人とも。静かに」


 真面目な声色でセイナが言う。


「どうした?」


「そこの陰。なにか動くものが見えました」


 彼女が指さす先、前方一〇メートルほどにある傾いた家屋に注目する。


 家の壁際に生える、腰ほどの丈の草がガサガサっと揺れる。生きものの気配だ。何者かが姿を現す。数は一。


 あれは――


「"ゴブリン"ね」


 ゴブリンは緑色の皮膚を持った人型の魔物だ。背丈や身体能力はだいたい男子小学生くらい。知能も簡単な道具を扱える程度にはあるが、決して高いとは言えない。


 一体一体は大して強くはない相手であるが、こいつらは群れを作って集団で行動する。大規模なゴブリンの集団に襲われ、壊滅にまで追いやられた村の話も聞いた事がある。


 もしも群れであれば油断できない相手だが――俺達の前に現れたゴブリンはたったの一体だけ。そばに仲間がいる様子もない。


 ちょうどゴブリンもこちらに気がついた。


 すぐにこちらへ背を向けて逃げ出す。


 どうやら本当に一体だけらしい。あれなら大した脅威にはならない。もちろん、逃がす訳にはいかない。


「いい機会です。ノル、あなたの下位火炎魔術ファイアボールを私に見せて下さい」


「え、俺がやんの? 隙あらばサボりたい俺が? わざわざ?」


「……堂々としたサボり宣言やめていただけます……?」


「自分らしさを出してるだけだよ。俺、ありのままの自分で生きられない世の中なんて間違ってると思うんだ」


「その割にあんた、私がありのままの自分を出してる時は当然のようにケチつけるわよね」


「それなら問題ない。俺のこの思想は状況に合わせて都合よく引っ込められるのがウリだから」


「んなカス思想、さっさとそこら辺の草むらにでもポイしちゃいなさい」


「あの。ゴブリンが逃げますので早いところ撃っていただけませんか?」


 セイナが急かしてくる。


 しゃあない。やるしかないか。


 杖をゴブリンの背中に向ける。意識を集中。


「――ファイアボール!」


 先端から飛び出したバレーボール大の火球が、逃げるゴブリンの背中へと吸い込まれていく。


 直撃。


 膨れ上がる炎。空気を震わす爆発音。少し遅れて、温度にムラのある熱風がこちらまで届く。パラパラと音を立てて跳ねる小石。


 炎が晴れる。


 後には黒こげになったゴブリンと、赤い魔石だけが残されていた。


「……今のが俺のファイアボールだ。で、評価は?」


「……すごい……ですね……」


 セイナが目をしばたたかせながら言う。


「信じられませんが……中位魔術くらいの規模でしたよ……。一応聞いておきますが、さっきのは中位火炎魔術デトネイションだったりとかは……」


「いいや。訓練はさせられたんだけどな。結局覚えられなかった」


「……そうですか。……あれだけの魔術を扱えるのにファイアボールしか使えないなんて……変わった事例ですね……」


「そうよね。……取りあえず、魔石の回収しときましょうか」


 そう言ってエストが前に出た時。ゴブリンの死体すぐそばの家屋から、妙な音が聞こえてきた。


 なにかこう『ミシッ……メキッ……』ってな感じの。まるで木の柱が屋根の重みに耐えきれず、へし折れているかのような音――


「……やべっ! 止まれっ!」


 慌ててエストの肩をつかんだ瞬間、ゴブリン近くの家屋が『メキメキメキ』っと音を立ててへしゃげた。土ぼこりがばっと舞い、もうもうと周囲へ広がっていく。こちらまで届いたほこりに思わず顔をしかめてそっぽへ向ける。


「……エスト、大丈夫か?」


「ええ。ありがと」


「……どうやら、今の衝撃で崩れたみたいですね」


 セイナが崩れた家屋へゆっくり近づく。俺達も後に続く。


「……これって、俺の責任になんの?」


「いえ。もともと傾いていましたし、不可抗力でしょう。……とは言え、強力な魔術を使う時は気をつけた方がいいですね」


「だな」


 エストが木材の破片を拾い上げる。


「この調子だと、戦う時は建物が崩れる可能性を考えなきゃいけないみたいね」


「ああ」


「……だったら安全確保のためにも、いっそ私がざんざんばらりと」


「魔物のいる場所だからマナの無駄遣いやめような?」


 嬉々としてチェーンソーを手に取るエストをなだめる。


 オモチャ売り場のわんぱく小僧並みに目が離せないなこいつ。



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