第15話 魔族

「少し気になりますね……」


 引き続き調査を行っている最中、セイナがポツリとつぶやいた。


「何がだ?」


「先ほどのゴブリンです。ゴブリンは普通、集団で行動する魔物のはず。たったの一体だけがこの廃村にいたのはなぜなのかと思いまして」


「単にはぐれ者が迷い込んだとかじゃないか?」


「それもあり得ます。ただ、例えばゴブリンの集団がこの村に住み着いているって可能性も考えられるんですよね」


「え、マジ?」


「露骨に嬉しそうにすんな」


 エストがさっそく反応してやがるし。『切る対象がたくさんいる!』って感じに目を輝かすな。


「……それでですね。ゴブリンの集団がいる可能性を考えた場合、あそこ・・・なんて凄く怪しいんですよね……」


 セイナは俺達の進路前方にある二階建ての屋敷を指した。


 他の家屋に比べて明らかに大きく、雑草が生え放題になっているとは言え庭も広い。おそらく村長の屋敷だったんだろう。


「柱が弱っているのか少しばかり傾いてこそいますが……ゴブリンの群れが長期間住み着くには十分です」


「脅かすなよ……」


「気をつけて中に入りましょう、って事です。なにもなければそれが一番です」


「……なにもないの……?」


「露骨に残念そうにすんな」


 本当にこいつはもう。


 俺達は庭へゆっくりと侵入する。屋敷は静まり返っており、何者かが中にいる気配はない。


 俺は扉へと近づき、ドアノブに手をかける。


 ……?


「どうしましたか?」


「いや。カギがかかってる」


 何度ドアノブを回しても、ガチャガチャと音が鳴るばかりでそれ以上動かない。押しても引いても、扉はびくともしない。


 エストが背後から、俺の手元をひょい、と覗き込む。


「カギがかかったまま住民がいなくなったんじゃないの?」


「そんな話、ギルドで聞いてないぞ」


 仮にそうだとしたら、例えばひとこと『カギのかかった建物は調べなくていいです』とでも付け加えてもいいはずだ。


 単に言い忘れただけか? あるいは、ギルドも建物一軒一軒の状態までは詳しく把握できていなかったのか?


「取りあえず、窓からは入れるようです。そこからお邪魔して調べましょう」


 セイナが屋敷の両開き窓を指す。ガラスの外れたかまち――実際に閉じ開きする部分ね――が"ハの字"に開いている。窓にはカギがかかっていないらしい。


「そうね。……ひょっとしたら、どっかの冒険者がイタズラで入り口のカギかけた後で窓から出たのかも」


「案外そんなオチかもな。それじゃあ――」


「おい、あんたら。そこ立たれるとオデ達家に入れないンだども」


「あ、すみません」


 そりゃあ、入り口前で話し込んでちゃ迷惑になるもんな。いけないいけない。


 俺達が横にどくと、住民がドアに近づいてサビの浮いた真鍮しんちゅうのカギをカギ穴に差し込む。たくましい緑色の手がひねられると、カギ穴からカチャッと音がした。


「よし、空いたな。それじゃ、入ろうぜ」


「ンだンだ」


 俺達は屋敷の中に入る。後からぞろぞろと小柄な住民達も続く。


 出入り扉の先はリビングになっていた。広い室内に、木製の立派なテーブルと背もたれのついたイスがある。両方ともこじゃれた装飾が彫られており、表面もきれいなツヤが出ている。


 床にはゴミ一つ落ちていない。窓から差し込む日光を見ても、ほこりは舞っていない。住民達が普段から丁寧な掃除を行っている事がうかがえる。


「なンか飲むか? 水しかないンだども」


「あ、ありがとうございます~」


「ご丁寧にどうも。では、お言葉に甘えて」


 住民の申し出に、エストとセイナがのんびり答える。俺ものどが渇いたし、ありがたい。


「さあさ、イスにかけてくンろ。おいおめえら、お客さんに水持ってくるだ」


「どうもです。……ふぃ~……」


 俺はイスに座り、背もたれに体を預けながら大きく息を吐き出す。二人もそれぞれくつろいだ様子で俺の隣とまた隣に座る。


 水場へどたどたと向かう緑色の人達をのんびりと眺めながら、俺達はつかの間の休息を――


 …………。


 いやおかしいだろ。


 我に返った俺は、今いちど周囲をぐるりと眺める。


 室内に、数十体のゴブリン達と、一体の大型ゴブリンの姿が見えた。


「……おいいいいいいいいいっ!!」


「……ああああああああああっ!!」


 俺と大型ゴブリンの叫びがきれいに重なる。


「なんか自然とくつろいじゃってたけど、目を覚ませお前らっ!!」


「なんか思わずもてなしちまったけンども、目を覚ますだおめえらっ!!」


「「……はっ!!」」


 俺の声で二人が正気に戻る。


 俺達はすばやくイスから立ち上がり、互いに背中合わせになって警戒体勢を取

る。さすがに、こんな状況でものんびりできるほど俺の神経は太くない。


 俺達をもてなしたこのゴブリン、普通の個体よりも体が大きい。身長が二メートルくらいあって、体格もガッチリしている。つーか、人語をしゃべっている。


 つまり、


「こいつ、"ゴブリンロード"ッ!?」


「会話ができる魔物……と言う事は"魔族"ですか……っ!!」


 緊張を隠せない声色で、エストとセイナが叫ぶ。


 ゴブリンロードは、ゴブリンの上位種だ。普通のゴブリン達と比べて体格が大きく、力も強い。高い知恵と統率力も持ち、こいつをかしらにすえたゴブリンの群れは通常は行わない戦術的な行動を取るようになる。


 間違っても駆け出し冒険者が相手をするような魔物ではない。十分な実力を持った中堅冒険者が、複数人で対処するような魔物であると聞かされている。いくらアウス爺さんが非常識クソジジイであろうが、訓練と称してこんな奴をどっかから引っぱり込んできて俺にけしかけるようなマネまではしなかった。


 そして、魔物の中にはまれに人間並みの知能を持ち、人間と会話が可能な個体が存在する。一代限りの突然変異として誕生する場合もあるし、親からその特徴を受け継いだ子孫なんかもいる。外見も様々であり、人間とほぼ同じ姿の者から、元となった魔物そのままの姿の者までいる。


 こちらの世界では、それら"人語を解す魔物"の事を特徴、外見問わずひとまとめに『魔族』と呼んでいる。


 もちろん、会話が可能だからと言って必ずしも友好的な存在であるとは限らな

い。どちらかと言えば、むしろ自身の利益のために人間を害するケースの方が多

い。『俺らは好き勝手に生きる、人間側の秩序なんぞに従う必要なし』的な価値観で活動しているのである。


 そして、この"魔族となったゴブリンロード"の目は完全にこちらを敵と見なしている。周囲のゴブリン達も、害意むき出しなうなり声を上げている。


「と、とりあえず二人とも! いったんここから脱出を――」


「逃がす訳ねえだっ!! おめえらっ!!」


 ゴブリンロードの合図で、普通のゴブリン達が俺達を取り囲む。もちろん、きっちり出入り口も塞がれてしまった。


 閉鎖された空間内でゴブリンロードと多数の取り巻きに包囲される――はっきり言って、かなりやばい状況である。


「くそ……っ!!」


「待ってっ!!」


 俺はとっさに杖を向けようとしたが、エストに制されて硬直する。


「この屋敷は木造で、しかも傾いてるのよっ!? うかつにあんたのファイアボールなんて撃ったら、さっきみたいになるかも知れないわっ!!」


 つまり、さっきの家屋みたいに俺のファイアボールの衝撃でこの屋敷自体が崩れてしまうかも、と言っているのだ。もしそうなれば、この場の全員あの世行きである。


「かと言って、ゴブリンロードの相手をするのもさすがにキツいわね……っ!! ゴブリンだけなら素直に喜べるけど、こいつはちょっと歯ごたえのありすぎる相手よ……っ!!」


「逃げ道も封じられてしまいましたし……これはまずいですよ……!」


 二人とも緊迫した様子である。絶体絶命と言っていい事態に陥っているのだか

ら、当然であろう。


 だが。


「――いや。俺にひとつ手がある」


「えっ?」


「うまくいけばここを無事に切り抜けられるはずだ。確かに可能性は低いかも知れない。だが、諦めなければゼロにはならない」


「……できるん……ですか……?」


「ああ」


 俺は強い眼差しを二人へ向ける。並々ならぬ俺の覚悟を汲み取ってくれたのか、やがてエストとセイナは互いに顔を見合わせ、うなずく。


「……託していいのね?」


「ああ。二人とも、俺を信じろ」


「……分かりました。あなたを信じます」


 エストとセイナの信頼を背に、俺はゴブリンロードへと足を向け、ゆっくりと前に出る。


「おもしろい事を言うだなおめえ。"ここを無事に切り抜けられる?" そんな手があるなら見せてみるだよ。ンなもン、オデ達がたたっ壊してやるだっ!!」


 威圧感のあるゴブリンロードの咆哮。だが、俺はひるむ事なくもう一歩を踏み出す。


 これから打つ手に自身の覚悟と二人に託された想いの全てを乗せ、俺はまなじりを決した。


「――すんません。おもてなしまで頂いた訳ですし、せっかくの機会ですのでここはひとつ対話を通じてお互いの親睦を深め合いませんか?」


「「「…………」」」


 ――俺の秘策『話し合いで解決』の発動である。



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