第13話 次のクエストへ

 翌朝、冒険者ギルドロビーにて。


「……この時間帯は人が多いのね」


 エストがロビー内を見渡しながら言う。


 確かに昨日、俺が冒険者登録をした際の時間帯に比べて人の密度が高い。雑談なのかクエストの相談なのかも判別できない声が、ロビー内のあちらこちらから聞こえる。


「そうですね。日帰りでクエストを行うつもりであれば、朝方にクエストを受けるのがちょうどいいですから。受けてすぐ出発すれば、遅くともその日の夜には戻る事ができますから」


 セイナが補足する。


 ちなみに、現在の彼女は先端に青い水晶石が取りつけられた杖を持ち、肩から皮製のカバンを下げている。他者から見ても、セイナが後衛の魔術師である事が容易に推測できるで立ちだった。


「なるほど。さすが先輩なだけあるわね」


「ほんのひと月程度の差ですけどね」


「……そういやセイナ、他の冒険者とパーティー組んだりはしなかったのか?」


 ふと思った事を尋ねる。


「ひとりで行う事もありましたが、何度か臨時のパーティーを組んだ事はありますよ」


「じゃあ何で今はひとりで活動してるんだ?」


 昨日ちょろっと話していたが、彼女は治癒魔術を扱えるらしい。荒事でケガを負う機会の多い冒険者にとって、回復役ヒーラーはあらゆるパーティーから歓迎される役割である。彼女が募集をかければ、仲間なんてすぐに集まるはずだ。


「そうなんですよね……。私も固定パーティーを組みたいとは思っているのです

が……なぜか皆さん、やんわりと離れてしまうんですよ」


「……ひょっとしてお前、おかしなマネしてたんじゃないだろうな……」


 例えば、床をってローアングルから写真撮るとか。


「失礼ですね。そんな事していませんよ。むしろ、皆さんと打ち解けられるよう積極的に交流を図っていたいたくらいです」


「本当かよ……?」


「本当です。お互いの事をよく知るためにも、自分達の性癖について深く語り合おうと提案したり」


「アウトだ馬鹿野郎」


 んな事言われたら相手ドン引きするわ。俺も今してるわ。"宿屋で同室"という細い縁さえなければさっさと離れてるわ。


「……まあいい。それよりクエストだ。もう一度確認するが、今回はこれ・・で問題ないな?」


 俺は先ほどクエストボードからはがしてきた依頼書を表向きにし、二人に差し出す。


 内容は『廃村の調査』である。


 ピクシスの町近辺、林の近くにある廃村へ向かい、残された家屋などに魔物が住み着いていないかを確認する。仮に住み着いている場合は討伐、もしくはギルドへ報告を行う……と言うクエストだ。


「ええ」


「私も問題ありません」


「じゃあ決まりだ」


 俺達は受付カウンターへと依頼書を持っていき、受注手続きを行った。





 諸々の手続きを終え、俺達はさっそく出発した。


 ピクシスの壁門を出て、事前に借りたギルド備品の地図を確認しながら目的地へと向かう。右上に記されている"商業ギルド"の紋章が、この地図の正確さを保証してくれている。


 エレンシア王国ではこうした地図は割と簡単に入手できる。測量技術の高さはもちろん、何よりも正確な地図が"国家機密"ではなく"市販品"として流通している事実がこの世界の文化レベルの高さを示している。『地図は文化のバロメーター』とはよく言ったものである。


「――そう言えば」


 街道を歩いている途中、セイナが口を開いた。


「今の内に、パーティー内の戦力確認をしておきませんか?」


「……それもそうだな」


 つまり"互いに何が得意であるか、クエストではどんな役割を果たすのか"を確認しておこう、と言う事だ。昨日も一応は簡単に紹介し合ったが、詳しく掘り下げてはいなかった。出発前も何やかやで聞きそびれていたし、特別脅威もなければやる事もない今ならちょうどいい。


「ではまず私から。昨日も言った通り、私は水と治癒の魔術を扱う事ができます。基本的には下位魔術である水流魔術スプラッシュ治癒魔術ヒールなどが主ですけれど、いくつかの中位魔術も習得していますよ」


「へえ。さすがは冒険者学校を卒業してるだけあるわね」


「それと私が肩から下げているカバンは魔道具アーティファクトの一種で、内側の空間を拡張しています。無制限とは行きませんが、見た目よりたくさんの荷物を入れる事ができますよ。重量を軽減させる効果もありますし、ちょっと振り回したり逆さまにしたくらいで中の荷物に悪影響を与える事はほとんどありません」


 それはありがたい。食糧や消耗品などをたくさん持ち歩く事ができるし、倒した魔物の素材もたくさん持ち帰る事ができる。こういうカバンは結構珍しいはずだ

が、そこは実家の裕福パワーを使って手に入れたんだろう。


 そして何より。


「すごいな。だったら俺がそのカバンの中に入って、そのまま目的地まで運んでもらう事だってできるじゃないか!」


「いや自分で歩きなさい」


 エストが何か言ってるが、都合よく耳が遠くなるほどにすばらしい情報である。


「……でしたら、入って見ますか? 今なら空き容量も十分にありますから」


 この俺の洗練されたすばらしい考えに同調したのか、セイナが申し出る。肩からカバンのヒモを外し、かぶせぶたを開いて入れ口を俺の方へ向けてきた。


「入る!」


 二つ返事で答えた俺は、ほとんど飛び込む勢いでカバンの入れ口へと頭を突っ込んだ。


「――くぁwせdrftgyふじこlp!?」


 で、即座に頭を引っぱり出した。今まで出した事のないような奇声も出した。


 頭入れた瞬間、なんかこう精神的にグニャってきてゴワンゴワンってなってヴォヘエエエエってな感じになる、とにかく名状しがたい未知の不快感に襲われた。


「落ち着いて下さい。体に異常は出ませんから心配しなくて大丈夫ですよ」


「おま……っ!! カバンに入ったらなんかこう……頭がペヴァヴァヴァヴァって感じになったぞっ!?」


「どんな感じよ……?」


「だからミョショショショショって感じの……説明できねえ! 知りたきゃ試してみろ!」


「……じゃあまあ、失礼して……」


 エストも興味を持ったらしく、セイナが差し出す魔道具アーティファクトカバンの前へ頭を向ける。金色の長髪がいささか邪魔になるのか、手で軽くまとめて前へ垂らす。


「……うなじ……」


 セイナのつぶやきは無視しつつ、エストがおそるおそる頭を入れる。


「――もぴょっ」


 事前に身構えていたためか、俺よりは控えめな反応だった。


「……よく分かったわ……。なんかこう……頭がマシャマシャってな感じになるわね……」


「……セイナ。こうなるって知ってて勧めやがったな?」


「実際に試していただいた方が理解しやすいかと思いまして。……ほら、このカバンに人間を入れて持ち運ぶのは誰でも思いつきそうな事じゃないですか。当然、これを利用してよからぬ事を考える人が現れると予想できるじゃないですか」


 ……確かに。中に刺客を入れておいて敷地内にこっそり放置、人が寝静まったころにカバンから出てきた刺客がターゲットの元へ向かった後、サクッとやっちゃったりとか。


「ですからその予防策として、生物の精神に違和感や不快感を与える魔術的な仕掛けがほどこされています。手や体を入れる分にはなんの問題もありませんが……基本的に生物の運搬はできない作りになっているのです」


 アレだ。わざと不便な作りにして、悪用できないようにするって種類の工夫だ。例えばベンチの座面に軽く角度つけて寝づらくして、酔っぱらいとかに長時間独り占めされないようにするとか。


「……つまり俺を中に入れて運搬、って使い方はできないのか……」


「そう言う事です。すみません」


「……待てよ? だったら体を入れて頭だけ外に出していれば、問題なくいけるんじゃ……」


「歩け」


 エストもずいぶん強固な態度である。俺だけが楽をする事の、一体なにが問題だと言うのだろうか。


 それはともかく、総合するとセイナはサポート役としてかなり優秀だと言う事である。欲望のまま奇行に走ると言う巨大な問題点にさえ目をつむれば、かなりの優良物件だと言えるだろう。


「じゃあ、次は私ね」


 今度はエストが言う。


「私はこのチェーンソー、『エルガーレーヴェ』で魔物やその他をぶった切るのが得意よ」


 魔物だけに留めてくれ。


「魔術のほうはからっきし。せいぜい身体強化くらいね。それとエルガーレーヴェこのこを動かすのに私自身のマナを消費するから、長期戦はちょっと苦手ね。まあ、前衛として便利に使ってちょうだい」


「頼りにしています」


 最後は俺か。


 ……。


 …………。


「……俺はファイアボールを扱う事ができる」


「なるほど。……他には?」


「そうだな。ファイアボールを自在に操る事ができる」


「ですから、他の魔術は?」


「……俺はその、ファイアボールを少々たしなんでいまして……」


「いえ、ですからファイアボール以外の魔術は何を使えるのですか?」


「……ノル。フォローはしてあげるからスパッと言っちゃいなさい」


 エストがため息をつく。


 ……いや、パーティー仲間相手に『魔術は一種類しか使えません』って言うの、割と抵抗ある。昨日のチンピラ二人みたいな奴相手にならどう思われようと知った事じゃないんだけど……。


「……いや俺、ファイアボールの一種類しか使えないんだよ」


「え?」


「……だから、それ一種類しか使えないの」


 一瞬の沈黙。


「……それはもしかして、それ以外の魔術を教わっていないのですか?」


「いや、他の魔術も色々と教わった上で、使えるようになったのがファイアボールだけです」


「……ああ~……」


 セイナに困ったような顔をされた。微妙に傷つく。


「……まあ、魔術には得手不得手がありますし、中には全く扱えない方もいるくらいですから。それに、魔術は使い方こそが大事です。下位魔術は役に立たないと言うのは大きな勘違いです。なによりノルは、苦手なりに一生懸命がんばって覚えたのでしょう? すばらしい事じゃないですか。できない事ができるようになったんですから。それを成長と呼ばずしてなんと呼ぶのですか」


 どうやら、こういう風に気を回せる奴らしい。育ちがいいだけはある。


 が、一つ訂正しておこう。


「いや、ファイアボールに関しては簡単に覚えられたんだけどな」


「え?」


「俺が魔術を教わったのは義理の祖父からなんだけど……特になんの苦労する事もなく、最初の一回であっさり成功したぞ」


 俺が七歳――ちょうど『転生者・北岡拓也』としての記憶が戻った時期の話だ(ちなみに、それ以前の『ノル・ブレンネン』としての記憶も保持したままだったため――さすがに赤ん坊のころとか、細かい出来事とかは覚えていないけど――、おかげでこちらの世界の常識や言語にはごくスムーズに対応できた)。


 アウス爺さんが俺の背中に手を当てて外部から俺の体内マナを変容させた後、それを参考に自力でマナを変容させる――と言うのが、俺が爺さんから魔術を教わった際のやり方である。


 最初に成功させた時は、興奮すると同時に『魔術使うのって、けっこう簡単なんだな』と思ったくらいだ。……その後、それが全くの勘違いだったと思い知る羽目になったけどさ。


 俺の言葉を聞いたセイナは、目を軽く見開いていた。


「……珍しいですね。訓練を始めてから実際に魔術を扱えるようになるのは、下位でさえ早くて数日はかかるはずです。中には数ヶ月以上かかる人もいるくらいですよ。あなたの話が本当であれば、むしろ相当な魔術的才能の持ち主と言う事になるのですが……」


「ついでにノルのファイアボール、並の下位魔術よりはるかに威力が高かったわ

よ」


 ここでエストのフォローが入る。


「口だけで説明されてもなかなかピンと来ないだろうから、今はこれ以上言わないでおくわ。けど、少なくとも実戦で十二分に通用するほどのものだったって事は保証しておくわ」


「……なるほど……」


 エストの話をじっくり飲み込むように、セイナはつぶやいた。


「……まあ、実際に見てみなければ何とも言えませんし……ここで結論を出すのはやめておきます。何にせよ二人とも、魔物との戦闘になった時は頼りにさせてもらいますね」


「ああ。もっとも、魔物が出ないに越した事はないんだけどな」


「そう? 私的には適度に切り甲斐のある奴が出てきて欲しいんだけど……」


「戦闘狂かお前は……」


 まったく、エストにも困ったものだ。そんな風に言って、厄介な魔物が現れでもしたらどうするんだ。


 ……ま、本当にそんな奴が現れるだなんて事はないだろうけどな!


「……なぜでしょうかね。今しがた唐突に嫌な予感に襲われたのですが……」


 セイナが何かつぶやいているけど、別に気にする必要なんてないよな!



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