第12話 セイナ・パラリア

 俺達三人は六番部屋に入る。


 部屋の中には簡素なベッドが四つ、壁を頭にして並べられている。ベッド同士の間をカーテンで区切る事で、各々のプライバシーを確保する仕組みになっている。 ちなみに、荷物を入れるロッカーは部屋の外である。容量も限られているから、全ての荷物を預けるのは不可能。盗まれる可能性を念頭に置いた上で、大して重要でない荷物は部屋内に置いておく必要がある。


 この微妙な不便さは、この宿がお手頃価格――ぶっちゃけ、どちらかと言えば安宿の部類に入る事を考えれば仕方のない部分である。


「……そう言う訳で、改めて自己紹介をしましょうか。私はセイナ・パラリアと申します。こう見えて冒険者で、水と治癒の魔術を得意としています。まあ先月ギルドに登録したばかりの駆け出しですけれど」


 そう言ってセイナは深々とお辞儀する。この丁寧な所作を見れば、彼女が礼儀正しい人物である事がうかがえる。


 中身は残念だが。


「俺はノル・ブレンネン。今日冒険者登録したばかりの魔術師だ。火属性の魔術を扱う事ができる」


「同じく、今日冒険者となったエスト・タンペットです。戦闘では、前に出て敵をチェーンソーで切り刻む役目です。セイナさん、よろしくお願いします」


 俺達も自己紹介。ところでエスト。内容が一部おかしい。


「はい、こちらこそ。……ところで、その、初めてお見かけした時から思っていたのですけど……」


 セイナがエストのチェーンソーエルガーレーヴェをちらちらと見ている。


 やはり、彼女も気になっているらしい。そりゃそうだ。木を伐採するための道具を、"森を愛する民"である森人エルフが持ち歩いているんだから。タブーってほど強烈ではないものの、彼女から見ても違和感を覚える代物に違いない。


「はい?」


「失礼ながらその、エルフの方がチェーンソーとは、妙な組み合わせに思えるのですが……」


「ええ、そうかも知れませんね。……それがいいんじゃあないですか。その何とも言えない背徳感が」


「なるほど、そうですか」


 え? それで納得すんの?


「分かりますよ。誰にでも大切なものはありますからね。……お二人とも、よろしくお願いします。それとエスト、私の事は呼び捨てでもかまいませんよ」


「いいんですか?」


「ええ。私が敬語を使っているのは単なるクセですから。お気になさらず」


「じゃあまあ、お言葉に甘えて。……よろしくね、セイナ。一応言っとくけど、同室だからってさっきみたいに妙な事はしないでね?」


「もちろんですよ。心配しないで下さい」


 セイナはにっこりとほほえむ。


「ところでエスト。今からまじめな芸術的写真を撮ろうと思いますので、ちょっとばかり服をはだけてみる気はありませんか? あくまで芸術のためですから」


「やだ」


 ほほえんだまま写真機を手にするセイナに、エストは短く断言した。


 言い訳の内容含め、スケベ親父みたいな脳みそしてやがるなこの獣人セリアン


「……そうですね。すみませんでした」


「……ま、まあ分かればいいんだけど……」


「ノル。申し訳ありませんが少しのあいだ席を外していただけませんか? 終わったら呼びますので」


「待って。私は異性の目が気になるから断ってるとかじゃないからね?」


「俺巻き込むのやめろ?」


 こいつ懲りてねえ。


 ……それはそうと、ひとつ気になっていた事がある。


「セイナ、ちょっと聞いていいか?」


「はい」


「その写真機ってどこで手に入れたんだ?」


 写真機はそこそこ高価な魔道具アーティファクトだ。一般庶民には手が届かない……ってほどでもないが、かと言ってホイホイ気軽に買えるものでもない。


 駆け出し冒険者の持ちものとしては、なかなかの贅沢品である。


「これですか? これは両親に買っていただいたんです」


「ひょっとして、実家は結構裕福なのか?」


「はい。自分で言うのも何ですが」


 何となくそう思っていたが、やっぱりか。セイナの立ちふるまいからも育ちのよさを感じていた。どうやら彼女、いいとこのお嬢さんらしい。


 ……それが一体、なんの因果で床を這ってローアングル写真撮るような奴へと成長する事になったんだ。


「私の故郷は"港町オリゾン"です。父は大きな貿易会社で船長をしていまして。おかげさまで家族一同、楽な暮らしをさせてもらっています」


 オリゾンは、ピクシスのはるか東に位置する大きな港町だ。他国との貿易のかなめとして、俺達の住むエレンシア王国を支えている。


 そこの大手貿易会社でセイナの父親は働いている。しかも船長。そりゃあ、結構な高給取りに違いない。納得。


「何でまた冒険者なんかに? 実家が裕福だってんなら、真っ先に寝て暮らす事を考えるもんじゃないのか?」


「いや、それはあんただけよ」


「それに、何でわざわざピクシスに? オリゾンにだって冒険者ギルドの支部はあるだろ? 地元で活動しないのは何でだ?」


 俺がピクシスへやって来ざるを得なくなったのは、レットみたいな小さな村にはギルド支部が存在していなかったためだ。エストも同様だろう。


 セイナのように地元にギルドが存在している場合、基本的にはそこで冒険者活動を行うものだ。旅費や宿泊費などの諸々を考えればごく当然の選択である。


「そうですね――」


 セイナはそっと胸に手を当て、過ぎし日々の記憶をたぐるように穏やかな口調で語り始めた。


「――私はロリの頃から、父から色々な土地の話を聞かされながら育ちました」


「言い方」


「東のイワクラ国の文化。南のヴィチナート国に住む珍しい鳥。はるか北の果てにあると言う氷の大地。興味深い話をたくさんしてくれました。


 母からも、寝る前に本を読み聞かせてもらいました。いにしえに栄えた都市ルドラにまつわる伝説。渡り鳥となった旅人が世界中を巡る物語。識者が語るへそチラの魅力とその美学――」


「原因あんたかお母様」


「その影響でしょうね。私は美少女へと成長するにつれ、様々なものを自分自身の目で見てみたいと思うようになりました」


「なにげに自己評価高いなオイ」


「そのために私は、地元を離れて活動する冒険者になる事を決意しました。両親に頭を下げ、地元の冒険者学校へ入学させてもらいました」


 冒険者学校とは、その名の通り冒険者となる人材を育成するために国や貴族が出資して作られた学校である。だいたい一~二年ほどの期間で、武具や魔術の扱いから、野外活動の技術まで様々な事を学ぶ。


「卒業後、慣れ親しんだ故郷を離れてピクシスへとやって来たのです。この写真機で、様々な土地の美しいものを写したい。そう願いながら――」


「なるほど。……で、願った結果がエストの足と。おかしいだろ」


「失礼ですね。全くおかしくありません」


 セイナは首を振る。


「なぜならば、かわいい女の子は存在そのものが美しいからです。造化ぞうかの妙と言っても決して過言ではないでしょう。創造神アルビオンによって地上に与えられた芸術、それが女の子と言う存在なのです!」


「はあ……」


「つまり私は様々な土地の風景とともに、かわいい女の子の写真も撮りたいので

す! 特に胸とか、お尻とか、うなじとか、そう言ったあれこれを!」


 握りこぶしで熱弁されても困る。


「……えぇ……」


 ほら、エストも引いてるじゃないか。


「分かりましたか!? 分かってくれましたか!? さあエスト、分かったのでしたら服をはだけて下さい! さあ!」


「いや、分かんないわよ……。だいたい私、そっちの趣味はないし……」


「女の子を愛でるのに性別の壁なんて存在しないも同然なのです! エストだって女性のきれいな肌とか形のいい胸とか、思わず見とれたりする事はあるんじゃないですか!?」


「そ、そりゃまあ確かにそう言う事はあるけど……。いや、それとこれとは問題が違う気が……」


「違いません! 女の子はつねに輝くものを持ち歩いているもの、その美しさに心惹かれるのに性別は関係ありません! そして、輝きの瞬間を永遠に切り取る――それこそが写真なのです!」


「"切り取る"? ……なるほどね……」


 …………。


 ……おいお前まさか。


「……分かってくれたのですか? 美の一瞬を切り取る事のすばらしさが」


「ええ。切る事のすばらしさはよく分かるわ」


「……その目。どうやら間違いなく本心から出た言葉みたいですね」


「当然でしょ。切り裂く瞬間の手応え。あの瞬間はたまらなく興奮するわ」


「その通りです。ベストな瞬間を切り取ったあの手応え。鼻血が出るほどに興奮します」


「……なるほどね。写真機とは、切るための魔道具アーティファクト。そういう事なのね」


「そうです。美を切り取るための魔道具アーティファクトです」


 致命的に噛み合っていないようで、微妙に噛み合ってるような気もする会話である。


 なんというか変わり者同士、どこか通じ合う部分があるのだろうか。分かりたくない世界である。


「……どうやら私は写真というものを侮っていたようね。謝罪するわ」


「いいのです。これから少しずつでも理解していけば」


「ええ。そうね」


「理解を深めるためには、実際に試してみるのが一番です。……さあエスト。服をはだけて下さい」


「……さ、さすがにそれはちょっと……いや、でも……」


「ふふ……これも芸術のためですよ」


「芸術……げいじゅつ……」


「そうです……あなたが輝く瞬間、切り取りましょう……?」


「……うん……分かった……。でも、少し恥ずかしい……」


「ふふ……壁のシミを数えている間に終わりますよ……」


「……お願い。優しく……切り取ってね……?」


「大丈夫……さあ、力を抜いて……」


「――待て待て待てお前らぁ――――――っ!!」


 エストの肩にセイナが手をかけた辺りで、たまらず俺は二人の間に割り込んだ。


「あやしい空気作り出してんじゃねえっ!! エスト、目を覚ませっ!!」


「……はっ!!」


 エストが我に返り、ささっとセイナから距離を取った。


「……惜しかったですね。あと少しでしたのに……」


「あ、危なかったわ……。なんて巧みな誘い文句なの……」


「いや、お前が勝手に突っ込んでっただけだよ」


 "切る"って単語だけで一直線に飛びつきやがって。蛾かなにかかコイツは。


「そもそもノルさん。なぜ止めるのですか? 女の子のあられもない姿をじっくり眺める好機だとは考えなかったのですか?」


「見誤るなよ。彼女いない歴が年齢と一緒の俺が、降って湧いたような知り合いの刺激的光景に耐えられる訳ないだろうが」


「いやだから、なんでそんな情けないセリフを堂々と真顔で言い放てるのよ……」


 確実にパニクる上、後々気まずくなると断言できる。て言うか、パニクりそうになったからこそ止めた。


「……ま、そんなセリフも、裏を返せばノルが不埒ふらちな事を考えるような人間じゃないって証拠なのよね。少し見直した――」


「……それはそうと。仮に、あくまでも仮になんだが。……もし俺が今までに撮った胸とか尻とかうなじとかの写真をこっそり見せてくれって頼んだ場合は……」


「前言撤回。十分不埒な事考えてるわ。手を汚さずにすみそうならオイシイ思いしとこうって魂胆こんたんが特に」


「ダメです。乙女の秘密を軽々しく男性に見せる訳にはいきません。……と言うか前の宿屋で見つかった際、それ系の写真は全て処分されちゃいましたので現在手元に一枚も残ってません」


「セイナ。本人の許可なく隠し撮りするだなんて卑劣な事、人として決して許されない。そんな人の道に外れた行為、今後は絶対にやってはいけない」


「私、おこぼれの有無を確認した後で発揮される正義感って、ゴミみたいなものだと思うのよ」


 三人でなんやかんやと言い合う。


「それはそうと」


 しばらくして、セイナが言った。


「偶然にも、こうして冒険者同士が出会ったのです。せっかくですから、明日は私達でパーティーを組んでクエストに出かけませんか?」


「パーティーか……」


 軽く考えてみる。


 彼女は冒険者学校を卒業している。つまり、冒険者として一定以上の力量と知識を持っていると言う事だ。


 それに、キャリア的にも俺達新人と大差ない。受けるクエストの都合も合いやすい。


 性格面に問題はあるが、それにさえ目をつむれば断る理由はない。


「……そうだな。俺はいいぞ」


「私も」


「決まりですね。それじゃあお二人とも、よろしくおねがいします」


 改めてセイナが頭を下げた。



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