第11話 床を這うセリアン(獣人)

「ふふ……生足……ふふふふふ……」


 床に這って写真機を構える女性が怪しげに笑う。ロングスカートのお尻部分で左右に揺れる青毛のふさふさ尻尾を見るに、どうやら彼女は獣人セリアン族らしい。


 まあ彼女が誰であれ、声かけ事案である事に間違いないだろう。


「……何やってんだあんた」


 普段であれば、初対面の相手にぶしつけな態度と思うところだが……さすがに、ここまであからさまにアウトな行動を取る相手に礼儀正しく接するつもりはない。


 俺の声にエストと宿の主人が反応するのと、その獣人セリアン女性が反応するのとはほぼ同時だった。エスト達が視線を向ける前に、彼女は目にも留まらぬ速さで立ち上がりつつ、手を背中側に回して写真機を隠す。


「……あら、こんにちは。どうかなさいましたか?」


「うん、すばやい動きだったな。でも腹のホコリとかはごまかせないからな?」


 あの動作の直後におっとりとほほえみかけるとは。彼女が相当な手練れである事がうかがえる。犯罪的な方向で。


 立ち上がった彼女の姿を改めて観察する。


 女性としてはそこそこの長身。腰まで届くウェーブのかかった青髪をポニーテールにまとめている。年齢は俺達より少し上くらい。ゆるい弧を描いた眉根からは柔和な印象を受ける。


 獣人セリアン族の特徴的な獣耳は顔の両側面、つまり俺達の耳と同じ位置から生えている。つややかで柔らかそうな獣毛に覆われた長い耳が、やや垂れ下がり気味に左右へと伸びている。セリアンの耳はどちらかと言えば頭頂部から生えているケースの方が多いが、かと言って彼女のように側面から生えているケースも珍しい訳でもない。


 外見から受ける印象だけを取り出せば、『優しげなお姉さん』と言った雰囲気である。行動から受ける印象とは真逆な性質の雰囲気だった。


「……それ・・は何ですか?」


 エストがセリアン女性の背中側に回り込みながら、写真機を指す。さすがにごまかし切れなかったようだ。


 警戒気味のエストの様子を前にしても、セリアン女性はあくまで柔らかな笑みを崩さずに答える。


「いえ違うんですよ。たまたま特に意味もなく写真機を手に廊下を歩いている時、偶然にもあなたの背後で音もなく転んでしまいまして。別に何をしていたと言う訳ではなかったのですが、図らずもその瞬間をそこの常人ヒューマの方に気づかれたみたいでして」


 すげえ。こんなにも苦しすぎるウソを、まるで息をするかのように平然と吐き出してやがる。


「……お客さん方。このセリアンの方、私が言っていた同室の方ですよ」


 カウンターの向こうで宿の主人が言った。


「……そうなんですか?」


「ええ。少し前に六番部屋を取られました」


 俺にそう言ってから、主人はセリアン女性へ顔を向ける。


「お客さん――ええと、セイナ・パラリアさんでしたか。ウチの宿で妙な事をされると困るんですけど」


「いえですね。別に私はそう言うアレとかじゃなくってですね。別にその、そちらのエルフさんの生足を前に思わず写真機を取り出したとか、なめらかな脚線美と背中のごついチェーンソーとのギャップがたまらないとか、別にそう言うアレとかじゃなくってですね」


 あ、もうメッキが剥がれてる。主人に言及されて、さすがにボロが出たか。


「……セイナさん。あんまりひどいようでしたら、ウチから出て行ってもらいますからね」


「すみませんでした――っ!!」


 主人が言った瞬間、セリアン女性――セイナ女氏が腰を九〇度直角に曲げて頭を下げた。


「すみませんっ!! 調子に乗りましたっ!! どうかっ!! どうか宿を追い出すのだけはご勘弁をっ!!」


 先ほどまでのおっとりした様子はどこへやら、セイナ女氏はさながら蝶番ちょうつがいのように腰をカックンカックン曲げ、猛烈な勢いで何度も何度も頭を下げ続ける。


「……どうなさいます?」


 主人がエストに水を向ける。


「……まあ、未遂だったんで別にいいですけど……」


「……と言う事です。次からは気をつけて下さいよ……」


 エストと主人が言うと、セイナ女氏は顔を明るくした。


「ありがとうございますっ!! ……いやあ、助かりましたよ。また・・宿を追い出されてしまうのかと……」


「『また』って……いやあんた、まさか前の宿でも同じように生足を隠し撮りしてたんじゃねえだろうな……」


「いいえ。違います」


 セイナ女氏はきっぱり言い切った。


「前の宿では、二階の吹き抜けから一階にいる女性従業員さんの胸の谷間を撮ろうとしました。その子、かわいい顔して意外と胸元が開放的でしてね。気がついたら写真機を手に二階へ移動してました」


「ご主人。こいつ警備隊に突き出しましょう」


「待って待って待ってっ!! 撮る前に見つかりまして、実際は未遂に終わったんですよっ!! どうか、どうか警備隊だけはご勘弁をっ!!」


 未遂とかそう言う問題じゃない。実行に移してる段階でアウトである。


 ……厳密には、隠し撮り"そのもの"は合法だったりするんだけど。スケベな目的だったり、撮影のため土地や建物に不法侵入したり、個人情報を収集したりしなければ。


 つまりこの場合、どっちみちアウトである。


「……まあ、大目に見てあげますけどね……」


 主人が肩をすくめる。寛大な処置を取ったと言うより、むしろ手間を惜しんだ感じである。


「何にせよ、お二人はこのセイナさんと同室です。はい、ロッカーのカギです」


 主人が真鍮しんちゅう製のカギを二つ、カウンターの上に置いた。


「……ちなみに、他に空き部屋は?」


「あいにく、個室しか残っていませんね」


「……そうですか……」


 ……じゃあ仕方ない。個室取る余裕ないし……。


 ……つまり、セイナこいつと同室か……。


「お二人とも、私と同室なんですね。よろしくお願いしますね。……ええ、そりゃあぜひともよろしくお願いしますね」


「……あ、はい……」


 下心でギラついた視線を向けられ、エストが後ずさる。


 ……セイナこいつと同室か……。


 ……もう今から面倒くさい気配が濃厚である。


 なんか、今からでも別の宿探したくなって来た。


 でも実際にそう言わないのは、面倒だから。


 それが俺だ。そう言う意味でも仕方ない。



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