第10話 宿探し
報酬を受け取った俺達は、ギルドを後にする。
「……はあ。ったく、一体何だったんだあのチンピラは……」
「まあ、どうでもいい事はさっさと忘れるに限るわ。それより、初めてのクエスト成功を喜びましょうよ」
「だな」
外の風が涼しい。東の空に目をやると、ごくかすかに墨のような藍色が昇り始めている。白く淡い三日月が、徐々に鋭い輪郭をあらわにする。
夜の気配が少しずつ濃くなっていく。一日の終わりが近づいて来る。
冒険者生活初日は、どうやら上々の結果で終えられそうだ。
とは言え、これはあくまで資産相続権を勝ち取るための戦いの第一歩にすぎな
い。これから先、どんだけの苦労を乗り越えなきゃならないんだか。
全てはアウス爺さんのさじ加減次第、と言うのが最大の不安要素である。現状では上級冒険者を目標としているが、それで合格となるかの保証など全くないのが何とも……。
言っとくが、俺は基本ものぐさなんだぞ? 高い目標を提示されたら、速攻でやる気が一下がる種類の人間なんだぞ? まず簡単な目標から始めて、徐々にハードルを上げるってやり方が筋だろ。
そもそも俺、天にもジジイにも
「で、どうだった?」
エストの声に、脳内でジジイへの恨み節をたれている辺りで我に返る。
「どう、って何が?」
「私とパーティー組んでみた感想。あなたから見て、私は戦力としてどう評価するのかしら?」
「ああ。……まあ……そうだな……」
俺はあごに手を当て、本日見た彼女の戦いぶりを思い返す。
それを踏まえ、俺が彼女に抱いた感想は――
「まあ決して悪いとは言えない感じだったと思えなくもない」
「……その微妙な反応は何よ……」
実際、今日の戦闘を見る限り、彼女の運動神経はかなりいい事がうかがえた。力強くてすばやい。突然のジャイアントボア乱入にも、何だかんだ言いながらもしっかり対応していた。戦力として、かなり頼もしいと言えるだろう。
性格を除けば。
「……いやだってさ。戦闘中の、あの嬉々として『ぶった切る』うんぬん叫んでる姿がアレだしさ……」
「仕方ないじゃない。あれは胸の奥からあふれ出る情熱よ。情熱、分かる? 止めようがないものなのよ」
さいですか。
「……ちなみに、エストから見た俺は戦力的にどうなんだよ?」
「そりゃ十分よ。あのファイアボール、中位魔術並みの威力があったし。魔術はあれ一種類しか使えないって難点を補って余りあるほどだったわよ。戦力的には文句なしよ、だらしない性格を除けば」
「黙らっしゃい」
俺、他人の性格にケチをつけるのって悪い事だと思うんだ。
「……まあ、性格には目をつむるとして。私は今後もノルとパーティーを組み続けてもいいかなって思ってるんだけど。前衛の私としては、ぜひとも後衛は欲しいし。――どうかしら?」
そう言って、エストは片手を俺に差し出す。
「今後も私と組むつもりない? 私と一緒にテッペン目指しましょうよ」
俺は考える。
『雄叫びを上げながらチェーンソーを振り回す』エストの性格は、確かにドン引きものではある。だが、裏を返せば好戦的と言う意味でもある。きっと今後も、自ら積極的に魔物と戦ってくれる事だろう。
つまり、俺は後方でサボれる。
「よし組もう。今後ともよろしく」
「……何かしらね。何となくノルが『戦闘は私に任せて俺はサボろう』って考えてる気配を感じられるんだけど……」
差し出されたエストの手を俺は力強く握り返す。なぜか彼女に俺の本心を読まれているが、固い握手で結ばれた仲間の絆を前に、そんな事はささいな問題である。
「……はあ。ま、見逃しといてやるわ。それでノル。この後はどうするのよ」
「ああ。まずは宿探しだよ。
「そうなんだ。よければ、私が部屋取ってるところを紹介しようか?」
「本当か? 言っとくが俺、ふところに余裕ないからな。あんまり値段高いところはムリだぞ」
一泊や二泊だけならまだしも、長期に渡って宿屋の世話になるのだ。なるべく安いところを選びたい。
「それなら大丈夫、私だってそんなお金持ってる訳じゃないし。冒険者向けの手頃なお値段の宿屋さんよ。私が取ってるのは個室じゃなくって、最大四人の相部屋だけどね」
要するに一つの部屋に複数ベッドが用意されており、荷物をカギつきロッカーに預けた上で、見知らぬ人々と同じ部屋で寝泊まりする形式って事だ。感覚的には
"部屋を取る"と言うより、"ベッドとロッカーを取る"と言った方が近い。
まあそれは仕方ない。個室の方が値段高いし。
それに、大部屋で十人以上が雑魚寝する格安宿に比べればはるかにマシだ。そういうところはカギつきロッカーすら用意されていない場合さえある。値段や快適性、防犯性など総合的に考えれば、十分にバランスの取れた選択だと言える。
……いや、大した荷物持ってないけどさ。現状で万一荷物を盗まれたら結構な痛手なんだよ。
「それでいいぞ。案内頼むよ」
「任せなさい。こっちよ」
エストに連れられ、大通りに面した位置にある宿屋へと到着。入り口をくぐる。
「ただいまご主人。六十一番ロッカーのカギをお願い」
エストが受付カウンターのおじさん――宿屋の主人に声をかける。主人は読んでいた本にしおりをはさみ、閉じる。
「ああ、はいはい。少々お待ちを」
「それと、お客さんを一人連れて来たわ」
エストにうながされ、俺は主人の前に出る。
「すみません。相部屋を一つお願いします」
「はいはい。……部屋は六番が空いてるね」
「六番? 私が取ってる部屋じゃないの」
エストがほんの軽く目を見開く。
……って事は。
「……え? それつまり、エストと相部屋になるって事か?」
「そうなるわね。何よ、嫌なの?」
「嫌、とかじゃなくってだな……いや、だってお前、平気なのか? 男女が一緒の部屋に寝泊まりするって事なんだぞ?」
「そりゃあできれば別々の方がいいけど、仕方ないでしょ。冒険者としてやってく以上、それくらいは我慢しないと」
エストは事もなげに言うが、俺はジジイから突然村を追い出され、昨日今日で冒険者を目指す事になった人間だ。俺の意識のいくぶんかは、未だに自宅のベッドへ置き去りにされたままだ。簡単に割り切れる訳がない。
うろたえる俺の様子に、エストはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「なあに? もしかしてノル、妙な期待とかしちゃってるの? 言っとくけど、変な事したらダメよ?」
からかうような口調ではある。しかし、それでも心外だ。俺がそんな不埒な行為に手を染めるような人間だとわずかでも思っているのだろうか。
見くびってもらっては困る。ここは、はっきりと言ってやらなければならない。
「舐めるな。俺にそんな度胸なんてある訳ないだろうが」
「……どうしよう。今日出会ったばかりの人から真顔でとてつもなく情けない宣言聞かされてるんだけど……」
魔術の訓練以外はのんべんだらりと過ごして来た男に、そんな都合よく異性への積極性が備わっていると思うなよ。
「……いやまあ、何もしないならいいんだけど。それにノルと二人なら、今後の相談なんかもやりやすいし」
「三人だよ」
宿の主人が言った。
「実はちょっと前に、六番部屋で利用登録をしたお客さんがいてね。女の冒険者だったよ」
「じゃあ、六番部屋は俺達とその人との三人って事ですか?」
「そうだよ」
主人がうなずく。
……女性二人部屋に男は俺一人か。精神的にすっげえ肩身狭そうな予感がする。
いや、俺だって異性への興味は人並みにあるんだけどさ。『嬉し恥ずかし展開がワンチャンあるかも!』的な期待感も正直ちょっとはあるんだけどさ。
俺、前世でも女子にモテた経験ないし、レット村でも同年代の女子と積極的な交流持って来なかったんだぞ。
そんな俺に『女性二人と一緒の部屋で寝泊まり』って、ハードルが高すぎる。喜べる余裕なんて全くない。いや、なんもないとは思うけど。
とは言えこの宿屋、エストが言った通り値段も手頃だ。日も落ちつつある。『異性と同室だから』を理由に、今から別の宿を探すのも何だし……う~ん……。
などと悶々しながら天井、それから床へと視線を泳がせた時。
エストの後方すぐそばに、一人の長い青髪の女性を見た。
――なぜか床に腹ばいの状態で。
――そして、両手でしっかりと写真機を構えつつ、ローアングルからエストの生足を標的に定めていた。
その姿は率直に言い表して、不審者そのものだった。
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