第9話 クエスト報告

 赤く染まった夕日が山の稜線にかかり始めるころ、俺達二人はギルドロビーへと戻って来た。


「確認しておきましょうか。この後はクエストの終了報告。カウンターへ行って、受注確認書とギルドカードとエンブレムを提出。回収した魔石なんかの成果物も一緒に提出して売却。間違いないわよね?」


「ああ。俺もそう聞いてる」


 教習で教わった内容を口頭で再確認する。俺は"分からなければその都度つど人に尋ねればいい"タイプなんだけど、エストは違うらしい。


「――おいおい。あの二人組の男女、ひょっとして新人かぁ?」


 離れた場所からこちらに向かって飛んでくる、男の声が聞こえた。たぶん、俺達の会話に反応したらしい。エストとともに、声の方へ目を向ける。


 そこには、二人組の男達がいた。片方はやせ型のモヒカン男、もう片方は筋肉質で巨体な角刈り男。両者ともニタニタと笑みを浮かべ、品定めするような視線を無遠慮に俺達へ向けていた。


 見るからにチンピラ臭のする二人だった。


 同時に、周囲から他の冒険者達のヒソヒソ声も聞こえてきた。


「……おい見ろ。モーブとコザーの奴、また新人に絡んでるぞ……」


「あいつら、冒険者としてはまるで鳴かず飛ばずだからな。今やギルドへ足を運ぶ目的が、"新人相手のマウント取りで心を慰めるため"って奴らだからな……」


「その新人さんが自分達より成果を出し始めた途端、手のひら返して媚びを売り始めるのよね。人としての器が小さすぎるわ」


「だが新人達は、あいつらから『どうでもいい奴から絡まれても無視する』って事を覚える。ある意味では貴重な存在だとも言える」


「ついでにここには一定数、新人に絡むあの二人の様子を眺めるのが趣味っていうしょうもない奴らもいる。まあ俺なんだけどな」


「分かるわ。自分より確実に器が小さいって思える人を見ていると、なんだか心が落ち着くのよね」


 ……説明ありがとうございます。


 つまり、面倒な御仁である、と。野次馬含め。


 俺達に目をつけたらしいチンピラ二人――モーブとコザーの両氏がゆっくりと近づいて来る。


(……ノル。どうすんの? 超メンドくさい気配が濃厚なんだけど……)


(……心を無にして、適当な事務的態度で乗り切ろうぜ。メンドくさいし)


(……そうね。メンドくさいし)


 小声で方針を決定した辺りで、チンピラ二人が話しかけてきた。


「なあ兄ちゃん達よぉ。お前ら、今日が初めてのクエストってかぁ?」


「そうだけど」


「「ひゃ――――っはっはっはっは――――っ!!」」


 素っ気なく適当に答えたら、チンピラ二人は声を上げて笑い始めた。


「……出たぞ。あいつらお得意の先手高笑いだ」


「ああ。大抵の新人達はまず戸惑うのがお約束の反応だな」


「だけどあの二人、冷静に対応しているみたいね。モーブとコザーの矮小わいしょうさがより際立つ、なかなかに私好みの展開だわ」


 野次馬達はこの様子を解説するつもりらしい。そっちも無視しよう。


「……ひっひひひひっ!! ……で、姉ちゃん。あんたの得物は何だぁ? まさかそのチェーンソーって訳かぁ?」


「はい」


「で、兄ちゃん。あんた魔術師みてぇだが、どんな魔術使えるんだよぉ?」


「ファイアボールの一種類だけ」


((……よし。こいつらなら確実に勝てる))


 ……なんか小声でぼそっと本音らしきものが出たぞ。


「ひゃ――――――っはっははははははっ!! んだよこいつら、単なるザコじゃねーかっ!!」


「おいおいおいエルフの姉ちゃんっ!! チェーンソーってのは、戦闘に使うもんじゃねえんだぜぇっ!? 親から教わってねぇのかなぁっ!?」


「兄ちゃんもカワイソーだなぁっ!! たかがファイアボールしか使えない程度の実力じゃ、冒険者としてお先真っ暗だよなぁっ!!」


「「どうも」」


 チンピラ二人が言うのを適当に聞き流す。


 そう言えばものすごくどうでもいい上に今さらだけど、どっちがモーブでどっちがコザーなんだろう。


 取りあえず適当にモヒカン男の方をモーブ、角刈り男をコザーと決めつけておこう。どうせ半々の確率だし、外れても損はないし。


 でもって、カウンターへ到着。


「すみません。クエスト完了しましたので手続きお願いします」


「はい。それでは、受注確認書とギルドカード、エンブレムを提出して下さい。魔石などがあれば、それらも一緒にお願いします」


 俺達は言われた通りのものをカウンターの上へ置く。


「それで、兄ちゃん達よう。何のクエスト受けたんだぁ?」


「ブルースライムの討伐」


「「ブルースライムッ!! いやあ、さすが素人っ!! ひゃ――――っはっはっは――――っ!!」」


 また笑い始めた。けど無視。


「モーブさんとコザーさん。静かにしないとまた・・追い出しますよ。あまりひどいようでしたら、ギルドへの出入りを禁止しますからね」


 受付嬢さんも手慣れた対応である。チンピラ二人を牽制しつつ、まずはエストのギルドエンブレムをカウンターに置いてある台座状の魔導具アーティファクトへと乗せる。


 水晶部分から空中へ光る文字が浮かび上がり、エンブレムの所有者が討伐した魔物とその数が表示される。


「エストさんは……ブルースライムを九匹討伐ですね」


「「…………」」


「……見ろよ。特にケチつけるところがないと知るや、途端に黙り込んでいるぞ」


「え? なんであのエルフ、チェーンソーで普通に戦果出してんだ? てか、エルフがチェーンソーって絵面どうなんだ?」


「さすがはモーブとコザー。とことん小物だぜ。まあ俺も人の事言えないんだけどな」


「私、今とても癒やされているわ。私はあそこまで情けなくはないって心から感じられるから」


 野次馬も無視。


「それで、ノルさんの方は――」


「どれどれ、ファイアボールしか使えない兄ちゃんは果たしてちゃんとお使いができてるか――」


「……あの、ノルさん? あなた方はブルースライムの討伐に出たはずですよ

ね?」


「はい」


「……何でジャイアントボアを討伐しているんですか?」


 受付嬢さんの言葉で、チンピラ二人の声が途切れた。


「いえその。クエスト中に森からジャイアントボアが現れまして。襲われたので、そのまま討伐しました」


「…………ああ、そう言う事ですか。つまり、他の冒険者パーティーと協力してジャイアントボアと戦い、結果的にノルさんがトドメを刺した形になった、と」


「いえ。戦ったのは俺達二人だけです」


「…………ああ、そう言う事ですか。つまり、森から瀕死のジャイアントボアが現れて、最後の力を振り絞って襲いかかって来たのを倒した、と」


「いえ。ピンピンしてました」


「…………本当ですか?」


「はい」


 受付嬢さんは目をしばたたかせて固まる。ついでにチンピラ二人も固まってい

る。


 ジジイに認められるためには、まずはギルドからの評価を得るのが大事だ。だから、冷静に考えればここは俺の手柄をここぞとばかりにアピールする絶好の機会なのだが。


 正直、『静かになってよかった』としか思わない。


 俺を侮ってもらっては困る。俺は将来の展望より、目先の厄介事の解消を喜ぶ男なのだ。


「……にわかには信じられません……。ギルドカードの日付によると、今日登録したばかりの新人さんですよね。それでいきなりジャイアントボアを倒して来るなんて……。いえ、ですが……エンブレムに問題はありませんし……」


 受付嬢さんが俺、エンブレムの表示、ギルドカードへとせわしなく視線を移し替えながら、ブツブツとつぶやく。


「あ……いえ、失礼しました。では、少々お待ち下さい」


 我に返ったように、受付嬢さんは奥へと引っ込んでいった。


「「…………」」


 何となく横へ目をやると、無言で固まるチンピラ二人と視線が合った。


「……そ……そうかぁっ!! そう言う事だなぁっ!! そっちの姉さんが一人でジャイアントボアと戦って、そっちの兄ちゃんがトドメだけかっさらったって訳だぁっ!! そうに違いないんだぁっ!!」


「そ……そうだぜっ!! こんなファイアボールしか使えない新人が、俺ら以上の成果を出せる訳がないだろぉがぁっ!!」


(……なんか私、"姉さん"になってるんだけど……)


(……適当に流しとけ……)


 とにかくメンドくさい。がんばって無視。


「……おい。あの新人魔術師、なんかジャイアントボア倒したらしいぞ……」


「マジかよ……? あいつは普通、新人が挑むような相手じゃないだろ……」


「もしかしてあの魔術師、地元じゃ結構な手練れだったのか?」


「いやでも、あいつファイアボールしか使えないらしいぞ。モーブ達が言ってる通り、エルフの姉ちゃんが強かったんじゃないか? たまたまトドメが魔術師の方だったってだけで……」


「それでも十分すげえんじゃねえか? つまりあの新人、ファイアボールだけでジャイアントボアと渡り合ったって事なんだし……」


「どっちみち、モーブとコザーはアテが外れたな。あれじゃあマウント取るのはムリだな。見ろよ、必死になって他人の成果を否定するみじめな姿を。あの狼狽ろうばいぶりを楽しんでる奴もここにはいるんだろうな。まあ俺なんだけど」


「う~ん……。確かにモーブ達のみじめさを堪能できるのはいいんだけど……あの新人二人が有能って事実には心がざわつくと言うか、妬ましいと言うか。ほら、私も人の事をどうこう言えない程度には器が小さいから」


 野次馬達の話も努めて無視。


 周囲からのヒソヒソ声に、チンピラ二人はキョロキョロと首を動かし、所在なさげにソワソワと体をゆすり、


「……今日はこれくらいで勘弁しといてやらぁっ!!」


「これで勝ったと思うなよっ!!」


 いたたまれなさに耐えきれなくなったのか、捨てゼリフを残して逃げるようにその場から退散していった。


 ……ようやく開放された。耳元で飛ぶ羽虫がどっか行った時のような、徒労混じりの開放感である。


「……ねえ。都会って、あんな人達がいるのは珍しくないのかしら……」


「……俺も田舎者だから分からん。珍しくないんだろうな……」


 雄叫びを上げながら大喜びでチェーンソー振り回すエルフも十分に珍しいが。


 そうこうしている間に、受付嬢さんが戻って来た。


「お待たせいたしました。こちらが今回の報酬です」


 貨幣入りの袋を皮製トレイに乗せ、こちらに渡して来た。同時に渡された確認書類にサインを入れて提出。


 魔物の死体回収もお願いする。クエスト場所周辺の地図を用意してもらって、指で差し示す。ギルド側もこちらが受けたクエストの情報は記録しているし、今回は町から比較的近い平原だ。これでもおおむね分かるはずだ。


 手渡された用紙にささっとサインして提出。後日、売却価格から手数料を差し引かれた分を、俺達は受け取る事となる。


 諸々の手続きも終了。これにて、正式にクエスト完了である。



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