第5話 チェーンソーを持つエルフ

 無事に一般人から冒険者へのジョブチェンジを果たした事だし、今日これからの予定を考えようか。


 取りあえず、宿を探すか? 今日のところは当面の活動拠点となる宿をじっくり探しつつ、ついでに今後お世話になりそうな店の位置を調べるのに時間を費やすか?


 それもいいけど、先の事を考えると現在の俺のふところ具合には不安が残る。


 今日からでもクエストを受け始めて、少しでもお金を稼いでおいた方がいいだろう。


 かと言って、初日からいきなり無理をする訳にもいかない。爺さんからひと通りの荷物を持たされているとは言え、野宿をするには不安が残る。日帰りで終えられる内容が前提だ。


 結論。じゃあ簡単なクエスト受けるか。


 と言う訳でさっそく行動開始――


「ねえ。そこの黒髪で赤マントのあなた。ちょっといいかしら?」


 ――しようと思ったところで、背後から声をかけられた。まったく聞き覚えがない女性の声だ。


 振り向いてみると、緑色の上着とホットパンツ姿の森人エルフ族の少女が立っていた。


 年齢は俺と同じ(※前世分除く)くらい。まっすぐに伸びる金髪を照明の光がなめらかに滑り、背中へと流れ落ちている。晴天のように澄んだ青い瞳。健康的な血色を浮かせた白いほお。ピンと張った長い耳。


 十人中十人が美少女と認めるであろう容貌だった。それでいて、整った目鼻立ちを軽くほころばせる様子からは屈託と言うものをまるで感じさせない。普段であれば、思わず見とれてしまっていた事だろう。


 ……彼女の背中で強烈な自己主張をする、でかくてごっついチェーンソーさえなければ。


 ……それ、武器か? 武器だろうなたぶん。


 いや、冒険者(推定)が武器を持っているのは別段おかしくはないんだけど。けど剣とか弓に比べてビジュアル的な物々しさが段違いだよ。


 ついでに、森人エルフがチェーンソー持ち歩いてるのもどうなんだ。"自然を愛し、森とともに生き、木々を盟友と慕う"種族が背負うには違和感バリバリの代物なんだけど。


 その証拠に、周囲の冒険者達がそのチェーンソーを何とも言えない表情でチラッチラ見てるんだけど。


「……ええと、俺に何か?」


 気を取り直して尋ねる。


「あなた、ついさっき冒険者になったばかりの新人でしょ? ギルドカードとエンブレム受け取ってるところ見たわよ」


「ああ、そうだけど」


「実は私も今日冒険者になったばかりの新人なのよ。あなたより一足早く登録し終えているわ。ほら、これが私のギルドカード」


 金髪エルフ少女は自分のギルドカードを俺に見せる。


 ええと、名前は……。


「……エスト・タンペットさん?」


「エストでいいわよ。よろしく」


「俺はノル・ブレンネン。ああ、これ俺のカードね」


 お互いにギルドカードを交換し、確認する。


 エスト・タンペット。見た目の印象通り、年齢は俺と同じ十七歳。こっちの世界では立派に成人年齢だ。


 エルフには上位エルダー種という寿命ウン百年以上の存在もいるが、通常のエルフは俺みたいな常人ヒューマ族と同じくらいの寿命である。


「で、エスト。俺に何の用事だ? だいたい察しはつくけど」


 互いにギルドカードを返しながら聞く。


「だいたい察してる通りだと思うけど、私とパーティー組んでみない?」


 だいたい察してた通りの申し出だ。つまりはギルドの出すクエストを一緒にがんばる仲間を募集中……と言う訳だ。報酬は分配が基本なのでひとり当たりの取り分が減るデメリットこそあるが、それを大きく上回るほどに戦力増強などのメリットが大きい。


 "簡単な内容から始めて、少しずつクエストに慣れていく"と言う目的が一致している初心者同士でパーティーを組むのも理にかなっている。俺としてもひとりで冒険者をやって行けるとは思っていないし、ありがたい申し出だ。


 ただ、二つほど。


「それはいいけど……聞いていいか?」


「何?」


「……そのチェーンソーは何だ……?」


 まず一つ。エストの背中で強烈な存在感を放つチェーンソーに突っ込まざるを得ない。


 確かに、こっちの世界でもチェーンソー自体は存在している。そこそこ高価で珍しい魔導具アーティファクトであり、一般に広く流通している道具ではないが、かと言って目撃して驚くようなものでもない。


 冒険者が武器として持ち歩いてさえいなければ。


「ああ、この子・・・? 見ての通り、私の相棒よ」


 "この子"で"相棒"と来た。


 エストは背中に手を回し、チェーンソーを手に取って自慢げに胸の前に突き出してみせる。


「戦闘用チェーンソーで、"エルガーレーヴェ"って言うの。見てよ、この無駄のない中にも力強さを感じるフォルム。背負って持ち運べるよう考えられた形状。刀身の長さも幅も、そんじょそこらのチェーンソーとは段違いに長くて太いわ。機能美って奴よ。切れ味も鋭くって、魔物はもちろんの事、木だってバッサバサ切り倒せるわ」


 誇らしげに解説してるところ悪いけど、そもそも"戦闘用チェーンソー"って言葉がおかしいから。


 そして、エルフが喜々として"木をバッサバサ切り倒せる"と口にするのもおかしいから。


 ……ま、まあ戦えるなら使う武器なんて好ききだろうし。エルフ達も"絶対に木を切ってはダメ"ってな考え方をしてる訳じゃないし。だから、彼女がチェーンソーを使うのはまあ大きな問題ではないのだろう。たぶん。きっと。


 それより、もう一つの方だ。こっちは俺の問題であり、チェーンソー問題よりもはるかに重大な事である。


「そういうあなたは魔術師よね? リュックから覗いてる杖を見る限り」


「ああ」


「へえ。どんな魔術を使えるの?」


 聞き方こそ軽い調子だが、魔術師が覚えている魔術の種類や数はパーティーの基本的な戦略に関わる重要な情報だ。


 攻撃に向いているのか、回復などの支援に向いているのか。どんな場面でどのような活躍が見込めるのか。どれだけ戦術に幅を持たせられるのか……などなど。


『声をかけてはみたが、条件が合わなかったので不採用』……なんて事も普通にあり得る。命を預ける仲間を探しているのだから、吟味した上でそういう判断をするのも仕方ない話だ。


 ……つまり、まあその、何だ。


 ……"下位火炎魔術ファイアボールしか使えない魔術師"である俺は、普通に考えて単なる不良物件なのである。


 普通の冒険者だったら、高確率で『今回はご縁がなかったと言う事で……』と、やんわり戦力外通告を行うだろう。


 ……いや、行商人さんの話によると俺のファイアボールは『一般魔術師の中位魔術以上の威力』らしいんだけど。"それを初対面の相手に口で言って、信じてもらえるのか?"……と問われれば、首を振るしかない。


 実際に見せれば分かってもらえるだろうが、まさかこんな場所でやる訳にもいかないし……。


 どうしよう。仲間集めにさっそく分厚い暗雲が立ち込めているんだけど。


 どうしよう。上手く切り抜けるための考えも短時間では浮かばない。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう――


「……ノル?」


 言いあぐねる俺の様子に、エストが首をかしげている。黙りっぱなしでいるのももう無理だ。


 ……仕方がない。正直に言うしかない。


「……まず、ファイアボール」


「うん、それと?」


「……以上です」


「え?」


「……以上です」


「…………」


 沈黙が流れる。


 エストが俺をじっと眺めている。すっげえいたたまれない。


「…………い、いやだけどさ、何かその、俺のファイアボールって――」


「なるほどね。いいのよ、何も言わなくて」


 無言に耐えられず慌てて言い繕おうとする俺を、エストはやんわりと制す。


「こだわりって奴ね。『一つの魔術を徹底的に極めてやる』と、つまりはそういう事なのね」


 ……え?


 いや何言い出してんのこの子?


「『俺はファイアボール一本で行く。たとえ行く手にどのような苦難が待ち受けていようとも、たとえ他者から"一種類しか魔術を使えないダメ魔術師"と後ろ指さされようとも、俺はこの道を決して曲げはしない』……って覚悟なのね」


 違います。


「ノルのその覚悟、敬意を払うわ。私もチェーンソーこのこと一緒に冒険者として成功してやるって思ってるから、あなたの気持ちは分かるわよ」


 分かってないです。


「ここで私達が出会ったのも、何かの運命かも知れないわね。どうかしら? 私と一緒にテッペン目指してみない?」


 そう言ってエストは、力強く俺に手を差し出してくる。


 迷いのない挙動に、なんか圧を感じる。


 ……。


 …………。


 ………………。


「……あ、はい。よろしく……」


「ええ。よろしくね、ノル」


 ガッチリ握手を交わし、エストは満面の笑みを浮かべた。


 今の俺は、陽キャに押される陰キャそのものだった。



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