第4話 冒険者の町『ピクシス』

「……ああああああ……」


 再び動き出した馬車の荷台で、俺は再び頭をかかえていた。


 俺が常識だと思ってたファイアボールの威力は、世間一般の非常識だった。


 いやふざけんなクソジジイ。


 冷静に考えれば、確かに一般的な魔術の威力をろくに知ろうともしなかった、疑問にすら思わなかった俺にも非はあるかも知れないけどさ。


 だけどジジイ。最大の責任はてめえにあるだろ。保護者として、また魔術の指南者として、俺に『普通の魔術師ならファイアボールはだいたいこれぐらいの威力』とか教えてなかっただろ。


 そういうの黙ってた上で、平然と俺にスパルタ訓練課しやがっただろ。


 なんか、ふつふつと怒りが湧いてくる。


『実は俺、予想外にすごい奴だったんだZE! イェアッ!』


 だとか、


『ええ、祖父の教えはとても厳しいものでした。彼を恨んだ事は一度や二度じゃありませんよ。


 だけど今から考えれば、あれは真剣に俺を想ってくれていたからこその厳しさだったんですね。祖父のおかげで、俺はこんなにすごいファイアボールを撃てるようになったんですよ。今はただ、感謝の気持ちしかありませんね』


 ……的な感想が一ミリも出てこねえよ。騙された感で胸がいっぱいだよ。


 ふざけんなうんこ老人。


 俺がレット村に戻ったら、絶対にこの恨みを晴らしてやる。大事にしてる本の全ページで蚊を挟んで潰してやる。


 ……などと俺が考えている間にも、馬車は順調に進んでいく。


 この日はピクシスまでの途中にある宿場村へと立ち寄って一泊。『今日のお礼』と言う事で、行商人さんが食事をおごってくれたのはありがたかった。


 が、宿は自腹である。『まだピクシスへの移動中である初日の宿代くらい、気を回して別途用意しといてもいいだろクソジジイ』……と思いながら就寝。


 翌日も行商人さんの馬車に乗せてもらい、街道を行く。宿場村を出てしばらくは土を踏み固めただけの道路であり、そこそこ凸凹も多い。しかし、町が近づくにつれ街道も石畳を敷き詰めた舗装道になってくる。荷台の揺れも格段に少なくなって実に快適な道のりである。


 でもって昼ごろ。


「ノルさーん、もうすぐ着きますので下りる準備しといて下さーい」

 

 昼食中の俺に、前部御者台から行商人さんが声をかけてきた。かじっていたパンを置き、荷台後方から身を乗り出して馬車の前方を確認する。


 風薫る草原の向こうに、視界の右から左まで伸びる灰色の壁が見えた。


 冒険者の町『ピクシス』の外壁だ。


 ……ああ俺、本当に冒険者としてがんばる羽目になっちまったんだな。


 改めて、レット村を追い出された実感が湧いてくる。


 チクショウめ。こうなりゃ、やってやるしかない。


 幸いにも、"俺のファイアボールは実はすごい"という事実が明らかになったの

だ。


 "俺はやれる"という一筋の希望が生まれたのだ。


 冒険者として大活躍し、ジジイに資産相続を認めさせてやる。


 俺の魔術で、食っちゃ寝の未来を取り戻してやる。


 だけどキツいのとメンドくさいのは嫌なので、楽できるところはなるたけ楽をしてやる。


 徐々に近づく外壁をじっと眺めながら、俺は奪われた未来を取り戻す戦いへ身を投じる覚悟を決めた。





 町の出入り口である壁門をくぐった後、行商人さんへ丁寧に礼を述べてお別れする。


 ピクシスの大通りに立った俺は首を巡らせ、町並みをぐるりと眺める。


 地面はしっかりと石材を敷き詰めた舗装道路。通りはちゃんと馬車道と歩道とに分けられており、歩道側がレンガ一段分、高く作られている。


 馬車道と歩道の境目に沿って、等間隔に植え込みと"魔力マナ灯"が設置されている。マナを利用して明かりを灯す道具であり、町の地下を通る"送魔線"からマナが供給されている。要するに"街灯と電線"のマナ版だ。


 通りを挟み込むように家々が立ち並んでいる。大半は二階建て、三階建て以上の多層建築だ。


 造りとしては石材と木材とを組み合わせ、壁に白い漆喰を塗り固めた建物が一番目につく。しかし総石造り、レンガ造りの建物も珍しくないし、屋根の色も赤や青、黒など様々である。総じて統一感がありながらも、多様性も感じせる風景だと言える。


 そして、通りには大勢の人々が行き交っている。素朴な服装で歩く一般住民とおぼしき人から、身なりのいい裕福そうな人まで。いかにも都会と言った活気だ。


 そんな中、結構な割合で『武器を持ち歩き、鎧などの防具を身に着けた』人々を見かけるのは、さすが"冒険者の町"と言ったところである。


 耳の長い森人エルフ族や背丈の低い鉱人ドワーフ族、獣耳としっぽを生やした獣人セリアン族などの姿も通行人達の中にちらほらと混ざっている。この世界では、彼ら種族と俺やアウス爺さんなどの常人ヒューマ族の四種族をまとめて『人間』と呼んでいる。


 さて、あんまりのんびりする訳にも行かない。まずは冒険者登録をしなければ。 俺は近くの壁に張り出された地図を確認し、冒険者ギルドへと向かった。





 と言う訳で、"冒険者ギルド本部"前へと到着。


 白い石材で造られた、四階建ての立派な建物だ。入り口上部の石材には、立体的な造形でギルド紋章が彫られている。エレンシア王国における冒険者ギルドの総本山だけあって、威風堂々たる佇まいである。


 茶色い木製扉を開いて中へ。


 外観からの予想通り、ロビー内部はかなり広い。結構な人数の冒険者達が集まっているが、それでも書類を持ち運ぶ職員が余裕で歩けるだけの空間が確保出来ている。


 天井や壁に設置されたマナ灯の光がロビーの隅々まで行き届き、床の白いタイルを照らしている。ところどころに置かれている観葉植物と相まって、雰囲気は明るい。事前のイメージでは物々しくて雑多な空間を想像していたのだが、全然そんな事はない。むしろきちんと整理された清潔空間である。


 内心ちょっと感心しつつ、赤い絨毯じゅうたんの上を歩いて正面の受付カウンターへと向かう。ギルド制服をピシッと着た受付嬢さんが俺達の接近に気づき、笑みを向ける。首だけの礼をしつつこちらから話を切り出す。


「すみません。冒険者登録をお願いしたいのですが」


「ギルド加入希望の方ですか? でしたらまず、こちらの書類への記入と登録料の支払いをお願い致します」


 俺は登録料金の入った麻袋をカウンターの上に置き、書類を受け取る。他の冒険者達の邪魔にならないよう、近くの柱に設けられた簡易テーブルへと移動し、各種要項を記入する。ささっと書き終えて先ほどの受付嬢さんへ渡す。


 次に体内保有マナの採取を行う。体内のマナは個人によって微妙に特徴が違っているらしく、これを利用すれば個人識別などに使えるそうだ。指紋とかDNAみたいなものなんだろう。


 直径一センチほどの青い石を指でつまみ、自分のマナを流して提出。ちなみにマナの扱いがあまり上手くない人は、針で指先をチクリと刺して採血をするらしい。血にも少量マナが混ざっているためなのだが、何とも痛そうなマナ採取手段である。マナ扱えてよかった。


 そしてお次は証明写真の撮影。別室へ移動して"写真機"で顔写真を撮る。


 ちなみにこの写真機、形状そのものは"向こうの世界のカメラ"に似ているが、レンズに当たる部分に『マナの力で画像を記録する水晶状の道具』を使っている点が違う。


 さっきのマナ灯も含め、こういう"マナを利用した道具"の事をこちらの世界では『魔導具アーティファクト』と呼んでいる。


 終わったら、さらに別の部屋へと移動して冒険者としての簡単な教習を受ける。依頼クエストの受け方や結果報告の手順だけでなく、各種注意事項もひととおり教わる。


 例を挙げれば――


 野外採取などをする時は乱獲をするな。生態系を不用意に乱すな。


 迷宮ダンジョンに立ち入る時は必ずギルドに探索申請を行え。


 仲間内での報酬分配方法は事前にしっかり決めておけ。揉めてもギルドは一切責任を持たないぞ……などなど。


 教習を終えた後、受付カウンターへと戻る。


「ああ、ノル・ブレンネンさん。ちょうど今"ギルドカード"と"エンブレム"が出来ましたよ。こちらをどうぞ」


 カウンター上の皮製トレイに、俺のギルドカードとギルドエンブレムが置かれていた。


 そっと手に取って確かめる。


 ギルドカードは、要するに身分証である。冒険者ギルドに所属している事を証明するためのものであり、薄くて頑丈な木板に個人情報が記された紙を丁寧に張り付けた作りとなっている。


 一方のギルドエンブレムとは、手のひらサイズの銅板に冒険者ギルドの紋章が彫られたものだ。これも魔導具アーティファクトの一種で、先ほど採取した俺のマナ情報が登録されている。このマナ情報を利用して各種書類の検索性を高めているほか、"倒した魔物の種類と数"を一時的に記録し、確認できる機能なんかもついている。


 進んで冒険者になった訳じゃないとはいえ、こうした"何かの証"を手にするとちょっとテンションが上がってくる。


「以上で登録は完了です。それではノルさん、本日からあなたは冒険者となりました。ギルドの名に恥じない働きを期待しております」


 かくして俺は受付嬢さんからの丁寧な一礼に送り出され、冒険者人生の第一歩を踏み出す事となった。



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