第6話 エスト・タンペット

 俺とエストは、"クエストボード"の前へと移動する。


 ロビー一角の壁にででん、と設置されたコルクボードに"依頼書"、つまりはクエスト内容の記された用紙がずらずらと張り出されていた。


「で、どれ受けるつもりなんだ?」


「そうね……無理せず簡単な内容なのが前提よね」


 俺が尋ねると、エストが答える。


 特に異論はない。


「そしてぜひとも、魔物と戦う内容がいいわ。チェーンソーこの子を思いっきり振り回したい気分だし」


 微妙に危ない気配のする発言だが、内容そのものに異論はないのでスルー。


 それなら……。


「……じゃあ、これなんてどうだ? 『ブルースライムの討伐』。場所はピクシス西の草原。近くの森から出てきたブルースライムを駆除しろって内容だ」


 ゼリー状の体を持ったスライム系の魔物、その中でも比較的対処がしやすい種類がブルースライムである。動きも遅く、また戦う上でやっかいとなる特徴もあまりないため、戦闘初心者でも戦いやすい相手だ。


 とは言え、一般人が襲われて顔面に張りつかれ、そのまま窒息死……と言う話はしばしば耳にする。雑魚とあなどっていた冒険者がブルースライムの集団に襲われて命を落とした……なんて話も村で聞いた事がある。


 冒険者などの"戦闘能力を持った人物"へ討伐を依頼しなければならない存在なのだ。"戦いやすい"と言うのはあくまで比較の問題であり、決して油断できるような相手ではない。


「……ま、こんなところよね」


「じゃあ決まりだな」


 俺は押しピンを外してクエストの依頼書をはがした。


 そのまま依頼書を手に、クエスト受付カウンターへ向かう。


 受付嬢さんの案内でもろもろの必要な手続きを終えた後に受注手数料を支払い、代わりに受注確認書を受け取ってクエストの受注を完了。


 と言う訳で、さっそく討伐に行こう。


 ギルド内にある有料ロッカーに不要な荷物を預け、俺達はロビーを後にした。





 壁門からピクシスの外に出た俺達は街道を歩き、ギルドで指定された目的地へと向かう。あちこちで枝分かれしている道を、(ジジイが)用意しておいた地図を頼りに進んでいく。


 街道付近に魔物が現れる事はまずあり得ないので、警戒する必要もない。レット村を出た時は途中でツッパリウサギと遭遇したが、あれは"森の中の、魔物の生息域が比較的近い場所を通っている道"で発生したレアケースだ。


「ところで」


 エストが口を開いた。


「ノルは何で冒険者を目指そうと思ったの?」


「まあ……色々あって、村を追い出される事になっちまったのがきっかけだよ」


 食っちゃ寝の現在いまを失い、のんべんだらりの未来あしたを奪われつつある。聞くも涙、語るも涙の悲劇である。


 本当、なんで俺こんなところ歩いてるんだろ。普段であれば、今ごろの時間は自宅のベッドでのんびりゴロゴロしているはずなのに。


「そうなんだ……。偶然よね、私も故郷を追い出されたのがきっかけなのよ」


「マジか? そんな事ってあるもんなんだな。きっと、俺と同じように理不尽な理由なんだろうな……」


 当たり前の幸せを一方的に奪い取られる苦しみは、俺にも痛いほどよく分かる。いささか、エストに同情的な気分が湧いてきた。


「そうね。……私はピクシスから北東の森にある"大母樹の里"って言う、エルフ達が暮らす里の出身なのよ」


 エストが事情を説明し始める。


「両親は私が子供のころに他界してね。この子――"エルガーレーヴェ"は、お父さんが遺した魔導具アーティファクトなのよ」


「親御さんの形見……って事なのか」


「ええ。これまでずっと、この子と一緒にがんばってきたわ。いくら森を愛するエルフとは言っても生活に木材は必要だから、それを調達するために使った。自警団にも入っていたから、この子と一緒に魔物と戦った事もあるわ」


 エストがそっと背中へ手を回し、愛おしげな手つきでチェーンソーをなでる。


「……けど、私がこの子を使うのを気に入らない人が結構いてね。里の色んな人達から『そのチェーンソーを手放せ』って言われたわ。もちろん、私がこの子を手放すなんてのは絶対に考えられない。


 これまでは何とか抵抗して来たんだけど、だんだん風当たりが強くなって……結局、私は半ば追い出されるようにして里を離れる事になったのよ」


「そうだったのか……」


「……湿っぽくなっちゃったわね。ごめん」


「いや、いいよ。気にするな」


 やはりエルフがチェーンソーを使うというのは、彼らの倫理観に反する事なのだろう。だから、エストは追い出されてしまったのか。


 彼女自身が悪い事をしている訳ではないのに。


 部外者がエルフの価値観に安易な口出しする訳にもいかないが、それでも理不尽さを覚えずにはいられなかった。エストの事情に何の理解も示さない里の人々に、軽い怒りさえ湧いてくる。


 今後も彼女とパーティーを組み続けるのかは分からない。だけどいつか、エストが心置きなく堂々とチェーンソーを扱える日が来てほしいものだ。


 俺は素直にそう思った。


 俺達は引き続き、目的地へ向けて歩を進めた。






「――ぶった切ってやるわオラァァァァァァ――――――ッ!!」


「…………」


 目的地にて。


 つんざくような駆動音を響かせるチェーンソーが、エストの凶暴な怒声ともに振り下ろされる。高速回転する鋭い刃が、ブルースライムの体を両断する。中心にある"核"――彼らにとっての中枢部を真っ二つにされ、ブルースライムの体はまるで水たまりのように緑の大地へと広がっていった。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」


「…………」


 エストが真横に振り抜いたチェーンソーが、飛びかかってきた一匹のブルースライムを一文字に切り裂く。勢いで放物線を描いたスライムゼリーの青い飛沫ひまつが、そよ風に揺れる草の上へぱっと散った。


「うっははははははははははっ!! まったく、ものを切り裂く手応えってのは本当にたまらないわよねぇっ!! ――さあどんどんかかって来なさいぃっ!!」


「…………」


 チェーンソーの爆音を草原に轟かせ、エストは生き生きとした様子で次なる獲物に目を走らせていた。


 その姿を、俺はドン引きしながら眺めていた。


 たぶん里でも同じ調子だったんだろう。咆哮を上げ、喜々としてチェーンソーを振り回すエストの姿に、きっとエルフ達も俺と同じ感想を抱いていた事だろう。


 うん。


 こいつヤベーわ。


 一波いっぱの嵐となり、心底嬉しそうにブルースライム達を切り刻んで回る彼女を見ながら、俺はそう確信した。



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