昼食
イグラシム王城門前、いつものように『転移』したのだが。
「時間ぴったりですねクーガー様」
「お待ちしておりました」
「いつもお疲れさん」
「そちらのお方が?」
「あぁ、やはり聞き及んでるか」
いつもの門兵といつものように軽く会話するが…やはり俺の隣のニーナが気になって仕方がないようだ。
俺はいつも1人で王城に来ているし、それにギルド本部からも王城に連絡がいっていることはず。それはこの門兵たちも例外ではないだろう。
「ええ…ですが王からは彼女もご一緒にとのことで」
「あいよ」
「では…あとはいつも通りに」
そうやって一応体面上だけは武装を解除して開けられた城門に入っていく。アイテムボックスには大量に武器やらなにやらが入っているが別に危害を加える気もないし、こいつらもそれをわかっているのでスルーして行く。
ニーナ…はそういや特に武装しているわけでもないしそのままでいいか。それに武装していてもとやかく言えるわけでもないのだが。
「じゃ、行くか」
「うむ」
そうして、いつも通りに王城を歩いていくのだが。
「どうした、そんなにキョロキョロして」
「いや…こう、もの珍しくてな」
普通の人間…美女の見た目をしているニーナだが、その本質は世界最強格の魔物の1体である。3000年以上生きているとは聞いているが、恐らく人間文化と触れ合ってはこなかったのだろう。
まぁ、人間文化と触れ合うような魔物のほうが稀であるしな。
王城内は豪華絢爛、その一言に尽きる。国王であるエドマンドの趣味ではないのだが、対外向けに一応体裁を整えてるらしいのだが。
そんな豪奢な調度品の数々を見てニーナは目を輝かせている。
そういえば、地球の御伽噺なんかでは竜は金銀財宝をその住処に置いておく、なんてお話もあったな。
ニーナへのプレゼントは豪華なアクセサリーなんかがいいのかもしれないな。
そんなことを考えながら歩いていたら、いつものエドマンドがいる部屋の前に来ていた。
一応、ノックをして入ると。
「よく来たな!ミナト!」
「ひと月ぶりだなエドマンド」
その蓄えた立派なひげを撫でまわしながらこちらに近づいてくるのはラッセル=クロフォード=エドマンド王その人である。
普通、この応対を王自身がすることはない。それに俺のようにため口で話すなど一般人がすれば極刑ものであるが。
なぜ、俺がそれを許されているのかというと…まぁいろいろとあったのだが。
「で、そちらが?」
「あぁ、帝王竜ガルグニーナその人…竜?にして俺の奥さんだ」
「よろしくだ、この国の王よ」
「こちらこそ、お見知りおきを帝王竜よ。私はこのイグラシム王国国王エドマンドです」
そう言ってエドマンドは恭しく礼をした。ここまで礼儀正しく敬語を使っているエドマンドは初めて見たかもしれない。
忘れてはいけないが、ニーナはこの世界における上位存在である。そんな相手に対して分かっていながら初対面で不遜な態度をとるような真似をする阿呆はいないだろう。いるとすれば余程の死にたがりであろう。
「ま、堅苦しいのはこれくらいにしてっと。ミナト、これから飯なのであろう?」
「おっ、ガルグニーナ様もわかっていらっしゃる」
ガルグニーナが優しい雰囲気になり俺のほうを向いて微笑んだ。ニーナは堅苦しいのは苦手らしい。
「エドマンド、今日のご注文は?」
「そうだな…いつも通りがっつり食いたいわい」
「はいはい。ニーナは?」
「右に同じく」
よし、なら今日は"あれだな"。
「じゃ、待っててくれや」
「おうともさ」
さて、美味い飯を作るとしますかね。
――――――――――――――――――――――――――――
美味い飯とは何か、それは人による。TPOにもよって違う。では皆が美味いという飯とはなにか、という話を前にエドマンドと話したことがある。
そんなものはない、というのがエドマンドの答えだった。
それを用意するのが料理人である、というのが俺の答えだ。人によって美味い物が違うのは確かだ、だが同じ食材でも幾らでもやりようがある。
さて、何でこんな話をしているかというと、一応エドマンドとはいえ、一国の王に出す飯を作っているからだ。
不味い飯を出すのは以ての外、かといって一般庶民に出すような料理も拙い。本人は気にしなさそうなのだがな。
食材にも、皿にも、盛り付けにも気を遣っている。俺が料理を出す相手の中でもエドマンドは格がかなり上である。
では、エドマンドに出す昼食は何か。
その答えとは。
「おおっ!ラーメンか!」
「久々だろ?ベースは塩であっさりだけど肉厚叉焼をどんと乗せてるぜ」
エドマンド、その初老の見た目に反して健啖家である。こいつが"がっつり"と言えばそれは肉が食いたいという要求なのである。
普段の食事では徹底的に栄養学に基づいたものを出されているエドマンド。こうして俺が来る月末を毎月楽しみにしており、その要求は大抵"がっつり"である。
たまに不満も漏らしているようで、宮廷料理人達からは「よいメニューはないものか」とよく相談されている。
「じゃ、伸びる前に食べようか。ほらニーナも座って」
「うむ」
ここは王の私室の一つ。食事の乗せられたテーブルは簡素でありながらも品があり、どことなく部屋の雰囲気も厳かながらも風情を感じる。
そう、私室である。正式な場では一国の王と並んで食事をするなど無礼極まりないがここでは監視の目も無いのでそれは全て許される。
王と、その他臣下達の信頼あってこそ許される業なのだがそれは今は話さなくてもよいだろう。
「「いただきます」」
「ふむ…?…いただきます」
レンゲを手に取ってまずはスープを。うん、我ながら美味しいな。
隣を見ると、エドマンドとニーナは目を輝かせて小金色の麺を食み、叉焼に齧り付いている。ニーナはフォークだがそこはご愛敬だろう。
そうして、エドマンドもニーナも夢中で、そして無言で食べ進めてスープまで残さず完食と相成った。
こうも美味そうに食ってくれるとやはり料理人冥利に尽きるというものだ。
「美味かったか?」
「それは勿論だ!宮廷料理人たちの作る飯も美味いが、やはりミナトの作る飯は月に一度というのもあって格別だな!」
「ニーナは?」
「美味かったぞ」
「そりゃあ良かった」
そう言って微笑むと、エドマンドは少し不思議そうな顔をした後に合点がいったような表情を見せた。
「ふふ、ミナトよ。今までに見たことがない顔をしておるぞ?」
「え?」
「ははは!ガルグニーナ様と結婚したと聞いた時は驚いたが、納得がいったわい」
「?」
エドマンドは笑って、ニーナは少し赤くなっている。なにがなにやら俺にはわからないのだが…。
「はぁ…よく分からないが、いつも通り近況報告といくか」
「ふむ、そうだな」
テーブルの上にある空いた食器をアイテムボックスの中に収納して、代わりに水を出す。
俺とエドマンドはいつも食後にこうして一か月の間にあったことや各国情勢などの話をしている。
俺の前では剽軽なエドマンドだがその本質は大国の王である。その耳に入る情報は、俺なんかが耳にする情報よりも各国間の情勢に詳しく、そしてなにより正確だ。
俺の方はというとこんなのでも最高ランクの冒険者。各地を飛び回って現地で得た情報や、きな臭い話なんかをエドマンドに話している。
そうして俺は翌月に世界を飛び回るルートを大まかに決めているというわけだ。
「…ニーナはどうする?」
「なにを話すか知らんが妾は人間の世情には詳しくないからのう。気にせず話していてよい」
ふむ…だが暇なものは暇だろうからな。
そう考えたところで、俺はアイテムボックスからあるものを取り出した。
「これは?」
「マンガっていう俺の元居た世界にあった作り話の本だよ。これでも読んでいてくれ」
「ふむ…」
これは俺が昔、同じ地球出身の異世界人に頼まれて作ったものだ。
ニーナがマンガを手に取ってページを開いたところで、エドマンドと近況報告を開始する。
その話し合いはいつものように陽が落ちるまで行われるのであった。
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