王都


 イグラシム王国。その王都は地球で言えばイタリアはミラノに位置し、『ガイア』においては最古にして最大の国である。その歴史は3000年と言われ、現在の国領は中央、南東、南、イギリスを除く西ヨーロッパ全域に及ぶ。

 昔は南西ヨーロッパを領土とするガスマン帝国との戦争が絶えなかったが、数代前の国王からは平和主義を謳い、かつての様な戦乱からは離れた、なんとも平和な国だ。


 そして、今俺とニーナがいるのはそんなイグラシム王都から少し離れた場所。いつもなら城門前に転移するのだが、今日ばかりはニーナがいるのでな。


「さてニーナ。物分りの良さそうなお前さんなら分かると思うが…」

「分かっとるわ。王都の中では問題は起こさんし、なにより……」


 そう言いかけた途端に、普通の魔導師ウィザードが一目見れば気絶失禁必至な量の魔力がするするとニーナの中に収まり、ごく一般人程度の魔力量までに抑えられた。


「魔力を抑えるなんぞ、魔物社会においてする必要性はないのだがの…。如何せん人間の国じゃからのぅ」


 魔物の強さというのは絶対とは言いきれないが、ほぼほぼその魔力量に直結する。強い魔物ほど魔力量が多いというのが世間一般の認識だ。そして、魔物はそれを隠す素振りもなく誇示する、他者への威圧も兼ねてだな。

 たまに、高い知能をもった魔物が魔力を抑えて人間と関わりを持っている、ということもあるのだがそれは例外に数えていいだろう。それこそ、どこぞの魔王さんの配下の奴らくらいしかしてないしな。


「お前さんの魔力量は多すぎるからなぁ…。抑えとかんと人間がビビりまくって敵わんからな」

「…そういうミナトの方が妾よりも多いくせに」


 やはりニーナには誤魔化しててもバレるか、ステータスは上手く隠蔽してるはず…いや、同格レベルなら隠蔽も看破してる可能性もあるか。隠すほどのものでもないと言えばそうなのだがな。


 そんなことを考えている所に、城門の方から2人の衛兵が走ってくるのが見える。

 もう少ししたらこちらから行こうと思っていたが手間が省けたな。


「よっ、モードレッド」

「やはりミナトだったか…馬鹿でかい魔力反応があったからもしやと思ってすっ飛んできたが」

「あれ、もしかして今さっきなのにもう話いってんの?」

「本部ギルドが『緊急伝達』と伝書を寄越したからな。隣の方が例の?」


 王都城門衛兵第一隊長のモードレッド、こいつは俺がガイアに来て間もない頃に知り合った奴だ。俺にこの世界のイロハを叩き込んでくれた人物であり、恩人とも言える。精神年齢・・・・が近いので、今じゃ軽口を叩き合う仲であるが。


「そういうことだ。あ〜…わざわざご足労すまんかったな。お詫びと言ってはなんだが…これ」


 そう言って、アイテムボックスから作り置きのバスケットに入った、肉たっぷりのハンバーガーを何個か取り出して渡す。

 それを受けとったモードレッドの瞳が一瞬輝くが、隣にいる恐らく新人衛兵君の手前それを続ける訳にもいかず、すぐいつものきりりとした表情に戻る。


「多いな」

「今日の当直みんなで食ってくれや。オークキングの肉をたっぷり使ったハンバーガー…っても分かんねぇか。バンズっていうパンで挟んだサンドイッチみたいなもんだ」


 明確には全く違った料理なのだが、ハンバーガーを知らない人間に伝えようとするのも難しいものだ。


「あいわかった、みんなで食わさせて貰おう」

「それじゃ、いつも通り飛ぶ・・から」

「おう、今晩寄らせて貰う。」


 そのモードレッドの言葉にひらひらと手を振って返しながら、ニーナの手を握って『転移アポート』を発動する。転移先はいつも通り、本部ギルド前だ。


「新人…あんなんだが一応は世界最高峰のSSSランクの冒険者の1人、『無欲』のクーガーその人だ……」

「あの、え?消え……」

「まぁ、直ぐにとは言わんが慣れろ…。あいつは規格外だからな…」



 ミナトが『転移』した後、衛兵隊長と新人衛兵がそんな会話をしていたのだった。





◾︎






「んで、どうしてそうなった?」


「結婚しようって言われたからした、以上」


「そんな簡潔にまとめろとは言ってねぇよ!てか、なんでだお前!今まで散々言い寄られてたの跳ね除けてた癖に『帝王竜』には靡くのか!?」


 イグラシム王都にある冒険者ギルド本部、世界各地に数多点在する冒険者ギルドを統括する場所であるその地の中でもひと握りの人間しか入れないマスター室でスキンヘッドのおっさんが吼えた。

 その吼えてるおっさんこそ、冒険者ギルドのグランドマスターであるバルガス、つまりは冒険者ギルドで一番のお偉いさんなのであるがその威厳は、まぁ、無い。俺の前限定であるとも言えるが。


「まぁ、落ち着いて」

「ぐっ…落ち着けるかいこんなもん」


 そんなギルマスを宥めるのが、3人いる副グランドマスターの1人であり、ギルマスの奥さんでもあるカミラ。おっさん、というかじいちゃん手前のギルマスには似合わずめちゃくちゃ美人で若く見えるが、エルフ族なので、その年齢は軽く200を超えている。ちなみに、年齢を聞いてはいけない。怒るので。なんで知ってるかって?鑑定。


「俺もニーナが美人だからって結婚した訳じゃなぇよ。今までは思うところがあって断り続けてきたが、今回は、まぁ、そうだな。言っちゃなんだが運命的なもんだ」

「お前……前に運命は信じねぇだかなんだか言ってなかったか」

「それを言われると痛いな…。なんだ、まぁ、結婚は巡り合わせって言うじゃねぇか。そういうこった」

「まぁまぁあなた。そんなどうしてなんて根掘り葉掘り聞いては失礼ですよ」


 違うんだカミラ、そんな根掘り葉掘り聞かれるほど深いものはないんだ…。いや、ギルマス、カミラに諭されて納得したような顔をしないでくれ。

 助け舟を求めようとソファの隣に座っているニーナを見ても、出された高い茶葉を使った紅茶を飲んで美味そうな顔をしてるし…。


「まぁ…深くは聞かねぇよ。だけど、先に言った通り世界各国のお偉いさんたちには知らせを出すからな」

「そりゃ仕方ねぇか。傍から見たら冒険者である俺が、ただ嫁と偽って戦力増強しただけにしか見えんしな」

「なんじゃ、別に契約はしとらんからミナトが力を得たなんぞ的外れにも程があろうに」


 そこでニーナが口を挟むが、人間社会ってのはそう上手く「はいそうですか」と話が通るほど甘くない世界なのが事実だ。

 SSSランク冒険者であると言えど、ただの一個人である俺に『七星』の一柱が付いた、と各国は聞いてとるだろう。

 報告しないという手もあったが、それだとこの8年の間、ほぼソロで活動してきた俺が急に女を連れてるなんて知られた時には必ず調べられる。偽ることもできるが、あまり嘘は吐きたくない性分だからな。


「ニーナ、それほど人間社会は甘くないって話だ。契約してないから力を貸すも貸さないもニーナの自由だけどな」

「そういうことじゃ。まぁ…この世にミナトに危害を及ぼせる存在が果たして何体居るか…」


 怖いこと言うなぁ…。勝てる勝てないの話で言えば勝てない存在は『ガイア』には1体かなぁ。5分の相手はそこそこ。というか、その5分も「殺す手段が無い」って理由だし。


「ま、そういうことだギルマス。俺個人ですら各国からどうにか取り入れられんかとあれやこれやと手を回されるんだからこれ以上戦力付けたところで意味ないってこった。一応、各国にはそういう風に伝えておいてくれ」

「はぁ……またワシの仕事が増えるぞ」


 そうギルマスがため息を付く、と同時に2の鐘がゴォンと鳴り響く。良かった、約束の時間までに話が終わった。


「約束の時間だから行くわ」

「あぁ、エドマンド王にはもう伝えてある」

「了解、なら挨拶がわりにニーナも連れて行くわ。詳しい話は夜にでも。カミラも来てくれな」

「えぇ、勿論」


 そう言って、ニーナの手を握って『転移』する。


 さて、今日のエドマンドの昼飯は何にしようかな。

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