朝一


 この世界における最強の魔物の7体がうち1体である『帝王竜ガルグニーナ』、そんな竜が嫁さんになったところで、俺の1日の始まりは特に変わらない。


 1階が飯処『アカツキ』の店舗であり、2階が居住スペースである自宅である我が家の階段を降りて、まずは掃除。

 と言っても、モップ掛けも掃除機も必要無い。『清浄クリーン』という生活魔法を家全体にかけるだけ。これだけで埃も消え、悪い虫もいなくなる。この世界ではあまり周知では無いが病原体といったものまで消えるのだからなんとも便利な魔法だ。


 さて、それが終われば玄関扉を開けて換気だ。実際は『清浄』を使った時点で必要無いのだがこれは気分の問題。豪雪地帯や病魔漂う魔族領の奥地なんかではやらないが、幸いここは空気澄んだ草原地帯。朝の空気とはいいものだ。


 すぅと空気を肺に入れたはぁと吐く。それと同時にゴォンと遠くから1の鐘が鳴る音が聞こえる。いや、普通の人間なら聞こえないが、聞こえるのは『五感強化』のおかげか。

 1の鐘が鳴るのは地球で言うところの朝8時。それから4時間毎に鐘の鳴る回数が増えて0時の5の鐘で1日を終える。

 だいたいどこの仕事場も1の鐘で始業、4の鐘で終業。この世界は中世寄りの近代のような感じがして思いのほかホワイトな職場が多い。


 飯処『アカツキ』はその例には習わず、店を開けている時間は俺の気分次第だ。玄関扉に「OPEN」とかけてあれば開いてるし、「CLOSE」と書いてあれば閉まっている。

 閉店時間も気分次第。なんなら深夜まで飲んでそのまま店で寝ていく客もいる。まぁ、個人経営の店舗なんて案外そんなもんだろう。


「さぁて、朝飯食うか」


 どことなく手を伸ばして、『アイテムボックス』の中に手を入れる。

 『アイテムボックス』は空間魔法の一種、持ってる人間は少ないので冒険者の間ではアイテムボックス持ちは重宝される。魔力量によって大きさは変わるが、俺は莫大な魔力を持ってるので容量はほぼ無限。アイテムボックス内は時間も止まるため、作り置きを入れておくのにピッタリだ。


 朝飯用に作って置いたおにぎりを取り出して、いただきますっと。うん、やっぱり日本人なら朝飯は米だな。

 米は地球における日本である、ヤマトという国の作物。味も見た目も地球の米と変わらないので俺はよく出向いて仕入れている。


「そういや味噌の在庫が切れかけてたな…。米の仕入れもしときたいし今度ヤマト行くかぁ」


 おにぎりを食べ終わって、ポンと魔法を使って手のひらの上に、日本でよく見るような紙巻き煙草を出して、指先に小さな火を灯して火をつける。

 魔法をよく理解していない粗野の者が見れば何をしたのか分からない、だが魔法に精通する者が見れば仰天するような行為を、さも当然のように行い紫煙を吐く。


「ニーナは…お、起きてきたか」

「おはよう…ミナト」

「おはよう、ニーナ」


 ニーナは寝ぼけ眼を擦りながら俺の隣にストンと座った。

 こう見ると最強の魔物なんぞ思えないな。ただの可愛さが溢れる美女…いや、俺の嫁さんになったのか。


「ミナト、今日は何をするのだ?」

「今日はイグラシム王国に行く予定、約束があるからな」


 イグラシム王国は地球で言う所のイタリアのミラノ辺にある世界最大の国だ。毎月末に、そこの国王との約束があるのだ。

 今日は4月末なのでその約束を済ませた後に、そのままイグラシム王都で『アカツキ』を出店する。


「それはまた随分遠い所に行くのぅ」

「まぁ、遠いっちゃ遠いけど俺にかかれば一瞬だからなぁ」

「…ミナトにかかればなんでもありか」


 俺のステータスを『鑑定』で見たニーナはそう言う。そもそも俺のステータスはそんじゃそこらの人に見せられるようなものではない。それに、かなりの力量がないと隠蔽したステータスを看破することすら不可能だ。


 あぁ、そうだ。王都に行くなら一応ギルド本部に連絡しておかなくちゃならんな。

 俺はアイテムボックスからある物を取り出して魔力を流して起動する。


「それはなんじゃ?」

「ん、これ?俺が開発した魔力通信板ってやつ。これを使えば遠方と通信できるんだよ」

「ほぉ〜、それは便利なものじゃの」


 この世界にも電話的なのがあれば便利だな、と思って俺が数年前に開発した魔力通信板。これに魔力を流すと近距離での通信手段である『念話』と同じ要領で遠方との通信が可能になる代物だ。

 仕組み的には地球の電話ネットワークのような、俺が構築した固有回線に魔力を流すことで音声を届けられるというものだ。今では世界各地のギルドで欠かさないものになっている。


『はい、こちらギルド本部ナサーリアです。通信コードを』

「0000、クーガーだ。ひと月振り、ナサーリア」

『クーガーさんですか、お久しぶりです。そう言えば今日は月末でしたね』


 通信相手は冒険者ギルド本部があるイグラシム王都ギルドの受付嬢のナサーリアだ。

 『アカツキ』を旅の途中で出す兼ね合い、世界各地のギルドにもよって難関依頼をこなすようにしている。これでも世界最高峰のSSSランク冒険者なのでね。

 その移動の都度、次はどこそこに行くというのをギルド本部に報告するようにしている。その方が依頼もスムーズに済むし、世界各地にいる常連さんへの出展情報も行き渡るということだ。


「今日の昼前、そっちに行くからギルマスのおっさんに報告よろしく」

『わかりました、いつも通りに?』

「あぁ、2の鐘の頃に王城に」

『では、そのようにお伝えしておきます。現在は特に滞ってる依頼もありませんのでそちらの方は大丈夫です』

「了解、一応顔だけ出しておくよ」

『ありがとうございます、ではお待ちしております』

「あぁ〜、あと個人的な報告なのだがな……」

『はい』


 そういえばニーナと結婚した事を報告しておこうと思っていつもなら通信が切られるところを止めた。

 普通ならいち冒険者の結婚報告なんぞ受付嬢にはしないのだが、相手が『帝王竜ガルグニーナ』であるし、ナサーリアには大変お世話になっている、というか27にもなってまだ結婚しないんですかと煩かったので報告だけはしておこうと思う。


「……嫁さんができた」

『はい?』

「結婚したんだよ、2度も言わせるな……」

『…おめでとうございます。御相手は聞いてもよろしいので?』

「これがなぁ……」

『いえ、別に無理にとは言いませんが』

「いや、違うんだよ…うん。単刀直入に言うと『帝王竜ガルグニーナ』が嫁さんになった……」

『はい〜〜〜〜〜〜〜!!??』





◾︎





 そこからはてんやわんやだった。一般的な冒険者がそんなことを言っても信じてもらえないだろうと思うが、俺はSSSランク冒険者。酔狂でそんなことを言っている訳では無い、真実だ。

 このことは本部ギルマスにも報告され、その後世界各地重鎮にも報告されるらしい。俺としてはそんな大事にしてほしくなかったが、『七星』が一柱が誰かと結婚するなど前代未聞、というか相手が俺なので仕方ないといえば仕方ないのか。


 まぁ、うん。報告した手前こうなることはなんとなく予想出来ていたので、対策は一応立ててある。

 今すぐ来てくれとのことだったので少し早いがイグラシム王国に出発するとしよう。

 迷惑かけそうなので菓子折りを持って行こう…そういえば作り置きのバームクーヘンが何個かあったな、うん、受付嬢達にはこれを渡しておこう。


「ニーナ、少し早いけどイグラシム王国に行くよ」

「ん?もうか?」

「用事ができてね…ニーナ関連だからお前さんにも来てもらうよ」

「まぁ、そうじゃろうなぁ」


 何となくわかっていたらしい。


「すまんな、じゃあ行くとするか」


 俺はそう言って、『アカツキ』をアイテムボックスの中にしまった・・・・。いつもこうして『アカツキ』を運んでいる。家でありながら移動店舗ができるのはこういった理由だ。


「おお、家が消えおった…アイテムボックスか?」

「そういうこと、じゃ、手繋いで」


 そう言って左手を差し出す。それをニーナが優しく右手で繋いだ。

 なんかニーナがニマニマしてるな…嬉しいのか?こんなことならいつだって繋いでやるというのに。


「そいじゃ、行きますか。『転移アポート』」


 次の瞬間、ドラグニア皇国西部僻地の草原から男女一組が消えたのだった。




 『帝王竜ガルグニーナ』のものと思われる巨大な魔力反応がその場から消えたことに、ドラグニア皇国お抱えの観測隊がギルド本部からのお達しがあるまで大騒ぎするのだが、それはまた別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る