龍竜


 ガイア。それは異世界、というよりかは「地球」の並行世界である。そう俺はこの世界に転移した時に神さんに説明された。


 地球と違うところは、魔法があって、魔物がいることくらい。

 俺、こと九賀 湊、こちらの世界ではミナト・クーガーは地球で死んで、神さんに魂を拾われて、チートを授けられて、少し若返ってからこの世界に転移した。

 それから8年。なんやかんやあって世界に5人しかいないSSSランク冒険者になって、今は世界を旅しながら飯処『アカツキ』という店の主人をやっている。


 ガイアの地形は地球と同じだ。今は地球で言うところのアメリカ西部、こちらの世界ではドラグニア皇国の辺境に『アカツキ』を開いている。

 周囲は何も無いだだっ広い草原地帯。近日中は特に予定も無いし久しぶりにゆっくり店で新作料理の開発でもしようかなと思っていたところだ。


「久しぶりにのんびりできるからなぁ」


 ここ最近は忙しない日々を送っていた。ドラグニア皇国の皇都にある冒険者ギルドに立ち寄ったら色々と依頼を受けて、それを処理。中にはSS級モンスターの討伐依頼なんかもあって少々苦戦。そんなこんなで2週間ほど皇都に拘束されてようやく抜け出してきたところなのだ。


「皇都でいいニンニクが手に入ったし…あの肉と合わせてガーリックステーキでも作ってみるか」


 頭の中で色々と考えつつ、厨房に入って支度を進めていく。

 用意したとある魔物の肉を焼いて、まずは味見してみる。

 この世界、畜産という概念が無く、肉は主に魔物の肉を使用している。食える肉、食えない肉、美味い肉、不味い肉は様々だが、この世界の肉と言えば、ほぼ魔物の肉だ。


「ん、美味い」


 味見した肉は牛肉に近いものだった。だが旨味はかつて日本で食べたA5ランクの和牛にも勝るとも劣らない。これなら素材の味を活かしてステーキで出すのが正解かもしれない。


「……ん?」


 そんなことを考えていると、普段から張っている『探知』にバカみたいにデカい魔力反応が引っかかった。ものすごい速度でこっちに向かってくる。


 この魔力量と速度、恐らく竜種、それも上位の。


 やれやれと思いながら火を止めて店の外に出る。『探知』に引っかかった反応が店の外の草原に降り立ったのはそれと同時だった。


 それは予想通り竜種だった。体長30m超、真っ赤な鱗に一対の巨大な羽。自分がこの世界に来るまでにたまに見ていたアニメに出てくるファンタジーな世界の竜そのまんまだ。

 驚くことは何もない。この世界に来てから腐るほど竜種は見てきた。まぁ、ここまで魔力量の多い上位竜は久々だが。


「いらっしゃい」


 俺はいつも通りに「客」に対して上げる挨拶をする。できることなら『鑑定』をして力量を計っておきたいが、上位の竜ともなると『鑑定』の時に起きる僅かな魔力の流れで何をしたかを察してきて機嫌を損ねかねない。

 戦闘になったら負けはしないだろうが、結界を張ったとしても恐らく『アカツキ』はぐしゃぐしゃに壊れるだろう。それは嫌なので大人しくしている。


「ここは…お主の家か?」


 赤い竜は女性の声でそう問いかけてきた。竜はこの世界では魔物の一種だ。魔物は基本的には喋らない。だが最上位存在ともなると話は別だ。

 永き時を生きて、高度な知能を身に付けた彼らは時折人語を喋る者がいる。目の前の竜もその一握りの存在という訳だ。


「家であり店だな。ここは飯処『アカツキ』、俺が1人で切り盛りしていて、世界各地を旅しながら出している移動店舗だよ」

「飯処…。ということは飯が食えるのか?」

「勿論。食ってくかい?」

「あぁ。ちょうど腹ペコなんだ」


 腹ペコを食わせるのが『アカツキ』の主人としての俺の仕事、それなら是非とも食って行ってほしいな。


「お前さん、上位の竜種だろ?なら人型になって入りな」

「そうしよう」


 上位の竜種ともなると人型に変化することもできる。俺がそう言ったら目の前の赤い竜はするすると小さくなり、真紅のロングヘアの美女になった。人族と異なる所は、角が2本あって尻尾が生えていて、瞳孔が爬虫類っぽい所だろうか。

 あとちょっとドレスの胸元が開きすぎかな。目のやり場に大変困る。


「じゃ、改めていらっしゃい」

「お邪魔する」


 カランコロンとドアベルの音が鳴る。さて、今日はこんな辺鄙な所に店を開いているからお客は来ないと思っていたが、来たからには満足して帰ってもらいますかね。





 『帝王竜ガルグニーナ』と名乗ったその赤い竜である女性は、先日買ってきて用意しておいたSSランクの『スカーレット・レックス』のガーリックステーキを肉が無くなるまで食った。ステーキ用に置いておいた300kgを全てだ。

 作ったそばから食っていくのは作り手として見ていて気持ちいいものではあったが、あの細身の腰の何処に入っていったのだろう、不思議だ。


「美味かった」

「お粗末様。それにしてもようけ食ったな」

「こんな美味い物、はじめて食ったからの。この方生まれて3000年、世にはこんな美味い物があるのかと衝撃を受けた」

「はは、そりゃどうも。お前さん達竜種には料理なんて文化は無いからなぁ」


 竜種と言えど、分類上は魔物だ。料理なんて文化は当然なく、狩った物を食らうのが常だ。もちろん生で。

 そんな原始じみた食生活の者が料理された物など食えば戦慄を受けるのは阿呆でも分かる事だ。なにせ料理ってのは美味く食うための一手間だからな。


「なぁお主」

「ん?」

「お主程の力を持った者が何故こんな店をやっておるのだ?」

「あぁ〜、食ってる時に鑑定でもした?」

「うむ」


 料理を運んでる時に鑑定を受けたなという感じはあった。上位の竜種、それに『帝王竜』ともなれば鑑定なんぞ持っているのは当然か。わざわざ『抵抗レジスト』するほどの事でもないし、見られてもいいかと思ったので流していたのだが。


「なんでって言われてもなぁ…。強いていえば美味い飯を食ってる奴の顔を見るのが好きなんだよ」

「顔…?」


 美味い飯を食ってる奴の顔を見るのが好き、なんてやつは料理人にたまにいる。俺もその1人だ。別に地球にいた頃に料理人だったって訳でもない。だけど貧相な材料で何とか作った料理を食った懐かしき野郎共の顔を見た時に、「あぁ、これが俺が求めてた物なのかもな」って思っちまった。

 もうその時には職を変えるには年齢的に遅かったし、なによりその仕事にも充実感を感じていたから料理人は目指さなかった。

 だけど神さんに死んだ後にチャンスを与えられて、今生こそはと思って作ったのがこの『アカツキ』だ。


 そんな話を目の前の女性となっている竜にした。


「鑑定でステータス見たなら分かると思うが俺は異世界人だ。異世界の料理をこの世界の食材を使って出してる店がこの『アカツキ』って訳さ」

「異世界の料理…か」


 そう言ってガルグニーナは黙り込んだ。なにやら考えているようだがなんとなく考えていることは分かる。前に来た魔王も同じようなことを言ったからな。


「お主とおれば異世界の料理が、見知らぬ美味い料理が食えるというわけか?」


「まぁ、そうだな」

「なら、妾と契約せんか?」


 契約、魔物使いテイマーが魔物と交わすものだ。契約すれば魔物は従魔となり主に契約を解かれるまで尽くす事になる。

 だが大方予想通りだ。前に来た魔王も「ワシと契約じゃ!そして飯を食わせぇ!」なんて言ってきたからな。だがここに魔王が居ないことからも返答は分かるだろう。


「断る」

「な、なんでじゃあ!『帝王竜』と契約じゃぞ?断ることなど有り得んじゃろうて。」

「だって別に力なんて求めてないし」


 『帝王竜ガルグニーナ』と言えば『七星』と言われるこの世界における最強の魔物の7体のうちの1柱だ。御伽噺にも出てくるし、この世界の最古にして最強の魔物として名高い魔物。


 だが別に俺がその契約を受けいける道理が無い。別に力は求めてない…というか神さんから与えてもらったチートがえげつなく強いもんだからこれ以上あっても手に余る、というか既に手に余ってる。


「というか、そんなほいほい『七星』ともあろう魔物が契約とかしていいもんなのか?」

「なんじゃ、それほどにお主の飯が魅力的だったというだけじゃ」

「契約ってそんなもんかねぇ…」


 飯で釣られる魔物なぞ聞いたことないぞ。いや実際ありなのか?


「だけど断る。俺はこれ以上の力は手にしたくないしするつもりもない」

「むむむ…」

「はいはい、そんなほっぺた膨らまして可愛い顔してもダメ。契約なんて受けないったら受けない」


 目の前の美女がほっぺたを膨らまして駄々を捏ねている、と言えば世の男たちから「なにしてんの?痴情の縺れ?」なんて言われかねないが、なんと目の前の美女は『帝王竜』ですなんて言えば「えっ、なんで?」と逆の意味で問われるだろう。


「どうしても?」

「どうしてもへったくれも無い」

「じゃあ妻ならどうじゃ?」


 目の前の美女から飛び出したのは予想だにしない言葉だった。

 いやぁ、その手があったかぁ…ってそんな手があるかい!


「妻…?」

「妻なら別に力を手にした訳でもないしいいじゃろう?それに見たところ女のおの字も無いようじゃしの」


 いや、うん、確かにそうだけど。妻…奥さんかぁ。

 ふと、そんな時にあの人ならどうするだろうか、と考えてしまった。地球にいた頃の、俺の元妻。バカみたいに仕事しかしていなかった俺を残して先に死んでしまったあの人ならなんて言うかってことを。


『こんな美人さんに言われるならお受けするしかないんじゃない?』


 更には、私の事をいつまで引き摺ってるのよ、とまで言いそうだ。

 なんでこの場であの人のことを思い返したのかは分からない。今まで女性に言い寄られることは多々あった。自分で言うのもなんだが顔も整っている方だと思うし冒険者として大成したと言っていい。そんな自分に言い寄ってくる人には申し訳ないが元妻の顔を立ててほしいと断り続けてきたが、その時にあの人がなんて言うかなんて考えたことは無い。


 何故、今なんだろう。そう考えるが答えは出ない。だけどあの人がそう言いそうだな、と思ってしまったらしょうがないじゃないか。


「じゃあ、結婚しよっか。宜しく」

「………………へ?」


 そんなこんなで異世界に転移して8年、俺は人生で2度目の結婚をした。結婚相手は竜であるが。




 ちなみに、なんで素っ頓狂な顔してたの?とガルグニーナに聞いたら「まさか受けてもらえるとは思ってもおらんかった。」という答えが返ってきたのだった。

 その時の惚けた顔はあの人に負けずとも劣らず可愛かったとだけ言っておこう。

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