新風を吹き込め3
そんなルネーザンス公爵は、奥のソファーからジッとこちらを見ていた。
「ラントペリー男爵、コモンドール先生を怒らせるのはよくないよ。君よりずっと経験を積んでこられた、立派な先生だから」
と、彼は俺に忠告する。
「はい……」
「公爵! もっと言ってやってください。このままでは我が国の芸術界が堕落してしまいます」
と、コモンドール先生はルネーザンス公爵に訴えかけた。
「そうじゃのぅ……」
ルネーザンス公爵は困ったように顎ひげを撫でた。
だんだん分かってきたけど、公爵自身はあんまり過激な行動をするタイプじゃないんだな。性格が激しいのはコモンドール先生の方だ。
「あの、よろしいでしょうか?」
「ん? 何だね、ラントペリー男爵」
「コモンドール先生は今の芸術界を憂いておられますが、現状の国内画家の絵の売れ行きを見るに、その思想は世間にあまり伝わっておりません」
「ぐ……おのれっ 何と言う言い草」
「ふむぅ。はっきり言うね、君は」
「私はコモンドール先生とは異なる画風で絵を描いておりますが、コモンドール先生たちが描かれる絵も素晴らしいと思っております。それが知られていないのは残念です」
俺がそう言うと、バルバストル侯爵が横から、
「残念? 王宮の人間は、自業自得だと思っていますよ。あなた方が若い画家の芽を摘んできたせいで、ロア王国全体が芸術分野の後進国になったと、女王陛下はお考えです」
と、すごいことを言い出した。
「な……な……な……」
コモンドール先生は口をパクパクして固まってしまった。なんか、そうしてると本当にモップ犬みたいだ。
「バルバストル侯、それは流石に言い過ぎじゃないかね」
と、ルネーザンス公爵も顔を曇らせた。
「いえ。それくらいの危機意識を持って対処してほしいです。我が国は魔物の討伐を完了させ、国内は平和になりました。ですがそれは、魔物の討伐で貴族の価値を示せなくなったということでもあるのです。その上、貴族が芸術の発展を阻害していると思われるわけにはいきません」
「ふうむ……」
バルバストル侯爵の言葉に、ルネーザンス公爵は黙って考え込んでしまった。
「く……儂らは何も間違ってはおらん! ルネーザンス公爵家は、どこぞの金を稼ぐために人気取りの絵を描く者どもから正しい芸術を守るために、尽力してきたのじゃ!」
コモンドール先生は腹から絞り出すように言った。
「はい。私もコモンドール先生のお考えは本物だと思ってますよ」
「な……に……を、お主、さっきからのらりくらりと口先だけ儂らに同調するようなことを言いおって。儂らを騙す気か!? この、詐欺師め!」
さ……ぎ……?
「ぷっ……」
コモンドール先生の叫びに、バルバストル侯爵が噴き出した。
ちょっと、侯爵、笑わないでよ。
俺が詐欺師なら侯爵も胡散臭い仲間なんだからなっ!
「いえ。騙すつもりなどありません。ただ、正しい物を正しいと普通の人にも分かるように示すには、本物と偽物を比べさせる必要があると思うのです。ルネーザンス家が認める本物以外を排除してしまえば、本物の何が良いかを人々が知る機会も失われるのです」
「屁理屈を……」
「いや、ラントペリー男爵の言うことにも一理ある気もするのう」
ルネーザンス公爵は俺の言葉に揺れているようだった。
「ここは、大々的にコンクールなどを開いて国中から絵画を集め、良し悪しを見るのがよいと思います」
「コンクール、とな? ルネーザンス家ではコモンドール先生の批評会を毎年開催しておるんじゃが……」
「いえ。それでは、最初からコモンドール先生が考える〝正しい〟絵画以外、排除されてしまっているんです。そうではなく、もっと広く作品を公募して、あらゆる絵画を集めて広い会場に展示しましょう」
「あらゆる絵画……」
「公爵、騙されてはなりません! ラントペリー男爵は、パッと見だけは美しい自分の絵と、我々の重厚な作品を並べ、我々の絵を貶めようと企んでおるのです!」
「そこは、作品を説明する機会も必要ですね。とはいえ、全ての作品に解説を入れると鑑賞しにくくなりますから、特に注目したい作品について、コモンドール先生と私、それぞれ五作品ずつ選んで意見を言うなんてどうでしょう?」
「む……男爵のような若者が、儂と同列で絵を審査するだと?」
コモンドール先生はジトッとこちらを睨んだ。
「いや、それでいいのでは? ラントペリー男爵の絵画は女王陛下が認めているのです。不足はないでしょう」
と、バルバストル侯爵が言う。
「ぐぬぬ……なら、それで構わん」
「国内の芸術の振興は、女王陛下の願いでもあります。国中から作品を集めるなら、広い会場が必要でしょう。それは、王家の持つ宮殿のどこかを貸すことにします。それでも作品数が多くなりそうなら、一人一作品のみにするなどのルールも必要でしょうが……」
「そこは、実際にやってみて状況を見て対応していきましょう」
「そうですね。ひとまず、絵画コンクールを開催するということで、構いませんね、ルネーザンス公爵?」
と、バルバストル侯爵はルネーザンス公爵を見た。
「ふむ。儂は構わんよ。コモンドール先生はどうかね?」
「いいでしょう。ただし、しっかりと儂の意見を言わせていただくぞ」
「はい。二人で五作品ずつ選んで、聴衆の前で作品の講評をしましょう。コモンドール先生が直々に聴衆に向かって作品の良し悪しを教授してください。そうすれば、聴衆の芸術に対する理解も深まると思います」
「ほう。それで、儂と並んで話して、男爵は儂に公開討論を挑むつもりか?」
「戦う気はありませんが、聴衆の前で意見をぶつけ合ったら盛り上がるかもしれませんね」
「いいじゃろう! 見ておれ、一般聴衆の前でお主の絵の至らなさをはっきりと教えてやるわ!」
と、コモンドール先生は宣言した。
彼は鼻息荒くフーフーと肩で呼吸をしたかと思うと、ドシドシと足音を立てて部屋を出ていった。彼に続けて、ルネーザンス家の画家も何人かくっついていった。
「――えらいことになったのぅ。ラントペリー男爵、脅すようなことは言いたくないが、コモンドール先生は儂らにとって大切な先生じゃ。そのコンクールとやらで彼を侮辱するようなことはあってはならんぞ?」
心配そうにルネーザンス公爵は言った。
「そんなつもりはありませんよ。本当に、この国の絵画の市場が盛り上がるように、私なりに考えただけです」
と、俺は答えた。
これは俺の本心だ。俺は絵が大好きなのだ。絵画に注目が集まって、国内の画家たちが元気になるのは、俺にとって望ましいことだ。
「ふうむ。まあ、儂はもうほぼ隠居の身じゃ。ファビアン、ラントペリー男爵の案にどう対応するかは、お前の好きなようにやりなさい」
「分かりました、お爺様」
ファビアン公子は祖父にそう答えると、俺の方を向き、
「私は男爵の考えに共感している。私たちには変化が必要だ。コンクール、一緒にやってみよう」
と、言ってくれた。
「ありがとうございます、ファビアン公子。良いコンクールを開きましょう」
俺はそう答えて、ファビアン公子とバルバストル侯爵と一緒に、絵画コンクールの準備を始めた。
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