新風を吹き込め2

 翌日。

 バルバストル侯爵と一緒に、ルネーザンス公爵邸を訪問した。


 通された広い部屋には、公爵と画家らしき老人たち、ファビアン公子とマリオン公女を含むたくさんの人がいた。

 その部屋の中央に一枚の絵が置かれ、傍に半泣きのジミーさんが立っている。


「バルバストル侯爵とラントペリー男爵をお連れしました」


 部屋に入るなり執事っぽい人がそう言うと、部屋の中の人々の視線が一斉にこちらに集まった。


「ルネーザンス公爵、お招きいただき感謝します。こちらの青年がアレン・ラントペリー男爵です。本日彼を呼び出されたのは、どのようなご用件でしょうか?」


 バルバストル侯爵が、まずルネーザンス公爵に挨拶した。

 公爵は七十代半ばくらいの、小柄な垂れ目の老人だった。


「ああ、バルバストル侯。わざわざ来てくれてありがとう。コモンドール先生が、どうしてもアレン・ラントペリーに会いたいというので、連れてきてもらったよ。後の話は、直接コモンドール先生としてくれ」


 公爵の声は小さく、彼はそれだけ言うと、奥のソファーに引き込んでしまった。


 代わりに、チリチリの灰色の髪の老人が、俺たちの前に進み出てきた。……なんか、前世で見たモップ犬みたいな見た目をしている。


「あなたが、アレン・ラントペリー男爵か。儂はコモンドールと言う者じゃ」

「ああ、コモンドール先生」


 ファビアン公子やジミーさんがよく名前を挙げていた人だな。


「ふむ。男爵も一応絵を描くだけに、儂の名前は知っておられたか。だが、そうでありながら、儂の弟子に色々と間違ったことを吹き込むとはのぅ」


 と、コモンドール先生は俺を睨みつけた――睨みつけてるんだと思う、髪の毛で目が隠れていて見えないけど。


「色々と吹き込む……とは?」

「ふんっ、これを見なされ!」


 そう言ってコモンドール先生が指したのは、さっきから部屋の中央に置かれていた絵、花に包まれたマリオン公女の肖像画だった。


「ジミーさんの新作、良い絵ですよね」


 季節を無視してあらゆる時と場所で咲き誇る美しい花々が、マリオン公女の髪やドレスを飾っている。花の描写は正確で写実的だが、現実にはありえない幻想的な絵だ。


「こんなリアリティのない絵を、よく描いたものだ!」


 怒り心頭に、コモンドール先生は言った。


「そうですか? 良い絵だと思いますが……」

「男爵は何も分かっていない!」


 コモンドール先生は老人とは思えない大声で俺を怒鳴りつけた。


「ここに私の作品を持ってきなさい!」

「は……はい」


 彼に言われて、ルネーザンス家の使用人たちは慌てて部屋を飛び出していった。



 しばらくして、大きな額縁が二人がかりで運び込まれた。


「どうですかな? 私が描いたルネーザンス公爵閣下の肖像じゃ」

「おぉ、これはこれは。素晴らしい作品ですね」


 流石にコモンドール先生も、これだけ先生と慕われている人だ。重厚な、良い絵を描いていた。


「お分かりか? これが正しい絵なのじゃ。ジミーの絵のいかに愚かなことか」

「いやいや。ジミーさんの絵も素敵ですよ」

「何じゃと!? ジミーの絵は陰影も何もあったものではないでしょう。ろくな影もつけず、ふわふわした絵を描きおって……」

「んー、でも、そこが良いって人もいると思いますけど」

「なっ……そのような安っぽい感性で絵を語らないでいただきたい!」


 コモンドール先生はまたも声を張り上げた。

 彼はかなり沸騰しやすい性格のようだ。


「ま……まぁまぁ先生、落ち着いてくださいよ」


 ファビアン公子がコモンドール先生を宥めた。

 大公爵家の御曹司がただの画家の機嫌を取るというのも変な感じだけど、コモンドール先生はルネーザンス公爵の大切な友人なのだそうだ。


 以前にファビアン公子から聞いた話、ルネーザンス公爵は跡取り息子を先に亡くして以降、落ち込んで覇気をなくしてしまったそうだ。彼は孫のファビアン公子に家を引き継ぐまで、現状維持を続けるように行動してきていた。

 それは、新しいものを取り入れない態度につながってしまったのかもしれない。彼は先代から支持されてきた画風だけを正しいものだとして、その画壇の長であるコモンドール先生の言いなりになった。そのせいで、新しい画家は拒絶され、国内の芸術の発展を妨げてしまった。


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