絵描き勝負2

 十日後。

 俺とバルバストル侯爵は、完成した肖像画を持って再びルネーザンス公爵邸へとやってきていた。


 前回と同じジミーさんのアトリエに、布に覆われた二つのキャンバスが並べ置かれた。ギャラリーは俺とバルバストル侯爵、ファビアン公子とマリオン公女、ジミーさんと若い修行中の画家数名、それに、公爵邸の使用人さんたちだ。


「それでは、まずジミーの絵を見ようか」

「かしこまりました。こちらになります」


 ファビアン公子に言われて、ジミーさんは覆いを外して、自身の描いた肖像画を皆に見せた。

 人物も背景も、ドレスの柄まで、緻密に描き込まれた絵だった。


「おぉ、流石はジミーだ! いつも通り、素晴らしいクオリティで、マリオンちゃんの成長記録にふさわしい。この絵ならば前回からマリオンちゃんの身長が五ミリ成長したことまで伝わってきそうだ」


 と、ファビアン公子は満足そうに言った。だが――。


「もう! また吊り目に描いてる……」


 モデルとなったマリオン公女はぷくりと頬を膨らませていた。やはり彼女は、リアルに描き過ぎた肖像画をお気に召さない様子だ。

 しかし、彼女以外のギャラリーは皆、ジミーさんの肖像画を見てしきりに頷いたり褒めたりしていた。


「ふむ。もうこれで勝負あったようなものだが、一応、ラントペリー男爵の方も見ておこうか」

「かしこまりました」


 ファビアン公子に促されて、俺も自分の肖像画を覆う布を取り払った。


「こ……これは!?」

「なんと鮮やかな」

「え、これが私? ……超カワイイ!」


 俺の絵を見たギャラリーは、一様に目を丸くして驚いた。

 俺の絵は、ジミーさんの肖像画とはかなり違うものになっていた。


 あの日、窓から差し込んでいた光をふんだんに取り入れ、柔らかい陽光の中でほほ笑む少女。

 光は全体に物の輪郭をぼんやりとさせている。だが、少女の薔薇色の頬と、唇のピンク色は鮮やかだ。


 細かい部分は、ジミーさんの絵ほど緻密ではない。

 例えば、マリオン公女の着ている花柄のドレス。ジミーさんは柄一つ一つを克明に描いていた。

一方、俺は筆をポンと置いただけのような描き方だ。

 色味も違う。俺の絵の方が全体に明度が高かった。

 俺の絵も一目でマリオン公女と分かる形は取れている。その上で、ぼやっとしたタッチは七難を隠していた。


 要は、俺はマリオン公女の肖像画にフィルターをかけて盛った。


「こ……これは、何と生き生きとした美少女。いや、マリオンちゃんがモデルなのだから、可愛いのは当然なのだが……どうやったらこんな作品が描けるんだ?」


 ファビアン公子は興味津々な様子で俺の絵に近づき、顔がくっつくほどの至近距離で観察しだした。だが――。


「……ん? これはっ……筆の跡が残っているじゃないか! なんと雑な絵を出してきたな!」


 ファビアン公子は急に顔を険しくし、非難の声をあげた。


「こんな絵を私に見せるとは。マリオンちゃんにも失礼だぞ」


 と、ファビアン公子は怒りだす。

 彼にとって、絵とはルネーザンス家の示す正しいルールに従って描かれるもので、そこから外れることは許されなかった。

 部屋に緊張感が走る。


「このドレスの花柄を比べてみろ! ジミーの絵のいかに正確なことか。あの日マリオンちゃんが着ていたドレスの柄がはっきりと分かる。それに比べてラントペリー男爵の絵は何だ。かろうじて花柄と分かる程度じゃないか」


 怒りとともにファビアン公子はまくしたてた。

 権力者の荒々しい態度に、近くにいたジミーさんがビクビクと怖がっているのが伝わってきた。

 俺も怖い。

 でも、ここを切り抜けないと先へ進めない。ルネーザンス家のギャラリーを見て、彼らの絵の特徴は分かっていた。だから、こういう批判が出るのは想定済みだ。事前に反論は準備してきていた。


「お言葉ですが、ファビアン公子、あなたはマリオン公女を見るとき、ドレスの柄まではっきり目に入っていますか?」

「……? 当たり前だろう。私の視力は悪くないぞ」

「本当に? 可愛いマリオン公女が目の前にいるのに、ドレスの柄まで目に入るのですか?」

「ん? そうだな……」


 ファビアン公子は目を伏せて、しばらく考えをめぐらせた。


「ドレスとマリオン公女、どっちが大事なんです?」

「マリオンちゃんに決まっているだろ! 可愛いマリオンちゃんがいるのに、ドレスなんか目に入らない。ドレスはオマケだ!!」


 ファビアン公子はそう言うと、ハッと気づいたような表情になった。


「実のところ、ファビアン公子が見ているマリオン公女は、私の絵の方に近いのではないですか?」

「そ……そうだ。マリオンちゃんのキラキラした瞳、薔薇色のほっぺ、可愛い唇……そんなの見たら、他に目がいくわけがない!」

「……お兄様、いちいち発言がキモイ」


 マリオン公女は嫌そうに兄を見て呟いていた。


「つまり、この絵こそがファビアン公子が見ている本当のマリオン公女の姿なのです」

「なんと……!」


 ファビアン公子は大きな衝撃を受けたように絶句して固まった。


 ……って、本当に俺の絵がファビアン公子の見たままかは分からないんだけどね。


 ただ、前世で見ていたお絵描き解説動画で、描き込み過ぎた絵はかえって分かりにくくなるみたいなことを、凄腕の絵師さんが解説しているのを聞いたことがあったのだ。

 そこでは、注目してほしい人物などを丁寧に描写したら、他はそれより描き込みを落とすようにアドバイスされていた。


 そういう前世の経験を思い出して、俺はジミーさんとは違うタッチの絵を描いていたのだった。



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