絵描き勝負1

 マリオン公女の肖像画は、公爵邸の中にある、ジミーさんのアトリエで描かれる。

 ジミーさんのアトリエは天井の高い広い部屋だった。その壁には、ルネーザンス家が推す若い画家の絵がいくつも飾られていて、公爵家が画家を大切に扱っていることが伝わってきた。


 大きな窓の白いカーテン越しに、昼下がりの柔らかい陽光が部屋に入ってきている。椅子に座ったマリオン公女の前に、二つのキャンバスが並べ置かれた。


「うぅ……なんでこんなことに……」


 ジミーさんは争いごとが嫌いらしい。彼は俺の隣で、しぶしぶといった様子で筆を手に取った。

 一方――。


「ジミー、いけ! ルネーザンス家が認めた画家の実力を見せてやれ」


 と、ファビアン公子はノリノリだった。


「もう、いいから、描くならさっさと描いちゃってよ!」

「はい、すみません」

「それでは、取り掛からせていただきます」


 マリオン公女に言われて、俺たちは制作を始めた。



 ジミーさんは自信なさそうにしていたけど、ファビアン公子が自信満々に紹介してきただけあって、かなり優秀な画家だった。

 彼の写真のように正確な描写があってこそ、三カ月ごとの肖像画でマリオン公女の変化を見るなんてことができるのだ。

 俺も、チートスキルで対抗するのは申し訳ないけど、〈緻密な描写力〉を使えば、ジミーさんと同じように写真みたいな絵を描くことは可能だった。

 ただ、マリオン公女はあまりに克明な描写を嫌がっているようだ。


 ――どう描くかな。


 写真のない世界で、一般的に肖像画に求められるのは、まず人物の姿を記録することだ。ファビアン公子が求めているのも、成長していくマリオン公女の姿を残すことだろう。


 一方で、前世で見てきた似顔絵は、写真との違いが求められるためか、個性的なものが多かった。

 変わった画材を使ったり、一筆書きしたり、ドット絵で描いたりなどなど……。


 それと、一部では「似顔絵は悪意がある方が似る」と言われるほど、人物の特徴をデフォルメして描くことも多かった。

 今回はマリオン公女の気持ちを考えて、極端な誇張はしない方がいいだろうけど、写真とは違う個性的な絵にするのも面白いかもしれない。



 しばらくその場でデッサンした後、肖像画は持ち帰って仕上げることになった。


「途中の絵は見ないでおく。十日後に完成品を比べて勝負だ!」


 いつの間にか、ファビアン公子によって、俺はジミーさんと絵描き勝負をすることになっていた。


「お手柔らかにお願いしますね」


 俺がやるべきなのは、ルネーザンス家の画家に勝つことではなく、彼らに画家の多様な表現を認めさせることだ。


「それじゃあ、十日後に私ももう一度ここに来るよ。ラントペリー男爵、頑張ってね」


「はい、バルバストル侯爵」


 ひとまず、俺は肖像画を持ち帰って仕上げることにした。


《マリオン・ルネーザンス 十四歳

 ルネーザンス公爵の孫。兄に溺愛されている。だが、家のお抱え画家にいつも不気味な肖像画を描かれ、それを褒め称える兄と芸術家たちに、内心かなり不満を溜めている》


 〈神眼〉の情報を見ると、マリオン公女の肖像画問題も、何とかしてあげたい気がしてくるなぁ。

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