四つ目の公爵家3

 ルネーザンス家のギャラリー奥の小さな白い扉。その金のドアノブを回して開いた先に大切に飾られていたのは――。


「肖像画ですね。同じ人物の絵ばかり……」


 そう言って、バルバストル侯爵は戸惑うようにマリオン公女の方を見た。

 彼女の頬がひきつる。


「いやっ……見ないで、見ないでぇっ!」


 マリオン公女は顔を覆ってその場にうずくまった。


 奥の部屋の四方の壁は、敷き詰めるように並べられた大量の肖像画で埋まっていた。そのモデルは、全てマリオン公女だ。今の姿とそっくりの公女や、少し幼い公女、さらには公女らしき赤ちゃんの肖像画まである。

 どの絵もものすごく上手いんだけど、ルネーザンス家の推す画風は重厚で陰影をきかせまくるので、なんていうか……ホラー? 不気味な西洋人形の写真が四方八方に貼り付けられている……みたいな感じだろうか? 何とも言えない気分である。


「たくさんの少女に一斉に睨みつけられているみたいだね。私でもこの数の女性の恨みを買ったことはないなぁ」


 バルバストル侯爵が周囲に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いていた。

 プレイボーイと噂の彼も、ここまでの修羅場を経験したことはないようだ。


「どーうだ。我が国芸術界のホープであるジミーに描かせた妹の成長記録だぞ! 三カ月に一枚ずつ制作していった、妹の成長がつぶさに分かる素晴らしい作品だ」


 と、ファビアン公子は自慢げに語った。


「は……はい。重要なお仕事を任せていただいて、私は大変有り難く思っております」


 ジミーさんは気まずそうに答えていた。


「ふふん。今日二人をここに招いたのは、今月分のマリオンちゃんの肖像画の作業を進める日でもあったからだ。ジミー、ラントペリー男爵に君の正しい絵画の制作工程を見せてやれ」

「えぇっ!? ガチで才能のある天才画家のラントペリー男爵に私なぞの作業を見られるのは恥ずかし……いえ、はぁ……かしこまりました。では、アトリエへご案内します」


 ジミーさんは力なくそう言って、俺たちを別室に連れていこうとした。だが――。


「いやっ!」


 と、マリオン公女が声をあげた。


「私、もう肖像画は描かせない!」

「マリオンちゃん、急に何を言い出すんだ!?」


 ファビアン公子が驚いたように聞き返した。


「急じゃない! 私はずっと、嫌だって言っていた」

「な……何が嫌なんだい?」

「ぐすっ……だって、あの画家、何でも克明に絵にするんだもん。私が気にしている吊り目とか、ちょっと切りすぎた前髪とか、全部……全部容赦なく描く!」

「そんなこと、気にする必要はないぞ! マリオンちゃんはとっても可愛いじゃないか。それに、正確に描かないと、マリオンちゃんの三カ月ごとの成長が分からないだろう。お爺様もお兄ちゃまも屋敷の使用人たちも、皆、マリオンちゃんの成長記録を楽しみにしているんだからね」

「その考え方がキモいぃぃっ」


 ついにマリオン公女は泣き出した。ファビアン公子はあたふたするばかりだ。


 あーあ。これは、ファビアン公子が悪いような。

 年頃の女の子って外見をすごく気にするもんなぁ。


 前世で見た何かのドラマで、集合写真の自分の顔を女の子がマジックペンで塗りつぶすシーンがあったけど、それくらい、若い女の子にとって写りの悪い写真は見たくないものなのだと思う。

 今回は絵だけど、ジミーさんの画力は良くも悪くも写実的にすごくレベルが高くて、本当にそっくりに描いていた。それが、本人には嬉しくなかったのだろう。


「もう、肖像画を描かれるの、やめたい」

「そんなぁ。肖像画は、マリオンちゃんが生まれたときから続けてきたことなのに」

「生まれたときから三カ月ごとに妹の肖像画を描かせる兄……」


 バルバストル侯爵は、大貴族の御曹司に向ける目とは思えないドン引きした目でファビアン公子を見ていた。

 いや、子どもの写真を撮ってアルバムをたくさん作る親とかは前世にけっこういたと思うけど……手間と費用が段違いにかかる肖像画でやるとキモいな、たしかに。


 しかし、考えてみると不思議だよなぁ。女の子って、スマホで写真撮るの好きだし、わざわざお金を払ってプリクラとか撮る子もいたのに。


 でも、マリオン公女が肖像画を嫌がる気持ちも分かるのだ。


 うーん、肖像画を描かれるのが嫌だからと言って、自分を絵に描かれること自体が嫌いとはかぎらないのかもしれない。嫌なのは集合写真とか免許証みたいな写りが悪くなりやすい写真で、自撮りしてSNSにあげる写真やプリクラは好き、とか……。


 ん? そういえば、若い女の子のスマホの写真って、加工しまくってたよな。プリクラなんてほとんど別人に撮れるから、たまに男がふざけて撮って、美少女顔の禿げ親父とか美少女顔のマッチョ外人とか、奇妙な写真を作っていた。


 そっか。肖像画だからといって、正確に本人に似せることだけが正解だと思わなくていいんじゃないかな。


「あの、ファビアン公子、よろしければ、ジミーさんが肖像画を描く隣で、私も同時にマリオン公女を描かせていただけませんか?」


 俺は兄妹喧嘩を続ける二人に、そうお願いしてみた。


「君がジミーと並んで絵を描く? なるほど、我々の技術に挑みたいと言うのか。なかなかいい度胸じゃないか」


 ファビアン公子は不敵な笑みを浮かべてこちらを見た。


「えっ!? ラントペリー男爵と競う!? そんな、私が男爵ほどの売れっ子と……」


 一方で、ジミーさんは自信なさげにビクビクしていた。


「あ、いや、そんな大それたことではないのですけど。マリオン公女が肖像画のことで悩まれているように見えましたので、私も何か力になれたらと思ったんです」

「肖像画をやめさせる方法を考えたの!?」


 と、マリオン公女が俺の発言に食いついてきた。


「いえ、ちょっとしたことなのですが、よろしければ私にも公女を描かせてください」

「いいわ。この状況を変えられるなら、藁にもすがりたい気分なの。お兄様、ラントペリー男爵と一緒なら描いてもいいわよ」

「……マリオンちゃんがそう言うなら、仕方ない。ラントペリー男爵、許可しよう」

「ありがとうございます」


 そういうわけで、俺はルネーザンス公爵令嬢の肖像画を描くこととなった。

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