四つ目の公爵家2
バルバストル侯爵と一緒に訪問したルネーザンス公爵家の王都屋敷。通された応接間には、二十代前半くらいの男性と、中学生くらいの女の子がいた。どちらもザ・貴族って感じの豪華な身なりだ。
「よく来たな、バルバストル侯爵。……それから、ラントペリー男爵か」
と、男の方が俺たちに声をかけてきた。
彼はイケメンのバルバストル侯爵と並んでも遜色ないくらい整った外見で、こげ茶の巻き毛、昭和の漫画に出てきそうな貴族だった。女の子の方も整った顔立ちをしているけど、目は少し吊り目で、ピンクブロンドの髪の毛をツインテールにしていた。
彼らに向かって、バルバストル侯爵は恭しくお辞儀をした。
「ご無沙汰しております、ファビアン公子、マリオン公女。ご明察の通り、こちらがアレン・ラントペリー男爵です。ラントペリー男爵、こちらはファビアン公子とマリオン公女、お二人は現ルネーザンス公爵のお孫様だ」
「お初にお目にかかります。アレン・ラントペリーです」
バルバストル侯爵に続いて俺も自己紹介した。
事前に聞いていた話、今のルネーザンス公爵は高齢で、跡取りとなる息子を先に亡くしてしまわれたそうだ。ルネーザンス家の次代は目の前のファビアン公子になるらしい。
『頭の固い老人より、先に若いのから落とす』
というのが、バルバストル侯爵の作戦だった。
だが、若い貴族二人の俺に対する視線は冷ややかだ。
「ふん。王家が我々を無視して商人出の画家を贔屓していると聞いたから、どんな奴か見てやろうと思っていたんだ。聞いていた通り、まだ相当若い奴だったんだな」
と、ファビアン公子は言った。
いや、公子と俺、同じくらいの歳だと思うんだけど……。
「ファビアン公子、陛下がラントペリーを宮廷画家としたのは、実力を評価してのことです。王宮のエントランスにある肖像画の出来は、公子もご存じでしょう?」
と、バルバストル侯爵は俺を擁護した。
「ああ、たしかに上手かった。だが、あの程度の技術を持つ画家は、ルネーザンス家が支援している中にいくらでもいる」
ファビアン公子はそう言うと、壁際に立つ画家を呼んだ。
「ジミー、こちらへ来なさい」
「は……はい」
公子に呼ばれて、画家らしき男性が俺たちの前に進み出た。三十代後半くらいに見える痩せ型の、地味な顔立ちの人だ。
「ジミーは我が国画壇の大家であるコモンドール先生が認めた優秀な画家だ。彼の作品を含むルネーザンス家の素晴らしいコレクションをまずは見せてやる。話はそれからだ」
と、ファビアン公子は自信満々に言った。
すると、部屋にいた彼の従者が、心得た様子で扉を開ける。
「ついてこい。正しい絵画というものを教えてやる」
ファビアン公子に連れられて、俺たちはルネーザンス邸のギャラリーを案内された。
王都のルネーザンス公爵邸は、建物の半分以上がギャラリーとなっていて、博物館の常設展のようになっていた。
貴族はよく自分の家に人を招くものだが、ルネーザンス家は特に、望む者には誰にでもギャラリーを開放しているらしい。
「すごい、まるで本物のように見える、精密な絵画ですね」
たくさんの人物画や風景画を前に、俺の声は自然と弾んでいた。
俺は絵を描くのも好きだけど、見るのも大好きなのだ。
集められた絵は、事前に聞いていた通り、全部似たようなタッチで描かれていたが、それはそれで面白かった。
どの絵も描き込みがすさまじく、細部まで正確に描いていて、色調は暗めだった。
「ふふん。すごいだろう。我々が教育した画家たちが、正しい理論を学んで描いたものだからな」
と、ファビアン公子は得意げに言った。
正しい理論……多分、遠近法とかそういうのだろうな。
ルネーザンス家の画家たちは、いかに本物そっくりに描くかにこだわっているようだった。しかし、
「たしかに、技術は素晴らしい。ですが、ラントペリー男爵の絵ほど魅力的には見えませんね」
と言って、バルバストル侯爵は首を傾げた。
「む……ここにある作品は、我が国画壇の大御所、コモンドール先生も絶賛したものだぞ。彼の著作を読めば、バルバストル侯爵にもその正しさと素晴らしさが分かるだろう」
「芸術に正しい正しくないがあるのですか? 私には直感的に、ラントペリー男爵が描いたものの方が面白い気がします」
バルバストル侯爵の言葉に、ファビアン公子は見るからに気分を害したと表情を歪めた。
ちょっとぉ、バルバストル侯爵、本当にルネーザンス公爵家相手に譲る気がないんだな。
「な……ならば、とっておきを見せてやる。奥の部屋に来い!」
と、ヒートアップしたファビアン公子は言った。
すると、その言葉に、今までツンと澄まして黙っていたマリオン公女の表情が変わる。
「奥の間!? あそこはダメよ。誰も人を入れない約束でしょ!」
と、彼女は焦ったように抗議した。
「いや。あの部屋の絵画こそ至高。ついてこい!」
ファビアン公子は強引に俺たちを奥の部屋へ連れていった。
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