四つ目の公爵家1

 王宮にあるバルバストル侯爵の執務室。

 真面目そうなデスクと書棚が並ぶ部屋の奥に、男の仕事部屋と思えないファンシーな家具が設置され、クマの縫いぐるみが大中小三つ飾られていた。


 その近くのソファーで、女王陛下がお菓子を食べている。


「よう来たの、ラントペリー」

「ははっ。女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」

「余はプライベートのおやつタイムじゃ。用件はバルバストル侯から聞け」

「はい」


 女王陛下に一礼して、俺はバルバストル侯爵の方を向いた。


「実は、君に関わるちょっと厄介な問題が起きているんだ」

「厄介な問題、ですか?」

「ああ。君、ルネーザンス公爵家に敵視されているみたいだよ」

「ええぇっ!?」


 ルネーザンス公爵家――この国に四つある公爵家の一つだ。

 西のレヴィントン、北のマクレゴン、南のワイト、東のルネーザンス。

 四つ目の公爵家だけど、ラントペリー商会とは取引がなくて、よく知らない家だった。何で急に嫌われたんだろう?


「ルネーザンス家は、君の描く絵が気に食わないらしいよ」

「えっ?」


 それは、俺の存在の全否定に近いぞ。


「私の描いた作品に、ルネーザンス公爵家の方のお気持ちを害するものがあったということでしょうか?」


 思えば俺って、異世界でアニメ美少女描いてみたとかをやっていたわけだし、嫌がる人がいてもおかしくはないか。

 だが、そこで女王陛下が話に入り、


「違うぞ、悪いのはラントペリーではなく、ルネーザンスの阿呆どもじゃっ。奴らは、奴らこそはっ、このロア王国が芸術分野で長らく後れをとった諸悪の根源っ……!」


 と、憎々しげに言った。


「ルネーザンス公爵家は、芸術家の保護に熱心な家なんだ」


 と、バルバストル侯爵が説明を続ける。


「芸術家の保護ですか。しかし、陛下のお言葉だと、彼らは国内の芸術の進歩を邪魔している?」

「そう。ルネーザンス家は絵の好みにうるさすぎるんだ。ルネーザンス家は、彼らの推奨する〝正しい絵画〟しか認めない。彼らの理想とする絵を描く画家を支援して、その絵を王国内に広めようとしている」

「ふむふむ」

「彼らの理想に反する絵を描いた画家は、大っぴらに非難された。大公爵家に気に入らないと言われてしまえば、他の貴族たちもルネーザンス家の顔色をうかがってその画家に仕事を依頼しなくなる。そうやって、ルネーザンス家は新しい表現をしようとする画家の芽を摘んでしまっていたんだ」

「なるほど」


 新しいことをしようとすると権力者にバッシングされて、画家が委縮してしまい、ロア王国内で芸術が発展しなくなったのか。ん? でも、俺の絵は何で今まで何も言われなかったんだろう?


「……そんな中で、なぜ俺は今まで無事だったのでしょうか?」

「レヴィントン女公爵が早期に味方についていたからだろうね。ルネーザンス家も大貴族同士の衝突を恐れて多少は遠慮していた。君が初期に描いていたのが、劇場で売る役者の版画や磁器の絵付けなど、ルネーザンス家が考える芸術作品に入らないものだったことも幸いしたと思う」

「ふむ……」


 俺、シルヴィアに守られてたのか。

 それと、ルネーザンス家は役者絵や磁器の絵付けという新しい物を芸術作品だとそもそも見なしていなかった。俺がそういう絵を描いても新手の商人の金稼ぎ程度に思われていたのかもしれない。


 そういえば、前世でも、昭和の頃の漫画家とかは、芸術家と見なされていなくて大人の世界では無名だったと聞いたことがあるな。それが、漫画やアニメが売れに売れて、芸術家分野の長者番付の一位を漫画家がとって、突如無名の画家が出てきたと偉いさんたちが大騒ぎになったとか。


「だが、君がノルト王国に行っている間、多くの貴族が『国の損失だ』とか『国一番の芸術家が国外に出た』とか言って大騒ぎして、それで今まで意識していなかった人まで、君の名前を知るようになった。最近の君の評価は上がり過ぎて……ルネーザンス家の理想に反する君が、彼らの支援する画家より良い絵を描いていると世間に思われている。ルネーザンス家にとっては苦々しい事態だ」

「うっ……なるほど……」


 俺は頭を抱えた。

 参ったな。俺は絵を描くのは好きだけど、芸術家として評価してほしいというのとはちょっとズレているから、そのまま放っておいてくれたらよかったのだけど。


「それでね、ルネーザンス公爵の孫が、若くて血気盛んな人なんだけど、一度ラントペリー男爵と話がしたいと言ってきているんだ」

「……マジですか」


 それ、会いに行って、俺、無事に帰ってこれるのか?


「詳しく言うと、私がそうするように公爵の孫を誘導した。私の祖母はルネーザンス公爵家の出で、今の公爵は私の大伯父にあたるんだ。彼らを内側から動かして、ルネーザンス家の凝り固まった考えを、そろそろ変えてやろうかと思っている」

「な……なるほど」


 ルネーザンス家が俺以外の画家にも害を与えているのなら、対策する必要がある。バルバストル侯爵が動くのは良いことだ。……俺を巻き込まないで欲しいけど。


 だが、バルバストル侯爵は俺に黒い笑みを浮かべ、


「天才画家の君には、ロア王国の芸術の発展に貢献してもらわなきゃね。芸術界の発展を阻害するルネーザンス家の奇妙なこだわりに付き合い続けられるほど、ロア王国は大国じゃないんだ」


 と言った。


「そうじゃそうじゃ! ルネーザンスの者たちは、国内で好きにあーだこーだ我が儘を言っておればよいがの、そのせいで、余が、余がっ、外国の王侯貴族どもから芋い女王と評されるのじゃぞ。芋じゃぞ、芋、余のどこが芋じゃおのれぇぇぇぇぇぇっ!」


 女王陛下はそう言って、ポテチをボリボリと食べた。

 陛下、芋、好きですよね。


「そういうわけで、協力してもらうよ、ラントペリー男爵」

「え、いや……大公爵家のメンツを潰すような行動は、とても……」

「心配しないで。私も動くし、陛下も君の味方だ。……思いきり君の意見をぶつけてくれ」

「うっ……お手柔らかにお願いします」


 バルバストル侯爵に押し切られ、俺は後日、彼と一緒にルネーザンス公爵邸を訪問することになるのだった。

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