映えるお菓子2

 ダニエルとパフェの制作を初めて数日後。

 シルヴィアが、俺の家に大きな箱を持ってやってきた。


「この前一緒に行ったレヴィントン領の漁村から、アレンにどうぞって」


 箱の中には大量のスルメが入っていた。

 レヴィントン領の漁村では、定期的にクラーケンが侵入し、それを退治するときに眷属の小さなイカもたくさん獲っていた。それを干してスルメにしたのだ。


「ありがとう~。いっぱいあるね」


 従業員に配ってもなお余りそうだ。


「最近は王都に頻繁に売りにきていて、村人たちがいっぱい持ってくるのよ」

「へえ~」


 応接室でそんなことを話していると、扉がノックされて、ダニエルがお菓子を持って入ってきた。


「ダニエル、ありがとう」


 彼の後ろには、妹のフランセットもくっついていた。


「シルヴィア様~、一緒におやつ食べましょう」


 ダニエルは、妹の分のおやつもこちらに持ってきたらしい。


「坊ちゃんに言われたフルーツパフェの試作品ですよ」


 と言って、ダニエルは三人分のパフェをテーブルに置いた。

 透明なガラスのコップに、色とりどりの果物やアイスクリームが盛り付けられている。


「新作のお菓子? 綺麗ね……」


 シルヴィアはすぐに食べださず、しばらく瞳をキラキラさせてパフェを眺めた。


「シルヴィア様、早く、早くっ」


 隣に座ったフランセットがシルヴィアをせかす。


「そうね。いただきます」


 シルヴィアはアイスクリームを一さじ掬って食べた。


「ん~。見た目が可愛いと味まで特別な感じがするね」


 彼女はパフェを崩さないように少しずつ味わって食べていた。

 一方、我が妹は――。


「お兄ちゃん、これ、最高だよ。お菓子がたくさん、果物もたくさんっ。いろんな味が一気に食べられる。おいしいよ~」


 もしゃもしゃとパフェを食べるのに夢中になっていた。

 その妹を横目に見て、シルヴィアは、


「そうね。かなり大きなお菓子ね」


 と言った。


「ああ、そっか。見た目にこだわるあまり、色んなデコレーションを考えて描いたから……」


 見た目を派手にするためにたくさん飾り付けの果物やアイスクリームを乗せたパフェは、自然と大きくなっていった。


「あ……」


 シルヴィアはもう一度、隣のフランセットを見た。


「あ……」


 俺も気がつく。

 妹がダイエットの煎り豆生活をしたときは、ギャン泣きして大変だったのだ。

 今はそのときより妹も成長したとはいえ、あの悲劇を繰り返してはならない。


 ――パフェの試作の続きは、妹に見つからないようにやって、店の従業員にでも試食してもらおう。



 だが、パフェを気に入った妹の食に対する情熱はすさまじく、俺とダニエルに彼女の要求を拒むことなどできなかった。

 それで、妹の腹まわりは順調に成長していくのだった。



 後日。

 俺は完成したパフェのレシピをデュロン夫人に渡した。


 パフェを気に入った夫人は南方大陸などから珍しい果物を取り寄せ、お抱え料理人にどんどんと目新しいパフェを作らせていった。デュロン夫人の経営するカフェは、珍しいフルーツパフェが食べられる店として、王都で評判になっていった。



 一方、我が家では――。


「アレン、またフランセットを太らせたわね! フランセットはこれから痩せるまで煎り豆生活……いえ、たくさんあるからもったいないし、痩せるまでスルメ生活よ!」


 フランセットが太ったことに気づいた母は、またも大変おかんむりで、妹に痩せるまでおやつはスルメのみの生活を言い渡した。




「ぐずっ……パフェ、パフェ食べたいぃ」


 母に逆らえない妹は、アトリエで俺にくっついて泣き出した。


「ほらほら、スルメも美味しいよ」


 俺は、ダニエルにあぶってもらったスルメの足を妹に食べさせた。

 妹はぐずりながらも、スルメを食べた。


「うう……」

「ほらほら、噛めば噛むほど味が出るよ」


 と言いながら、俺もスルメを食べる。


「うま……」


 正直、俺はパフェよりスルメの方が好きだな。


「ぐずっ……スルメも、美味しいは美味しい」


 フランセットは泣きながらスルメをどんどん食べていた。


「あれ? フランセット、実はスルメ、好きなんじゃないか?」

「スルメは美味しい。でも、甘い物も食べたい」

「そうか」


 妹にとっては、おやつ煎り豆生活よりはスルメの方が耐えやすいようだった。


「ふう。お兄ちゃんがスルメ生活に付き合ってくれるなら我慢する」

「分かったよ。フランセットのお腹がへこむまで、俺もおやつはスルメしか食べないよ」


 俺はそう言って、妹の背中をさすってなだめた。


 ――毎度、妹が太ると大事になるなぁ。


 デュロン夫人の依頼だったとはいえ、パフェは見栄えを重視して大きいものを作り過ぎた。今後はもっと小さなおやつにしよう。


 ――次はどんなお菓子が良いかな?


 そんなことをのんびりと考えていた日の夕暮れ。

 バルバストル侯爵から手紙が届いて、俺は翌日、王宮に呼びだされることとなった。

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