第7章 天才画家、論争を呼ぶ
映えるお菓子1
その日、俺はデュロン伯爵邸で、デュロン夫人とお茶を飲みながら、劇場で販売するグッズの話をしていた。
「……以上になります」
「今回も全部素敵だったわ。特に、主役の女優の絵が良いわね。いつもありがとう、アレン君」
「こちらこそ、お世話になっております、デュロン夫人」
俺は新作グッズのサンプルをデュロン夫人に見せて、ひと通りの説明を終えた。
すると、夫人は世間話のように、俺に尋ねた。
「そういえば、アレン君の経営するカフェ、最近調子はどう?」
「カフェですか? そうですね。お蔭様で毎日満席近くお客さんが入ってくださっていますよ」
「そう。アレン君のお店は、劇場前だけかしら?」
「劇場前と、王都の商業区のラントペリー商会本店にも、小さなカフェと持ち帰りのお菓子を売る店を併設しています」
俺は以前にコーヒーを広めるために、デュロン劇場前にカフェを作っていた。その後、カフェのメニューが人気になったので、ラントペリー商会本店にも客寄せ目的で、小さなカフェを併設した。どちらも、経営は順調だ。
「そうなのね……」
「カフェに、何か問題がありましたか?」
俺はデュロン夫人にも、カフェ経営のノウハウを伝えていて、夫人の経営するカフェもデュロン劇場前にあった。
カフェが二つ並んでいるわけだけど、観劇を終えたお客さんが住み分けして利用しているので、特にお客さんを取り合ってどうこうというような問題は起きていないはずだった。
「んー、順調は順調なんだけど、最近、物足りなくなってきたのよね」
「物足りない?」
「カフェのメニュー、アレン君が希望者にレシピを配ったでしょ? 皆それを参考に作るから、どの店も同じようになっているのよね」
「あー……」
俺はコーヒーを普及させるために、カフェに出すお菓子のレシピを希望者に配っていた。受け取った人たちは、そのレシピ通りにお菓子を作って、カフェを始めていた。
――そりゃあ、そろそろ飽きられるか。
「それぞれ工夫して、果物を入れたり、蜂蜜を使ったりしているけど、それだけじゃあ物足りないわ。そろそろ新しいことをした方がいいんじゃないかしら」
「なるほど……」
「もっとこう、視覚に訴えるような、お洒落なお菓子とかあると良いと思うのよ」
「視覚、ですか」
ビジュアルにこだわるの、デュロン夫人らしいなぁ。
そういえば、前世では、写真に撮ってSNSにアップするための、〝映える〟メニューが流行ってたな。俺は美味しければそれでいいと思っていたけど、お菓子の綺麗な見た目を楽しみたいって人も、世間には多いのかもしれない。
「ラントペリー家には天才料理人のダニエルという方がいるのでしょう? ぜひ、新メニューの相談をしたいと思ったの」
「ダニエルですか。あー……」
俺がカフェ用に配ったレシピには、ダニエルの名前をでかでかと載せていた。それで、ダニエルはたくさんの新しいお菓子を開発した謎の天才料理人として、王都で評判になっていたのだ。
――でも、ダニエルは貴族と仕事をするの嫌がるだろうなぁ。
ダニエルにはコミュ障なところがあって、合わない人と仕事をするのが難しいのだった。
「ダニエルは気難しい性格なので、身分の高い人には会わせられないのですよ。私から相談して、レシピをもらってくるのであれば可能ですが」
「それでお願い。ダニエルさんに、見た目の良い目立つお菓子のレシピを、考えていただきたいわ」
「かしこまりました」
俺はデュロン夫人の依頼を受けて、家に帰った。
ラントペリー家の厨房。
ダニエルに、デュロン夫人からの依頼を伝えると、彼は困ったというように首を傾げた。
「坊ちゃんが、俺に見た目の良い物を考えろと言うのは、変ですよ」
「変?」
「だって、視覚芸術は坊ちゃんの得意分野でしょ。俺にできるのは、味を整えることだけですよ」
「あー……」
ダニエルの料理はとても美味しいけど、そういえば、見た目は普通だったなぁ。
いや、目に見えて美味しそうではあるんだけど、お洒落ではないのだ。
とはいえ、前世のSNS映えばかり狙った料理は、ビジュアルのために味が微妙になるのを我慢しているんじゃないかと、俺は疑っていた。だから、ダニエルの作る「こういうのでいいんだよ」って料理こそが、俺にはベストだった。
――でも、デュロン夫人が見た目のインパクトを求める気持ちも分かる。
カフェも増えたし、個性を出していかないと飽きられるだろう。
……見た目に注目が集まりそうなお菓子……パフェとかかな?
フルーツを使った鮮やかなパフェや、大きさでインパクトを与える巨大パフェ、動物やキャラクターの形を模したパフェなど、パフェならビジュアルでインパクトを出しやすい。そういうパフェの絵を、俺が〈神に与えられたセンス〉を使って描けば、注目を集められるかもしれない。
んー、ダニエルなら、俺が絵に描いた派手な見た目のパフェを、この世界で手に入る材料を使って再現してくれそうだ。大まかに、アイスクリームとかチョコレートとか、分かりやすい食材だけメモしておけば大丈夫だろう。
そう思って、俺は何枚かパフェのイラストを描いて、ダニエルに制作を頼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます