レヴィントン前公爵

 シルヴィアのビキニアーマーの衝撃から数カ月。

 夏の盛りのある日。

 俺はレヴィントン公爵領の、領主の城に来ていた。


「結局、男版も見ることになってしまったか」


 俺はシルヴィアの誘いを断り切れず、ビキニアーマーを見るためにレヴィントン領を訪問していた。


 レヴィントン領では、以前に俺とヤーマダさんが中心になって開発した磁器が飛ぶように売れて、かなりの好景気を迎えていた。

 領内に活気が出たことに感謝したレヴィントン家の人たちから、俺に一度遊びに来てほしいという声があがっていたらしい。


 そんなときに、たまたまシルヴィアが、「アレンはビキニアーマーに興味があるらしいのよ」と口を滑らせてしまった。

 結果、『ぜひ我が領のビキニアーマーを見に来てください』となったのだ。


 ……意訳すると、『ビキニアーマーに興味があるんだろ? 見に来いよ』って、割と名誉棄損案件じゃないか?

 いや、皆さん善意なんだろう。……善意だよね?




 そんな訳で、俺はシルヴィアに連れられて、レヴィントン領主城の廊下を歩いていた。


「この部屋よ」


 俺は城の奥にある、日当たりの良い部屋に通された。

 大きな窓のある部屋だ。


「お父様、アレン・ラントペリー男爵を連れてきましたわ」


 窓際の椅子に、五十歳前後の男性が座っていた。前レヴィントン公爵、シルヴィアのお父さんだ。

 俺とシルヴィアが部屋に入ると、彼は少し身体を前傾させただけで、立ち上がるのをやめ、ゆったりとした安楽椅子の背もたれに身体を預けなおした。


「君がアレン君か。話は聞いているよ。陰日向に娘を支えてくれて、ありがとう」


 前公爵は、俺に穏やかに話しかけた。

 会ってみて一番意外だったのは、病弱と聞いていた前公爵が、しっかりした体格をしているように見えたことだった。

 痩せていても、骨格から大きいのだと思う。眼光も鋭く、今でも強そうなイケオジだ。


 実際、若いころにはたくさんの武勲をあげていたそうだ。だが、早熟だった彼は、まだ成長期の途中だったのに無理をして魔力回路を傷めてしまった。それで病気がちになり、娘のシルヴィアに爵位を譲って引退した。


「お初にお目にかかります、レヴィントン前公爵様。アレン・ラントペリーと申します。王家からは、宮廷画家のお役目と、昨年男爵位を頂いております」

「ああ、知っている。君の活躍は、娘からたくさん聞いた。だから、正直、初めて会う気がしないくらいだよ」


 前公爵は穏やかな声で嬉しそうに言った。

 今回の訪問では、ビキニアーマーを見にレヴィントン領の西の海沿いの街まで行く予定だ。ただ、その前に、前公爵からぜひ会いたいという話があって、領主城で一泊することになっていた。




 その日の夜。

 領主城の食堂で、シルヴィアと前公爵と一緒に、夕食をいただいた。同じ食卓につくのは俺の他に――。


「ふわぁ。お兄ちゃん、シャンデリア、キラキラしてるね」

「フランセット、お行儀良くしてよ?」

「分かってるよ。私、ちゃんとマナーの先生の授業を受けてきたんだからね」


 俺の家族まで招待いただいていた。

 さらに、ラントペリー家の料理人のダニエルも一緒に来ていて、レヴィントン家の厨房を見学させてもらっていた。……ダニエルはコミュ障だから、実はフランセットより心配だったりするんだけど。後で様子を確認しておこう。


「公爵様、本日はお招きいただき、ありがとうございました」


 と言って、フランセットは綺麗なお辞儀を披露した。

 妹は俺が男爵になって以降、家庭教師の先生を増やされて、マナーやら教養やら色々勉強させられていた。学習量が増えて可哀そうに思っていたのだけど、彼女はマナーの授業に意外な適性を見せていて、家庭教師の先生から習得が早いと褒められていた。


 その言葉の通り、食事が始まると、フランセットはちゃんとテーブルマナーを守ってご飯を食べ始めた。


「レヴィントン領は王都より海が近いから、魚介類が美味しいのよ」


 と、シルヴィアが言う。

 夕食には、魚のムニエルとかカルパッチョみたいな料理が出てきた。

 王都は海からちょっと距離があるから、普段あまり食べられない魚介類を食べられるのは嬉しいな。さらに――。


「お米……食べるんですね」


 海の幸がたくさん乗ったパエリアみたいな料理まであった。


「ああ、それも珍しいでしょ。ロア王国は米を育てるのに向かない土地が多いんだけど、たまたまレヴィントン領の一部でだけは育てられるのよ」


 おぉ、そうなのか。

 久しぶりにお米を食べられるって、いいなぁ。日本のお米とは多分種類が違って粘り気が少ないけど、これはこれで美味しかった。


「お米……」


 マナーの先生に教わった通りに食べたいフランセットは、ちょっとパニックになってたけどね。横でシルヴィアが、


「フランセットちゃん、えっとね、こうやって、フォークですくってみて。やりにくかったら、フォークを右手に持ち替えてもいいからね」


 と、教えながら一緒に食べていた。

 美味しいご飯に夢中になっていると、前公爵が話しかけてきた。


「君が娘の力になってくれて、娘も助かったが、私も救われた。最近は悩むことが減って、以前より身体の調子の良い日が増えたんだ」


 前公爵はシルヴィアに爵位を譲って引退できたことで、プレッシャーから解放されて体調がよくなっていたそうだ。


「それは良かったです。シルヴィア様の努力があってこそうまくいったのだと思いますが、私も僅かでもお役に立てたのであれば嬉しいです」

「ふふ、君は本当に謙虚だな。頼りない娘だと思うが、これからも支えてくれ」


 と言って、前公爵は俺に向かって頭を下げた。


「頭をおあげください。私などに、もったいない」

「いや。実は、娘から聞いているんだ。娘とプライベートで話すときは、とっくに敬語をやめて友人のようになっているんだろう? 私とも、もっと気楽に話してくれ」

「えぇ!?」


 向かいの席で、シルヴィアがごめんというように手を合わせていた。彼女はパパに割となんでも話しちゃうみたいだ。

 でも、その後もスムーズに会話は続き、強面に見えていた前公爵と俺は、意外と打ち解けて話すことができた。

 シルヴィアと親子だからだろうか。彼女と話し方が似ている気がした。


「――魔物との戦いに興味があるのか。そうだな、私が倒したのだと、一つ目のサイクロプス、ワイバーン……ああ、なるほど、魔物の見た目が知りたいのか。そうだな……」


 前公爵からは、俺が見たことのない魔物の話を聞くことができた。

 これ、覚えて帰って絵に描いたら、良い画題になりそうだな。

 そんな感じで領主城で一泊し、俺はレヴィントン領西の海辺の街へ向かった。

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