ノルト王宮の天井画3
ヨキアム陛下が退出した後、俺は少しだけシルヴィアと話す機会を持てた。
「大変なことになったね、シルヴィア」
「そうねぇ。断るわけにいかなかったから受けたけど、厄介なことを言われたわ」
「断れないものなの?」
「昔の物語とかの王侯貴族ってね、『面白い魔物がいるんだ。ひと狩りいこうぜ』みたいな誘いで、さっと討伐に行くのがカッコイイって美学があったのよ」
シルヴィアはそう言って苦笑いした。
「美学……」
「魔物の多かった時代は、討伐経験者の案内で、倒したことのない魔物と安全に戦える経験って貴重だったから、誘われた方もメリットが大きくて。それで、わざわざ遠くの魔物を倒す遠征に出て、お付きの文官に自分の活躍を記録させて、面白い物語として吟遊詩人に語らせるなんていうのが流行っていたわ」
「そっか。ノルト王国は領内に魔物が多いから、そういう風習が残っていたんだ。でも、シルヴィアがこの国に来たのって、俺のせいだよね? それで、こんな危険な目に遭うなんて……」
俺はしょんぼりと肩を落とした。
「んー、そんなに気にしないで。女王陛下に命じられて、いち早くアレンの顔が見られて、私は嬉しかったし。それに、私、魔物退治は慣れている方なんだ。レヴィントン領は海に面しているから、私は海の魔物とけっこう戦っているんだよ。未開の地に行くわけでもないし、この程度で動揺していたら、レヴィントン公爵なんてやってられないよ」
「そ……そういうものなんだ」
「ただ、現地の魔物の討伐方法を私だけ知らないっていうのが、嫌ではあるなぁ。多分、このままだとノルト国の王侯貴族が活躍するのを後ろで見て『すごいすごい』って言わされる要員にさせられると思うの」
「あー」
後ろにいれば危険はないけど、レヴィントン公爵としての体面を守るには、討伐である程度戦った方がいいのか。
「討伐に行く先の魔物の特徴とか、今から調べられないの?」
「こういう情報って、貴族や王族とかが握っているものなの。交渉して教えてもらうことはできるだろうけど、三日後っていうのが……。先方は私を連れてくだけで、後ろで見学させておきたいだろうしね」
「そうか……」
参ったな。これは、俺をロア王国に取られたヨキアム陛下の八つ当たりなのか?
……いや、ヨキアム陛下は国内貴族の統制に苦労している。多分、外国の有力者の前で自分の優位を見せて、国内貴族にアピールしたいんだろうな。けど、それを甘んじてシルヴィアが受け入れるわけにもいかない。レヴィントン家だって、武門の家なのだ。
「俺も、ラントペリー本家の伝手を使って、魔物の情報を調べてみる」
「お願い。正直、私だとノルト王国にあまり伝手がなくて」
「わかった。とにかくギリギリまで情報を集めてみよう」
「うん」
そういうわけで、俺は急いでラントペリー本家に戻って、グラース伯父さんたちに聞いてみることにした。
◇ ◇ ◇
家に戻ると、本家の皆が迎えてくれた。
「改装のお披露目、うまくいった?」
「陛下の反応はどうだった?」
ハンナとエドガー兄さんに、矢継ぎ早に尋ねられた。
「うん。満足してもらえたよ」
俺が答えると、二人はガッツポーズして喜んだ。
「やっほ~い。俺も方々を走り回った甲斐があったぜ」
「織物工房の職人のスケジュールをあけておいた方がいいわね。これから絶対、タペストリーの注文が入るから」
従兄妹たちは、とてもはしゃいでいた。
「良かった。苦労が報われたな」
と、グラース伯父さんも嬉しそうだった。
「あの、グラース伯父さん、ちょっと尋ねたいことがあるんですけど――」
俺は、グラース伯父さんに魔物討伐のことを話した。
「なるほど、魔物の情報か。私たちは織物が中心の商人で、荒事に縁がないからなぁ」
グラース伯父さんが首を傾げると、ハンナも同意して、
「そうよね。私なんて魔力がほとんどないし、私たちが魔物の討伐の仕方なんて聞いて回ったら、変に思われるかも」
と言った。
「そうですか……」
うーん、ラントペリー家って、ドレスとかをメインで売っている商人だもんなぁ。
「ああ、でも、以前に討伐された魔物の素材なら、ウチの倉庫にもあるんじゃないか? それを見たら、魔物の弱点属性とか、ある程度分かるかもしれないな」
「魔物の素材!」
「そうね。何が使えるか分からないし、ひと通りのサンプルは、ウチの倉庫にあったはずよ」
おお、その素材を俺が絵に描けば、〈神眼〉で情報を取れるな。
俺はすぐにスケッチブックを持って、魔物素材を保管する倉庫に向かった。
《シルバーウルフ
群れで行動する魔物。連携して攻撃してくると強いが、群れの中に臆病な個体が混ざっている確率が高い。出の早いファイアーボールで驚かせて乱れさせると、こちらのペースで戦える》
《ロックゴーレム
物理魔法両方の防御力が高いが、防御力低下の呪詛が効く。デバフで豆腐にして戦うとよい》
俺は〈神眼〉で得た情報を、すぐにシルヴィアに伝えた。
三日後からの遠征で、シルヴィアはしっかりと存在感を示せたようだった。
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