ノルト王宮の天井画2

「こちらになります」


 俺が描いた天井画は、条約の調印などに使われる予定の大広間にあった。

 絵の中では今まさに太陽が昇り、その光に照らされた雲が赤や紫に輝いて、蝶が舞い、小鳥が躍っている。


「素晴らしいな。君に頼んで正解だったよ」


 ヨキアム陛下が満足そうに言った。

 わざわざ俺を指名して描かせた天井画だからね。


 とはいえ、この絵はもともとスピオニア商会が設計したデザインを引き継いで仕上げたものだ。

 ラントペリー商会らしさは、別のところで出していた。


「おや?」


 しばらく俺の天井画を鑑賞していた国王一行は、首が疲れると前を向き直って部屋を見まわした。 

 そこには、天井画と同じ風景の続きが広がっていた。


「これは、タペストリー?」


 タペストリーとは、絵や模様を織り込んだ織物のことで、壁掛けなどに使われる。職人が糸で絵画を表現するのだけど、筆で描く絵と違って、一本一本の糸で細かな形を表現するのには、非常に手間と時間がかかった。とても高価な美術品だ。


 今回の改装でラントペリー商会らしさを出すための俺の秘策が、このタペストリーだった。

 俺が描いた下絵に基づいて、ラントペリー商会の職人たちにタペストリーを織ってもらった。


 極彩色の織物の中で、草花が風に揺れている。泉には睡蓮が浮かび、水面に光と影のコントラストを作っていた。

 精緻な描写は、織物の得意なラントペリー商会だからこそできたことだ。


「素晴らしいな。タペストリーと天井画が繋がって、全体で一つの世界を表現しているのか」


 ヨキアム陛下は、ほうっとため息をついた。


「ここにいるだけで、まるで天界の景色を見晴らせるような、すばらしい部屋だ。客人をもてなすのにふさわしい。素晴らしいものを作ってくれて、ありがとう」

「もったいないお言葉です。ありがとうございます、陛下」


 俺はヨキアム陛下からお褒めの言葉をいただいて、恭しく礼をした。

 よかった。大がかりな予算の掛かった宮殿別館の改装という絶対に失敗の許されない仕事だったし、うまくいってホッとしたよ。


 ゲストのシルヴィアも、目を輝かせて部屋を見回していた。


「私も、素晴らしい部屋を見られて、ノルト王国まで来た甲斐がありました。そして、それを描いたのが、我が国の宮廷画家、ラントペリー男爵であることを誇りに思います」


 シルヴィアがそう言うと、


「レヴィントン公爵、それは違う。アレン・ラントペリーは、我が国の王都で代々織物を扱ってきたラントペリー商会の者だ。たまたまロア王国に商売に出ていたようだが、彼はもともとこの国の人間だ」


 と、ヨキアム陛下は反論した。


「いいえ、陛下。彼はすでにロア王国で男爵位を受け、新たな家を興しました。ゆえに、彼は立派なロア王国の国民です」

「ほう。だが、彼のルーツは変わらない」


 シルヴィアとヨキアム陛下は、バチバチとにらみ合った。

 お……俺なぞのことで、大げさじゃないか?


「アレン・ラントペリー、君はどう思う?」


 と、ヨキアム陛下は俺に尋ねた。

 答えにくいことを聞くなぁ。でも、俺はロア王国に帰るのだ。はっきり言っておこう。


「私の父はロア王国にラントペリー商会を進出させました。私はそれを引き継ぐ身です。さらに、光栄なことにかの地で爵位まで頂きました。私はロア王国に根付き、生涯を終えるつもりです」

「……そうか、惜しいな。我が国であれば爵位など、男爵などとケチケチせずに伯爵位くらい与えてやるのに」


 ヨキアム陛下の言葉に、周囲についていた廷臣や貴族たちがざわついた。

 陛下、本当に与える気がないからって、気前よく言い過ぎだよ。


「ご心配なく! ロア王国の女王陛下は、ラントペリー男爵のことをとても大切にしていらっしゃいます。彼はこれからも我が国で、歴史に残る名画を描き続けることでしょう」


 シルヴィアとヨキアム陛下は、再びバチバチとにらみ合った。


「……ふむ。まあ、どこでどう生きるかは、最終的にはアレン・ラントペリー本人が決めることだ。ここで私がラントペリー男爵を拘束するようなことをすれば、私は世間から暴君の誹りを受けるだろう。――ところで、レヴィントン女公爵よ。レヴィントン公爵家というのは、ロア王国随一の武門の家と聞いていたが、本当か?」


 ヨキアム陛下は、急に話題を変えてシルヴィアに尋ねた。


「その通りでございます、陛下」

「そうか。ロア王国が、国内の最有力貴族、しかも武家の名門を友好使節に派遣してくれたのだ。このまま帰すわけにもいくまい。公爵はご存じかな? 我が国は、ロア王国と違って魔物の領域がまだ残っている」

「はい。伺っております」


 ノルト王国は、王都周辺は昔からある発展した都市だけど、東部に未開発の荒地を大量に抱え込んでいた。ロア王国の何倍もの面積を国土だと主張しているけど、実質半分以上は魔物の領域なのだ。

 これは良い面と悪い面があって、魔物から国民を守るのに多大なコストが掛かるけど、魔物素材を特産品にすることもできていた。


「三日後に、余自ら東部の魔物の討伐に向かう。平和なロア王国にいては、なかなか歯ごたえのある魔物と戦う機会も取れなかろう。どうだ? ともに参加してみないか?」


 と、ヨキアム陛下はシルヴィアを誘った。

 周囲の視線がシルヴィアに集まる。……急に俺からシルヴィアのことに話題が移ったかと思ったら、この空気。試されてる感じだ。


 貴族は名誉を重んじる。

 ヨキアム陛下の提案に、シルヴィアは顔色一つ変えることなく、


「ありがとうございます。我が女王陛下からは、ノルト王国と交流を深めてくるように言付かっております。もちろん参加させていただきます」


 と、即座に彼の提案を受け入れた。

 それに、周囲のノルト貴族たちは「おおっ」と盛り上がった。当事者でない人々はお気楽に、「異国の魔法技術を見るまたとない機会です」なんて言っている。


 しかし、シルヴィアは大変だぞ、これは……。

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