ノルト王宮の天井画1
改装中のノルト王宮別館。
休憩で床に座り込んだ俺は、もう何度も繰り返し見た手紙を、頭上に掲げるようにして読み返していた。
『お兄ちゃんがいなくてさみしい』
「フランセット、字が上手になったね」
俺は天井に向かって独り言を呟き、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
すると、それを見とがめたのか、背後から声がかかる。
「アレン、最近、姿勢がおかしくなっちゃってるよ」
と、ハンナが指摘してきた。
「天井画の作業でね、ずっと上ばかり見てるから。物を見るのに見上げないとピントが合わなくなったんだ」
「何それ……」
天井画を描くのは大変だった。
宮殿の広いホールの天井に直描きして制作する大きな絵画は、ちょっとのことでは劣化しない保存に適したフレスコという技法で描かれていた。
このフレスコ画、生乾きの漆喰に石灰水で溶いた顔料で絵を描くのだけど、漆喰が乾けばそれ以上描くことができなくなる。
そのため、スピード重視で集中力が必要だった。
しかも、天井に描くには足場を組んで、ずっと上を見ながらの作業だ。
「はぁ~、肩が凝る、肩が凝る」
俺は自分の手で肩や首のつけ根をポンポンと叩いた。
「お疲れ様だね」
「うん。でも、もうすぐ終わるよ」
幸いだったのは、スピード重視のフレスコ画は、製作期間を長くとらなくても違和感を持たれないことだった。
「チート能力を駆使して爆速で終わらせてやるんだ!」
「何それ? まあ、頑張ってね」
俺は何とか肩こりに耐えながら、天井画を描き続けた。
◇ ◇ ◇
別館の改装が終わる。
ちょうどそのタイミングで、ノルト王国に外国から使節がやってきた。
その使節のために、新しくなった別館がすぐに利用されることになり、それが、別館お披露目の日になった。
「きちんと中を見てまわるのは私も今日が初めてだ。楽しみだな」
昼下がり、使節を連れたヨキアム陛下が別館にやってきた。
彼の隣にいたのは、思いもかけない女性だった。
「シルヴィア……様!?」
「コホンッ。久しぶりですね、ラントペリー男爵」
久しぶりに会ったシルヴィアは、レースの飾り襟のついたドレスを着て、使節団の先頭に立っていた。
「エスメラルダ女王陛下のご命令を受け、友好使節としてこちらに参りました。帰りは、男爵も私と一緒に戻りましょう」
と、彼女は綺麗にほほ笑んだ。
使節団は特に重要な問題を話し合うために来たのではなく、ただの友好の挨拶だった。……もしかすると、女王陛下が俺を連れ戻すためにシルヴィアを送り込んだのかもしれない。
「……お手数をおかけしました」
「構いません。さあ、あなたが描いたという天井画を早く見せてください」
俺はヨキアム陛下とシルヴィアに、改装したての別館を案内した。
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