天才画家の周辺事情2
アレン・ラントペリー不在の、ロア王国王都。
ある日の夜、とある貴族の屋敷で開かれた夜会に、バルバストル侯爵は参加していた。
モテ男の侯爵の周囲には、可愛らしいご令嬢や美人マダムが集まってくる。彼らとお喋りをしていたとき、
「そういえば、最近、ラントペリー男爵をお見かけしないんですけど、バルバストル侯爵は何かご存じですか?」
と、令嬢の一人が言った。
「ああ、ラントペリー男爵なら、実家の用事でノルト王国に出掛けていますよ」
バルバストル侯爵がそう答えると、周囲の女性たちの表情が変わった。
「それって、大丈夫なんですの?」
「ラントペリー男爵、帰ってこられますよね?」
と、心配する声がいくつもあがった。
「男爵のご両親は今も王都に住んでいますし、彼は跡取り息子ですから、戻ってきますよ」
「そ……そうですわよね」
「でも、ノルト王国にラントペリー男爵を取られないか、やっぱり心配ですわ」
「そうですわよね。早く帰ってきてくださらないかしら」
いつの間にか、アレン・ラントペリーは特に親しくもない女性にまで帰りを待たれることになっていた。
――すごいものだな。
バルバストル侯爵は感心する。
アレン・ラントペリーは、身分としては男爵に過ぎないし、見た目もそれほど目立つわけではない。
ただ、絵が上手いという一点で、彼は突出していた。
どんな分野であろうと、彼ほどの天才を、バルバストル侯爵は他に知らなかった。
――しかも、商人でもあるせいか、この国の貴族にはない発想を持っている。私には思いつかないようなことを平気でやってのける。
貴重な人材だ。
やはり、ノルト王国行きは、もう少し強引にでも止めるべきだったかとバルバストル侯爵は思った。
翌日。
バルバストル侯爵は女王陛下の私室に呼び出されていた。
「お呼びにより参りました、陛下、バルバストルでございます」
「おう、バルバストル侯、よく来てくれたの」
女王陛下は大きなクマの縫いぐるみを抱えて、ソファーで丸くなっていた。
そうすると、王の威厳が全くなくなってしまうのだが、幼さの残る彼女は、何か嫌なことがあるとすぐにクマを抱える癖があった。
「また、何か困ったことが起きましたか?」
このように女王陛下がよく拗ねるのには、ある程度仕方ない面もあった。国内貴族たちはとても元気で、女王陛下にも好き放題意見を言うので大変なのだ。
「ワイト公爵に文句を言われた」
「…………」
――またワイトか!
と、侯爵は心の中で舌打ちした。貴族派筆頭のワイト公爵は、特に女王陛下に対して当たりがきつかった。
「ワイト公爵には、『よくもアレン・ラントペリーを国外に出したな』と言われてしまった。『戻ってこなかったらどうする』と、すごい怒りようじゃ」
女王陛下はしょんぼりして言った。
――またラントペリー……。
バルバストル侯爵は昨日の夜会を思い出した。
アレン・ラントペリーは、いつのまにか国の貴重な財産のようになっていた。
「挙句、普段は国政に何も言ってこないマクレゴン公爵まで、『アレン・ラントペリーが早期に帰国するよう、ノルト王国に働きかけるべき』と言ってきた」
「なんとまあ……」
商人上がりの男爵が一人いなくなっただけで、国内は大騒ぎである。
「たしかに、ラントペリー男爵の帰国は遅れているようですね。ノルト国王から、大きな仕事を受けたという情報が入っております」
「むむむ……やはり、ラントペリーを外に出したのは、余の失政であったか」
クマの縫いぐるみを締め上げるようにして、女王陛下は唸った。
「いえ。ラントペリー男爵の自由を奪うようなことはするべきではありませんでしたよ。陛下が寛容であられるのは、何より大事なことです」
「それは、そうであるが……」
「それに、男爵は必ず帰ってくるでしょう。彼の両親はこの国にいますし、彼女も……」
「あ~……」
そこで、二人は同時に同じ人物の顔を思い浮かべた。
「バルバストル侯、至急、レヴィントン女公爵を呼ぶのじゃ! 彼女に動いてもらうことにしよう」
「はは、かしこまりました」
アレン・ラントペリー奪還に向けて、ロア王国は動き出すのだった。
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