天才画家の周辺事情1

 ラントペリー商会がノルト王宮の別館の改装を始めてしばらく経った頃。

 ハンナ・ラントペリーは、友人から意外なことを聞かされていた。


「アレンが宮殿の侍女にモテている?」

「ええ。彼が絵を描いているところを見ようと仕事をサボる若い侍女が何人もいるらしいの」


 友人は王宮で使う備品を扱う商人で、宮殿の噂話に詳しかった。


「宮殿で、何でアレンが? 宮殿にはもっと身分の高い男性や見た目の良い男性、強い男もたくさんいるのに」

「王宮の別館の改装、ラントペリー商会が受けているでしょ? それで、別館の壁画を、アレン様が描いている」

「うん。大きな壁画から、柱の飾りの小さい絵まで、アレンは速筆だから、一人でたくさん描いてるわね」

「その絵を描いているところを見て、好きになる女の子がいるらしいのよ」

「はあ? 絵がうまいだけでモテる? そんなことあるっけ?」

「それがあったから、驚いているのよ。彼みたいなのを天才って言うんでしょうね。平然とした顔で筆をさーっと走らせるだけで、名画が生み出されていく。その作画風景は圧巻だって評判よ」

「あー……」


 たしかに、ハンナが見ていても、アレンの仕事ぶりはすさまじかった。壁画用のフレスコ画は乾いてしまえば描き足せなくなるため、時間勝負の画法ではあるのだが、いつも迷いなくもの凄い速さで進めてしまうのだ。


「歴史に名を残す画家になるのはほぼ間違いないでしょう。それで、厚かましい侍女は色紙を持って、彼にサインをくれと言いに行ったらしいの。そうしたら、彼、その侍女の似顔絵をささっと色紙にそえてサインしてくれたんだって。その似顔絵が、まあ、本人そっくりなんだけど、少しだけ美人に描いていて、貰った侍女はもうメロメロになってたわ」


「うわ……」


 ハンナは頭を抱えた。

 従兄弟の性格上、下心もなにもなく、相手が喜ぶようにさらっと描いただけなのだろう。だが、そんなことを続けていると、悪い虫がついてしまいそうだ。


「……ちょっと気をつけてアレンのこと見るようにするわ」

「うん、それがいいよ」


 ハンナは友人からの忠告を受けて、何度も頷いていた。




 アレンが宮殿で絵を描いていると、ポンっと肩を叩かれた。


「ハンナ、どうしたの?」

「差し入れ、持ってきたよ」

「ありがとう。なんか最近、よく見にきてくれるよね」

「あーまあ、ウチの大事な天才画家様ですから」


 と言って、ハンナはアレンにくっつくようにして、また肩をポンポン叩いた。


「近いよ、ハンナ。絵具つくよ?」

「えー、つけたら怒るからね」

「理不尽だな、もう」


 ハンナは頻繁にアレンにスキンシップをとっていた。


 ――従兄妹とはいえ、あんまりくっつくのは良くないって言った方がいいのかなぁ。


 ハンナのふわふわの髪の毛が頬に触れるのに、アレンは少しドキドキする。その髪質は、彼の妹のフランセットにそっくりだった。


 ――フランセットも将来こんな感じになるのかな。あの子もスキンシップが激しいし、年頃になってもこんなじゃ、危ないかもしれない。


「ハンナ、あんまり異性に近づくと、勘違いされて変な虫がつくよ。気をつけなよ」


 アレンが注意すると、ハンナは何とも言えない顔をして彼を見つめ返した。


「あー、うん、そだね。私は人を選んでるから、大丈夫だよ」


 そう言って、彼女は今度はアレンの髪の毛をポンポンと撫でるのだった。

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