東の王3

 ヨキアム陛下の肖像画を完成させて、俺はノルト王宮へ納品に行った。

 宮殿の広間に、国王を中心に、貴族や廷臣たちが何人も集まって、お披露目会のような場が作られていた。


「こちらになります」


 先に預けていた大型の絵にビロードの覆いをかけて、宮殿の使用人たちが三人がかりで慎重に俺の絵を運んできた。

 覆いを外すのは、俺の役目らしい。俺は仰々しく布を取り払って、正面の陛下に彼の肖像画を見せた。


「おぉ……」


 肖像画の中のヨキアム陛下は、高い位置からこちらを見下ろしていた。


「騎竜か。なるほど、考えたな」


 ヨキアム陛下の肖像画の問題点は、体格の良い先代国王の隣に置かれることだった。それなら、陛下を何かに乗せて体型を比べられなくすればいい。

 騎竜は、国王の強さを示すのにも良い演出になった。


「斬新ですなぁ。これは、陛下が春の祝祭で魔法花火を披露されたときの絵ですか?」

「はい。あの花火は実際に見て、印象深かったですので」


 絵の中の国王の周囲の空は、魔法花火の赤や黄色の光で色づいていた。

 周囲の肖像画とのバランスもあるから、あまり派手な蛍光色みたいな色は使えなかったけど、魔法花火で照らされた夜空の幻想的なグラデーションは、最新の顔料を使わないと出せない色だ。それで新しもの好きという陛下の好みにも寄せてみた。


「見事なものだな。重厚感と新しさが共存している」


 ヨキアム陛下は満足そうに俺の絵を見て言った。


「素晴らしい作品だ。これほどの腕を持つ画家に出会ったのだ。肖像画を描かせるだけではもったいない」

「え?」

「秘書官よ、改修した別館の一部の作業が滞っておったな」

「はい。外交使節の滞在用に、予算をかけて王宮の別館を改装しておりましたが、一部の内装を請け負っていたスピオニア商会がスキャンダルを起こし、天井や壁が白いままになっております」


 スピオニア商会? どっかで聞いたような……あっ!

 王妃様のドレスのデザインをパクってきた奴らだ。

 あの後、爺ちゃんがスピオニア商会の悪評を広めたんだったよな。


「スピオニア商会、目をかけてやっていたというのに、王都で商人同士の小競り合いに負けたようだ。争った商人を罰するつもりはないが、穴埋めは必要であろうなぁ」


 うわっ……。爺ちゃんの過剰ざまぁが巡り巡って王宮の改装工事を止めていたのかよ。ヤバいじゃないか。


「あの内装の続きは、ラントペリー商会に任せるのが良いのではないか? とても優秀な画家を抱えた商会であるから」

「おお、よいお考えです。スピオニアが中断した内装部分、ラントペリー商会に依頼いたしましょう」


 なんてこった……これ、断るの無理だ。

 下手なことをすれば本家が危ない。

 俺、そろそろ家に帰りたいんだけどなぁ。


 俺はふと、出国前に女王陛下やバルバストル侯爵と話していたことを思い出した。


『……君はあまり分かってないみたいだけどね。王侯貴族にとってどんな芸術家を抱えているかっていうのは、重大事なんだよ。外交上の、見栄の張り合いだね』


 ハァ。なんだか本当に、このままズルズルとノルト王国に引き留められる気がしてきたぞ。



   ◇ ◇ ◇



 ヨキアム陛下から受けた依頼は、外交使節をもてなすための王宮別館の改修工事の仕上げだった。

 俺はグラース伯父さんとエドガー兄さん、ハンナと共に、現場の確認をした。


「ほとんど完成しているのね」


 建物の中を見回しながら、ハンナが言った。

 痛んだ柱や壁の修復は終わっており、後は内装を整えるだけという状態だった。


「そもそも服や調度品を扱うラントペリー商会に、建築の依頼が回ってくるわけがないからな。建物の内装や調度品を揃えてくれという依頼だ」

「それに、白い壁の装飾ですね。まあ、これはアレンにやってくれっていう指名依頼みたいなものかな」


 と、エドガー兄さんが俺を見て言った。


「元からある家具も一部使われる。修理にまわっている分は、王宮から書類をいただいているから、一件ずつ引継ぎにまわるつもりだ」


 グラース伯父さんは腕を組んで、「これは大仕事だな」と小さくつぶやいた。


「だいぶん面倒くさい仕事ですよね。でもこれ、爺ちゃんの後始末みたいなもんだし」

「諦めろ。こういうのは適切に対処しておかないと、変なところで逆恨みされたら――」

「……はい」


 エドガー兄さんはガックリと肩を落とした。


「これはもうアレンに期待するしかないわね。後始末ばかりの面倒な仕事だけど、アレンがすごい天井画を描いてくれれば、それがずっと王宮に残って、ついでにラントペリーの名前も刻まれるのよ。お願い、アレン、名画を描いてちょうだい!」

「えぇっ!?」


 項垂れるグラース伯父さんとエドガー兄さんを見て不安になったのか、ハンナが急に俺に縋りついてきた。


「ハンナ、アレンに余計なプレッシャーをかけるな。……とはいえ、この仕事はアレンに頼る部分が大きいのも確かだなぁ」


 グラース伯父さんまで、俺に期待の視線を向けてくる。

 うーん、参ったなぁ。でも、とりあえず――。


「あの、それなんですけど、改装についてちょっとアイデアがあるんです」

「アイデア?」


 ヨキアム陛下がこの依頼をラントペリー商会に出したのは、改修した大部屋の天井画を、俺に描かせたかったからだと皆思っている。でも、俺が絵を描くだけで無難に済ますのはもったいない。せっかくだから、ラントペリー商会らしさを出したものにしたい。

 そう思って、俺は自分の考えを二人に伝えた。


「――いいな、それ。ぜひやろう」


 そう言って、従兄妹と伯父は大きく頷いた。


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