東の王1
春の祝祭の夜、王宮の庭は人でごった返していた。
魔法の照明が周囲を照らす立食パーティー。
俺とハンナは会場の隅っこで豪華な料理を食べながら、マイペースに来場客を眺めていた。
「招待状が希少って言われていたわりに人が多いんだね」
庭にひしめく人の数を見ると、簡単に参加できそうに思えてくる。
「なんだかんだ、世の中に自称セレブっていっぱいいるものなのよ」
「あー……」
「もう少し詳しく言うとね、ノルト王国は国内の魔物の討伐がまだ完了していないから、地方で力を持っている貴族や、魔物討伐で活躍してセレブになる人が多いの」
「ふむ、国の面積が大きいもんね」
「うん。雨が少なかったり寒すぎたりで、人口はあまりいないんだけど」
ノルト王国は、この王都周辺は昔からある発展した都市だけど、東部に未開発の荒地をかなり抱えていた。そのため、伝統的な貴族も成り上がりの有力者も、どちらも多いらしい。
高級商品を売るウチみたいな商会にとっては、お客さんがたくさんいて有り難いことだけどね。
そんな話をしていると、遠くで何かアナウンスする声が流れて、周囲の人々が一斉に上空を見上げだした。
「……メインイベントが始まるわ」
と、ハンナが言う。
夜空に、数々の魔法花火が打ち上がりだした。
魔法花火は、前世の花火とLEDイルミネーションを合わせたような魔法の出し物で、俺もロア王国の祭りで披露したことがあった。
「豪華だね。空一面、花火で塗りつぶしてるみたいだ」
「この魔法花火は規模が大きいから、王宮の外からも見られるの。お爺ちゃんたちも家から見ているはずよ」
魔法花火は国を問わず、この世界の人々にとって人気の娯楽のようだった。
「ロア王国でも魔法花火の上がる日は王宮前の大通りに人が集まっていたよ」
「そうなんだね。まあ、花火はどこにでもあるし。……ふふ、でも、次の出し物にはびっくりすると思うわよ」
と、ハンナが言うやいなや、周囲からワッと歓声があがった。
空に、大きな翼を持った生き物の影が浮かんでいた。
「えっ!? でかっ……」
コウモリみたいな羽に蜥蜴のような尻尾を持つ巨大な生き物の黒い影が空に浮かぶ。
「ワイバーン。ノルト国の東側の荒野から捕まえてきたやつよ」
「へぇ……すごいね」
訓練された竜に人が乗って飛行しているらしい。
竜の上から魔法が放たれ、竜が移動した軌跡に、赤や青の光の線が続いた。……なんか前世のテレビで見たブルーイ〇パルスのスモークみたいだ。
騎竜は王宮の空を旋回すると、俺たちのいる庭の中央に設けられたステージに降り立った。
周囲から拍手と歓声が沸き起こる。
「ずいぶん派手な演出だね」
このために大きなステージまで用意して。
「そりゃそうよ、あの竜に乗っていたのが、国王陛下だもの」
「へ……マジ?」
「マジマジ。新しい国王陛下ってね、もとは東部の開拓地で魔物を討伐して鳴らした人物なのよ」
「へぇ。すごいね」
「うん、すごい。ただ、彼が辺境にいたのは、本当は国王になる予定じゃなかったからなんだけど」
「どういうこと?」
「えっとね……」
ハンナは周囲を見回す。舞台上に陛下があがったことで盛り上がった人々には、こちらの小声の会話は聞こえそうになかった。
「陛下は先代国王から傍流に当たるの。ただ、少し前に王都で流行り病があって、先代王や王位継承権の高かった王子が亡くなってしまって、急に彼に王位がまわってきたのよ」
「そうだったんだ……」
「もともと王位に就く予定がなかったから、辺境で魔物討伐軍を率いていたときは、けっこう無茶していたって話。だから、最近の王族の中では圧倒的に武勲が多い人なのよ」
「へえ~」
なるほど。それで、騎竜に乗ってあんなパフォーマンスができたのか。
竜から降りた国王陛下は、王妃様と数名の従者を連れて、パーティー会場を歩き回りだした。
来場客に一人ずつ声をかけているようだ。
「こっちに来られることも考えて、ちょっと観察しておこうか」
俺は転生して良くなった視力を駆使して、国王夫妻の様子を見守ることにした。
王は来場客に近づくと、それぞれに合った会話を二、三往復して回っている。よく見ると、後ろの従者が来場客の情報を王に細かく伝えているようだ。……気遣い王だな。
竜に乗ってかっこいいパフォーマンスをした直後の王に、若い来場客は興奮気味であった。だが、年配になるほど、その態度はそっけなくなっている。
……何でだろう。礼儀を失しているわけではないけど、貴族たちの多くは、あまり王を敬う心を持っていないように見えた。
「ねぇ、国王夫妻に対する周囲の反応って、意外と醒めてるもんだね」
俺はハンナにこっそりと尋ねてみた。
貴族って、王様に対してこんなにドライなものなのだろうか。
「地方領主と国王の力関係の微妙な綱引きね。地元の基盤の強い貴族には、形式上は王に従っていても、心からへりくだりはしないっていうプライドがあるのよ」
ふーむ。
相手に必要以上の敬意を示せば、それだけ相手を優位に立たせてしまうという考えなのかな。
「特に傍流から出た現陛下は、貴族の掌握に苦労しているみたいね」
「そっか」
前世の学校で〝絶対王政〟みたいな言葉を習っていたから、王権ってもっと強いものだと思っていた。でも、こっちの世界の王様は意外と大変そうだ。エスメラルダ女王陛下もワイト公爵たち貴族派に押されていたし。
そんなことを考えている内にも時間は進み、すぐ近くまで国王夫妻がやってきていた。
国王陛下の視線がこちらを向く。
後ろにいた秘書っぽい人が俺たちの経歴を説明しようとするのを手で制して、王はこちらに歩み寄った。
「ロア王国のラントペリー男爵だな」
「はい。陛下にお目通りでき光栄です。ご招待ありがとうございました」
そう言って、俺は昨日たくさん練習したこの国式のお辞儀を披露した。
「ラントペリー男爵のデザインしたドレスは見事でしたわ。今着ているの、似合うかしら?」
と、王妃様が俺に言った。
「ありがとうございます。とてもお似合いです」
「ありがとう」
王妃様はニコニコして言った。
これで会話は終わりかなと思ったんだけど、さらに続けて陛下が、
「この場ではあまり時間がとれず残念だ。せっかく国外の有名画家が来ているのだ。できれば仕事を依頼したい。後日、私の肖像画を描きにきてほしい」
と言い出した。
「は……はい、かしこまりました」
そろそろ帰国しようかと思ってたんだけど、ここで断ったら本家に迷惑がかかるよなぁ。肖像画一枚くらいなら、そんなに時間はかからないか。……エスメラルダ女王陛下みたいに、巨大キャンバスとか持ち出されないといいけど。
「ご依頼ありがとうございます」
「ああ、頼んだぞ」
そう言うと、国王夫妻は次の客のところへ向かっていった。
「すごい。アレン、陛下の肖像画を描くの?」
「うん。そうみたいだね……」
後日、ノルト王宮から正式な依頼状がラントペリー本家に届いて、俺は東の国の王、ヨキアム陛下の肖像画を描くことになった。
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