布に絵を描く3

 俺のドレスが王妃様に納品された日の夕暮れ、上機嫌のグラース伯父さんとエドガー兄さんが王宮から帰ってきた。


「やったぞ。王妃様はアレンのドレスを一番気に入られた!」

「おお、やりましたね、グラース伯父さん」


 俺のドレスはかなり斬新なものだったけど、無事に王妃様に受け入れられたようだった。


「ああ。それと、元のドレスのデザインを盗んだスパイも見つけられたぞ。そこから、スピオニア商会の不正の証拠も集められた。アレンのお蔭で、ラントペリー商会に被害を出さずにこの件を片付けられそうだ」

「それは良かったです」


 俺が答えると、エドガー兄さんが俺の肩に腕をまわして、


「ありがとうな、アレン。お前がノルト王国に来てくれていて命拾いしたよ」


 と言った。


「うんうん。アレンがいなかったらと思うとゾッとするわ。ありがとう、アレン」


 一緒にいたハンナにも礼を言われた。

 エドガー兄さんはさらに、


「結果的に被害は出なかったけど、今回の件、スピオニア商会をこのままにはしておけないな。お爺ちゃんもだいぶ怒っていたし、これからは、こっちがやり返すぞ」


 と、黒い笑みを浮かべて言った。……怖いなぁ。スピオニア商会を放置はできないし、制裁は必要なのかもしれないけど。


「エドガー、あまり悪そうな顔をするな。お前が悪徳商人みたいになったら困る。スピオニア商会の件は、お爺様が片付けるおつもりだ。……お爺様も妙にはりきって復讐しそうで怖いのだが。――まあ、それより、アレンはロア王国の有名人だったのだな?」


 と、グラース伯父さんに問われた。


「一応、そうかもしれません。ロア王国でラントペリー商会を広めているうちに、名前を知られるようになっていたので」


 劇場の版画とかワインのラベルとか、大量生産するものに俺の絵を使ったからね。


「ノルト王国の王侯貴族にも、アレンの噂が届いていたようなんだ。ドレスをデザインしたのがアレンだと伝えると、お前を春の祝祭の王宮に招待すると、招待状をもらった」


 と、グラース伯父さんは俺に豪華な装飾の入った封筒を見せた。

 それを受け取ると、ハンナが寄ってきて、


「わぁ、ウチに春の祝祭の招待状が来るのって、お爺ちゃんの還暦以来じゃない?」


 と、俺の手元の封筒に興味津々に顔を近づけた。


「……俺は詳しく知らないんですけど、重要な夜会なんですか?」

「ああ。ノルト王国で一番招待状を手に入れにくい会なんだよ」

「へえ~」


 そんな場に俺が出て大丈夫かな。ロア王国のパーティーには何度も参加して慣れてきたけど、作法の違いを確認しておかないと。


「夜会は普通、男女ペアで参加する。アレンとハンナで行ってきたらどうだ?」

「私も!? いいの?」


 ハンナは瞳をキラキラさせて俺を見た。


「俺はノルト王国のマナーに自信がないから、ぜひフォローしてくれると助かる。よろしくね、ハンナ」

「任せて。うわぁ、すっごく楽しみだなぁ」


 ハンナはとても嬉しそうだった。


「そうと決まれば、アレンのスーツを用意しなくちゃね。アレンの持ってきた服じゃ、王家の夜会に出るのには十分じゃないし。大至急、最高級の夜会服を用意するわよ」


 そう言うと、ハンナは店の奥へと走っていった。


「あまり目立たないものを頼むよ~」


 と、俺はハンナの背中に声をかけておいた。


「そう緊張しなくても大丈夫だろ。夜会では王族や身分の高い人々に注目が集まるもんだし、端のほうで美味い飯を食っとけばいいさ」

「ありがとう、エドガー兄さん」

「ひとまず、今日はアレンのドレスを王妃様が気に入られたお祝いをしような」

「はい。お爺ちゃんにも早く伝えてあげましょう」


 仲の良い親戚に囲まれて、その日俺はいつもより少し豪華な夕食をとった。

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