布に絵を描く1

 本家に滞在して数日、俺は街の工業区にあるラントペリー商会の施設を訪れていた。

 広い工房の中、たくさんの職人さんがキビキビと働いて、糸を染めて布を織っている。


「ロア王国で販売していたドレスの生地も、ここで作られていたんだね」


 屋外で糸を染める職人さんたちは、たまに魔法を使っているのが異世界らしかった。風魔法でクセのある染料の匂いを飛ばしているそうだ。


「ノルト王国は絹織物の産地だから。材料のシルクスパイダーを飼育できる環境は限られていて、貴族が喜ぶ高級スパイダーシルクはだいたいノルト国産なのよ」


 と、得意げにハンナが言った。

 彼女の解説つきで、俺は広い工房を見学してまわっていた。


「特殊な織り方とか変わった染料とか、地方に行かないと見られないものもあるけど、大体の技術はここに集まっているのよ。ここは研究施設でもあるから」

「へえ~。すごいね」

「技術を盗みに来る奴もいるから、気をつけないといけないのよ。でも、アレンには全部見せてあげる」


 ニコッと笑って、ハンナは俺を工房の中の一つの建物の中に招き入れた。

 部屋の中にはたくさんの織り機が置かれ、職人さんたちがカシャンカシャンとリズミカルな音を立てて布を織っていた。


「すごいなぁ。これだけ腕のある職人を抱えた工房、織物の盛んなノルト王国でもそうそうないでしょ」

「ふふん。ウチの生地で作るドレスはすごいのよ。品質はノルト王国でもトップクラス」

「うんうん。俺も、ロア王国でドレスの販売を手伝っていたからよく知っているよ。生地が良いから、シンプルなドレスでもすごく見栄えがするよね」

「そうなの、そうなのよ!」


 ハンナは俺の手を握ってキャッキャと喜んだ。


 ――フランセットに似て、ハンナもスキンシップが多いよなぁ。


 妹はともかく、年頃の従姉妹が俺にべたべた触ってくるのは、どうなんだろう。嫌ではないし、何か言って気まずくなるのも……あー、もうっ。


「そうだ、今はちょうどねぇ、面白い物がここに置いてあるんだわ。ウチの最高機密なんだけど……」

「最高機密?」


 ハンナはふふっと笑って工房の奥へと進んでいった。


「ドレスの縫製は商業区の店舗に近いところで普段はやってるんだけど、そっちだと秘密が漏れる恐れがあるから。ここは大事な商品の隠し場所でもあるんだ」


 と言って、彼女は鍵付きの部屋の分厚い扉を開いた。


「おおっ!」


 そこには、とても豪華なドレスが置かれていた。

 繊細な白い花が織り出された生地に、キラキラと輝く小さな宝石や真珠が細かく縫い付けられている。


「すごいドレスだね。誰が着るものなの?」

「この国の王妃様よ。最近代替わりした国王夫妻が初めて執り行う春の祝祭で着られる予定のものなの」

「なるほど。だから、気合の入った豪華なドレスなんだね」


 ノルト王国の国王は、最近代替わりしていたらしい。

 新国王が即位すると社交界の雰囲気がガラッと変わることもあるから、高級衣類を扱うラントペリー商会にとっては、今が重要な時期と言えた。


「重要な祝祭のドレスの依頼を受けるなんて、やっぱ本家のラントペリー商会はすごいね」


 俺たちのロア王国支店にも、最近は上流貴族からの注文がたくさん入るようになったけど、まだまだ本家の規模には及ばない。


「それが、そうでもないのよ。実はね、王妃様のドレスを作るのは、ウチの商会だけじゃないの」

「どういうこと?」

「王妃様は、ノルト国の名だたる商会全てにドレスを発注したのよ。商会を競わせるためにね。全ての商会に機会を与えて、その実力を見るつもりなの。祝祭の夜は長いし、お色直しで何着かは着られるだろうけど、中には一度も袖を通されないドレスも出てくるでしょうね」

「うわ……それは、シビアだね」

「うん。まあ、ウチには確かな実力があるから、むしろチャンスだと思っているわ。ここで王妃様のお気に入りになって、ラントペリー商会が新国王の治世での覇権を握るんだ」


 と、ハンナは自信満々に言った。


「そうだね。ウチの生地の品質の良さに勝てる商会なんてないよ」

「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」


 誇らしげなハンナと一緒にドレスを眺めていると、俺にはムクムクと創作意欲が湧いてきていた。


 ――そういえば、布に直接絵を描いてドレスを作ってもいいんだよな。


 前世で俺の婆ちゃんが、旅行先で着物の絵付け体験をしたと聞いたことがあった。婆ちゃんが言うには、昔の日本の着物には、画家が直接絵を描いたものがたくさんあったらしい。

 他にも、文化祭のような機会に、自分で絵を描いてオリジナルのTシャツなど作った経験のある人もいるんじゃないかな。


 せっかく絵の才能を持って転生したのだ。色んなものを作ってみたい。

 そうだな……たとえば、オリジナルの絵付けしたドレスを、シルヴィアへのお土産に持って帰ったら喜ばれそうだ。


「ねぇ、ハンナ、白い生地に直接絵を描いてドレスを作ることって、できるかな?」

「布に絵を描くの? ……そうね。ウチは絹織物が中心だけど、以前に南方大陸の商人と技術交流をして、派手な絵の描かれた綿布を輸入したことがあるの。さっきも言ったけど、この工房は研究施設でもあるから、そういう技術も記録して残してあるわ」

「おお。それじゃあ、やってみてもいいかな?」

「そうだね。アレンって、ロア王国では有名な画家なんでしょ? 実験的にやってみるのは、今後の商会の発展のためにも良いかもしれないわね」

「良かった。それじゃあ、白い生地と染料を用意してもらえるかな?」

「いいよ。私もできるだけ手伝うね」

「ありがとう、頼りにしている」


 よし。そうと決まれば、まず始めに……。

 俺はスケッチブックに前世で見た着物を思い出して描いてみた。


《手描き友禅

 白生地に手描きして絵を描くように布を染める技法。糊を使うのが特徴で、染料のにじみを防ぐ》


 ざっと描いた絵では、いつも以上に雑な説明が出た。思い出せるだけ絵に描いて、情報を集めながら実験していこう。

 それで、〈弘法は筆を選ばず〉スキルで強引に進めて、ハンナの力も借りて頑張るぞ。


 俺はハンナと本家の職人さんたちに協力してもらって、シルヴィアへのお土産ドレスを制作していった。

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