第6章 天才画家争奪戦

東の国のラントペリー本家1

 ある日、夕食の席で父が俺に言った。


「東のラントペリー本家から手紙が届いた。お爺様がアレンに会いたがっているらしい」

「本家のお爺ちゃんが?」

「ああ。お爺様は少し前に風邪をひいてな。ただの風邪なのに回復が遅く、老いを感じたそうだ。それで、『死ぬ前に立派になった孫の顔を見たい』と言いだしたらしい」

「お爺ちゃん……」


 俺は、長らく手紙でしかやり取りのなかった祖父のことを思った。

 俺の祖父は、ラントペリー本家の当主で、東のノルト王国という国に住んでいた。


 ラントペリー商会というのは、もともと東の国が発祥なのだ。それが拡大して外国にも進出するようになり、父はここロア王国で、ラントペリー商会の事業を始めていた。

 ウチで扱っているドレスの生地は、全て東の本家から仕入れていたし、他の商品も多くが東の国産だ。


 ロア王国のラントペリー商会は、東の本家と連携することで成り立っていた。

 父がロア王国に基盤を築くまでの間、赤字続きの事業を支援していたのも、東の国にある本家だ。


「お兄ちゃんは、お爺ちゃんに会いに行くの?」


 妹のフランセットが俺を見て言った。


「そうだなぁ……」


 俺は考える。

 この家から東の本家まで行くと、往復で一カ月くらいかかる長旅になる。でも、道中は重要な通商路になっていて、厳重に警備されているから、危険はそんなにない。


「行った方がいいですよね、父さん?」

「そうだな。本家との関係を考えると、断らない方がいいだろう。大変な旅になるが、行ってくれるか?」

「はい。……分かりました。久しぶりにお爺ちゃんの顔を見てきます」


 俺が答えると、


「長旅になるわね。アレン、画家の仕事の依頼も詰まっていたでしょ。空けられる?」


 と、母が言った。


「あー、しばらく準備すれば、何とか」


 俺には大量の絵の依頼が来ているから、旅に出る時間を作るのは大変だ。

 でも、家の商売のことを考えたら、本家との繋がりをおろそかにはできない。


「本家の、お爺ちゃんの頼みを無視するわけにはいかないでしょう。今受けている仕事を整理でき次第、出発することにします」


 そういうわけで、俺はラントペリー本家がある東の国、ノルト王国まで旅することになった。



   ◇ ◇ ◇



 東の国への出発前、俺はレヴィントン公爵邸に挨拶に向かった。

 シルヴィアはいつも俺の家に遊びに来てくれて仲良くしているから。何も言わずに出るわけにはいかないだろう。


 応接間に通されて待っていると、シルヴィアが部屋に入ってきた。


「お待たせ、アレン。来てくれて嬉しいわ。珍しいわね、アレンが自分からこの屋敷に来るなんて」

「実はちょっと、シルヴィアに伝えておかないといけないことができて――」


 俺はシルヴィアに、ラントペリー本家のある東の国へ出掛けることを伝えた。


「……ノルト王国の王都にラントペリー商会の本家があるんだけど、行って帰ってくるだけで一カ月はかかるから、しばらく会えなくなりそうなんだ」

「そ……そうなんだ。帰っては、来るんだよね?」


 シルヴィアは不安げにこちらを見つめて言った。


「もちろん、帰ってくるよ。俺はロア王国のラントペリー商会の跡取りだし。ただ、本家との連携も大事だから、行かないわけにもいかないんだ」

「そっか……」


 シルヴィアは自分の腕をギュっと握りしめた。


「そんな寂しそうにしないでよ。今生の別れじゃあるまいし。最近は国境の魔物の討伐も完了して、道中の警備体制もしっかりしてるし。無事に帰ってくるって」

「うん。本当に、帰ってきてよ?」

「もちろんさ。お土産たくさん持って帰るから、期待してね」


 俺は自分の胸をポンと叩いて言った。


 もともとウチは東の国からたくさん商品を仕入れている商人なのだ。向こうに着いたら、シルヴィアに合いそうなものを大量に仕入れて持って帰ってあげよう。



   ◇ ◇ ◇



 シルヴィアに出掛ける挨拶をし、旅の準備を始めて数日後、俺はバルバストル侯爵に呼び出されて王宮にいた。


「君が国外に出るつもりだと聞いてね。どういうことか説明してもらおうか?」


 王宮にあるバルバストル侯爵の執務室。

 侯爵と女王陛下が厳しい表情で俺を見ていた。


 ――あれ、何か大事になってないか?


「人材の流出は防がねばならぬからの。特に芸術分野でロア王国は遅れていると、国際会議で馬鹿にされたこともあるのだぞ。やっと我が国に出た歴史に名を残しそうな天才画家を、てんっっさいをっ、よそに持っていかれてたまるかっ!」


 と、女王陛下が熱弁する。


「ですが、ラントペリー家はもともと東の国発祥でして……」

「ノルト王国に帰ると申すか!?」

「いいえ。ただ、祖父が顔を見せに来いと手紙で言ってきたので、会いに行くだけです」

「むぅ……戻ってくる意志はあるのだな」

「はい、もちろん。私はロア王国のラントペリー商会の跡取りですので」

「そうか……」


 女王陛下はホッとしたような表情になった。だが、


「アレン・ラントペリーがこちらに戻ってくるつもりであっても、先方で引き留められる可能性もあります。芸術狂いのノルト貴族が莫大な報酬で引き抜きをかけることも考えておかないと」


 と、バルバストル侯爵がさらに言い立ててきた。


「いえ、俺は四歳のときにこの国に来たので、生活スタイルとかこっちに馴染んでるんです。親しい人もいますし、ちゃんと戻ってきますよ」

「むぅ、親しい人。やはり男を引き留めるのはレヴィントン女公爵のような乳のでかい女か」

「陛下、それは色々と飛躍した偏見かと……」


 何を言い出すんだ、この女王は。


「ラントペリー男爵に今はその気がなくとも、ノルト王国が本気で勧誘すれば、名誉に釣られるという可能性もあります。歴史あるノルト王国の貴族爵位などで釣られれば……」

「むむっ。余は伯爵位までなら出すぞ! アレン・ラントペリーの流出を防ぐためなら、頭でっかちのワイト一派も文句を言うまい」


 ちょっと陛下、何言っちゃってんの!? そんな面倒な地位、要らないって。


「ふむ。いざというときに備えて、根回しを始めておきましょうか」

「いえいえ、必要ないですよ、バルバストル侯爵。ちゃんと帰ってきますから」


 何で俺程度のことにこんな偉い人たちが騒いでいるんだよ。


「……君はあまり分かってないみたいだけどね。王侯貴族にとって、どんな芸術家を抱えているかっていうのは、重大事なんだよ。外交上の、見栄の張り合いだね」

「はあ……」


 見栄、か。

 んー、前世でも、日本のアニメが世界で人気とか、日本の歌が海外チャートにランクインとかを喜ぶ人って多かったし、そういうのが重要視されてるってことかな。

 それでいうと、オリンピックのメダルが何個かみたいなのを気にするのも、同じ心情なのかもしれない。権力者のワンマンな国ほど、国の予算でスポーツ選手を強化していて、メダリストへの褒賞が豪華だった。もしかすると、王様が統治するような国では、そういうタレントへの執着が強くなるのかもしれない。


「ラントペリーよ、必ず戻ってくるのじゃぞ」

「はい、もちろんです」


 真剣な女王陛下の見送りを受けて、俺は東のノルト王国へと旅立つのだった。

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