彼女の好きな人形3

 武術大会決勝の翌日を、俺は休みにしていた。

 アトリエの机に座ってボーっとする。


 俺とルパーカさんの展示は、闘技場を訪れた人々にも好評だった。

 ルパーカさんは訪れた貴族から新たな注文を受けて、マクレゴン領に行ってもフィギュアの制作を続けるそうだ。


 宣伝のポスターや展示、シルヴィアの活動もあって、その年の王国武術大会は、例年以上の盛り上がりを見せることができた。


「頑張った結果が出て、良かったなぁ」


 俺は机に突っ伏して呟いた。


「お兄ちゃん、いる?」


 そこで、フランセットが部屋に入ってきた。


「暇なら遊んでよ、お兄ちゃん」


 妹は俺が今日休みなことを知ってやって来たらしい。


「いいよ。何して遊ぶ?」

「うんとね、お兄ちゃん、器用でしょ? ミユちゃんのお友達、作って欲しい」


 フランセットはそう言って、俺の前にウサギの縫いぐるみを差し出した。


 ――ウサギ……ぐぬぬぬ……。


 白いウサギの縫いぐるみを前に、俺は一昨日の敗北を思い出して歯がみした。


「お兄ちゃん?」

「あ、いや。お兄ちゃん、裁縫が得意ってわけでは……」

「えー、以前に刺繍してくれたとき、すっごく上手だったじゃない」

「あーそれは……」


 平面に描く刺繍は、〈弘法筆を選ばず〉スキルでチートできたからなぁ。

 でも、刺繍ができたんだから、うまくやれば縫いぐるみも作れるだろうか。それなら、昨日のウサギフィギュアへの個人的なリベンジになるけど……。


「分かった、作ろう」


 俺はウサギの縫いぐるみを作ってみることにした。


「まずは、型紙だな」


 俺は大きな白い紙を用意した。

 型紙なら平面だ。〈弘法筆を選ばず〉スキルが適用される。型紙をきっちり作ってしまえば、縫うのが下手でも何とかなるだろう。

 俺はチートを利用して、ささっと正確な型紙を作った。


「これに合わせて布を裁断して……」


 そうして、俺は作業を進めた。


「……あれ? 布が綺麗に切れない、ギザギザに……」

「……縫い目が歪むなぁ。真っ直ぐにならないぞ……」

「綿を入れて……ウサギの耳が変な方向に曲がる……」



 縫い上がったウサギは、ふにゃふにゃして不細工だった。


「お兄ちゃん、これ、ウサギ?」

「う……いや、まだ完成していないよ」


 俺は、刺繍なら上手にできるんだ。目鼻を可愛く入れれば少しはマシになるだろう。


「顔をつけて……そうだ! 足元に肉球も入れよう。ハート形にして……これでだいぶ可愛くなったはずだ」


 縫いぐるみは顔を入れると何とか見れるようになった。だが――。


「お兄ちゃん、ウサギさんに肉球はないよ」

「何だってぇっ!?」


 ウサギに肉球はなかったらしい。変なものを付けてしまった。


「うう、やってしまった」


 俺はガックリと肩を落とした。

 そのとき、メイドのエイミーが部屋に入ってきた。


「アレン様、お客様です。シルヴィア様がいらっしゃいました」

「分かった。客間だよね、すぐに行く」

「いえ、こちらにいらしています」

「え?」


 振り返ると、アトリエのドアの前にシルヴィアが立っていた。


「フランセットちゃんと遊んでいるって聞いたから。中断させたら悪いかなと思って」

「ああ、いらっしゃい。散らかってるけど、どうぞ」

「お邪魔します」


 シルヴィアはアトリエに入ってきた。


「シルヴィア様、いらっしゃいませ」

「フランセットちゃん、こんにちは。何をしていたの?」

「えっと、お兄ちゃんにウサギの縫いぐるみを作ってもらっていました」

「縫いぐるみ? アレン、お裁縫までできたの?」

「いや、やってみたんだけど、失敗で――」

「見せて!」

「あ、いや……」


 俺はとっさに縫いぐるみを身体の後ろに隠した。だが、シルヴィアは回り込んで俺の手から縫いぐるみを取り上げた。


「ちょっと、シルヴィア!」

「おお、これ、アレンが作ったの?」

「……うん。初めてだから、下手くそだろ? ウサギに肉球はないらしいし」

「初めて……」


 シルヴィアはジッと手元の縫いぐるみを見た。


「欲しい!」

「へ?」

「ダメ! これは、私が作ってもらったんだよ」


 とっさにフランセットがシルヴィアから縫いぐるみを取り上げてしまった。


「こら、フランセット! お客様に失礼なことをするんじゃありません」

「だってぇ……」


 フランセットは縫いぐるみをギュッと胸に抱いている。


「ああ、ごめんね、フランセットちゃん。そっか、フランセットちゃんのか……」


 と、シルヴィアはとても残念そうに言った。


「こんな変な縫いぐるみ、欲しがらなくても……」

「だって、アレンの初めて……」


 ボソリとシルヴィアが言う。


「何だって?」

「ううん。手作り、味があって素敵だよ」

「そうかな? そんなに言ってくれるなら、もう一個作ろうか?」

「本当? 作ってくれる?」


 シルヴィアは目を輝かせた。


「そんなに喜ぶ? 分かった、作るよ」

「やった、ありがとう」


 嬉しそうにするシルヴィアの隣で、俺は二つ目の縫いぐるみの制作に取り掛かった。


「――よし、今度は肉球つけないぞ」

「えー、あった方が可愛いよ」

「いや、本物には付いてないんだって……」


 そんなことを話している内に、俺はここ最近ムキになっていた気持ちが晴れて、スッと楽になる気がしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る