埋もれた才能3

 それから、一時間ほど試合を観たところで、俺は先に席を立った。


「ふう~。ごめんね、途中で帰っちゃって」


 予選は丸一日続くので、さすがに全部は見きれない。

 目当ての選手の試合が終わると、俺は家に帰ることにした。


 静かに席を立って、会場の外へ向かう。


「途中まで送るわ」


 と、シルヴィアも俺についてきてくれた。

 会場盛り上げ役のシルヴィアだが、試合は朝から晩までぶっ通しの長丁場なので、途中で多少席を外しても構わないことになっていた。


「ふぅ。ずっと座りっぱなしはキツかったわね」


 と言って、彼女はグッと伸びをした。

 チャイナドレスでそれをやると、なかなかのセクシーポーズ……げふんげふんっ。



 闘技場のアーチ状の出入り口をくぐって外に出ると、俺の耳に激しく口論する声が聞こえてきた。


「そんな、急に何でそんなことを言うんだよ!? 一緒に村を出てきた仲間だろ!」

「うるさい、何度も言わせるな! ルパーカ、お前はパーティーから追放だっ!」


 ……へ?


 闘技場前の広場で、イケメンっぽい金髪の冒険者が、別の男性を突き飛ばしていた。

 イケメンの左右には、剣士風の女と魔法使い風の女がくっついている。どちらも肌の露出が激しい服装だ。


 一方の突き飛ばされた男性には見覚えがあった。――さっき試合に出ていたアルパカさんだ!


「武術大会の予選一回戦で負けるような弱者は、このパーティーに必要ないんだよ」


 イケメンは蔑んだ目で、馬鹿にしたようにアルパカさんに吐き捨てる。


「ぐっ……」


 アルパカさんは倒れたまま拳を握りしめた。


「一緒に村から出たよしみで今までパーティーに入れてやっていたがな、実力のない奴はこれ以上置いておけないんだ」

「ほんと、私もルパーカがいなくなってくれたら清々するわ」

「ルパーカ、嫌……」


 イケメン側についた女性二人がアルパカさんに追い打ちをかけた。


「そんなこと言うなよ! 一緒に村を出て、皆で成り上がろうって誓ったじゃないか!」

「うるさい!」


 イケメンはさらにアルパカさんを蹴った。


「うっ、痛っ、やめて……」


 奴は一方的にアルパカさんに殴る蹴るの暴力を振るった。


「ちょっと、何やってるのよ!」


 シルヴィアは見ていられず、咄嗟に助けに入った。


「何だてめぇ? 関係ねーやつが入ってくんな――って、ええぇぇぇっ!?」


 オラついていた男は、シルヴィアを見て目を丸くした。

 そりゃ、チャイナドレス着た美女が突然目の前に現れたら、そうなるかぁ。


「暴力はダメでしょ。一方的に人を殴って」

「……あ、はい」


 奴はピタッと動きを止めて、急に大人しくなった。彼はシルヴィアをジロジロと見て、鼻の下を伸ばしている。遠目で誤認してたな。近くで見ると彼はイケメンではない。〝ぬりかべ〟みたいな顔だ。


「ちょっと、クロード」

「なに他の女に見惚れてるのよ」

「もう、行くわよ、クロード!」


 男の態度に腹を立てた取り巻き女性二人が、強引に彼を引っ張った。


「うお、おい、何するんだよ! 引っ張るなって。俺はまだルパーカに言ってやることがあるんだ。……って、力……強いなお前ら……」

「もう行くわよ! とにかくこの場から離れるわよ!」

「ガチ美女の隣に並んで公開処刑とかされてたまるか。さっさとずらかるのっ!」


 女性二人の力技で、ぬりかべたちはどこかへ去っていった。



「……何これ、どういう状況?」


 後には俺とシルヴィア、アルパカさんの三人が残される。


「うぅ……」

「大丈夫ですか?」


 俺は、とりあえずアルパカさんを助け起こした。


「ありがとうございます。あなた方は……?」

「俺は、アレン・ラントペリーと言います。こちらの女性はシルヴィア様です」


 これ以上アルパカさんを混乱させたら悪いので、俺はひとまずシルヴィアの身分を伝えずに名乗った。


「アレンさんとシルヴィア様……オラはルパーカと言います」

「ルパーカさん、初めまして。……さっきの人たちは?」

「オラのパーティーメンバーです。オラたちは東の田舎の村出身で、幼馴染で冒険者パーティーを組んで村を出たんです」

「冒険者……」


 冒険者か。前世で見てきたファンタジー作品の定番職業だ。

 この世界にはちょっとファンタジーが入っているけど、俺がいるロア王国周辺では、危険な魔物の討伐が完了している。俺の身近で、魔物との命がけのバトルなどは行われていなかった。でも、辺境へ行けばまだまだ未知の世界が広がっている。

 だから、文字通りの冒険者や探検家なんかも存在した。


 ただ、多分ルパーカさんがやっていた冒険者というのは、もうちょっと緩いものだ。少し強めの魔物が生き残っている地方や、意図的に残されたダンジョンなどに行って、貴重な素材になる魔物を狩っていたのだと思う。

 良い獲物が狩れると一攫千金を狙えるから、跡取りでない農家の子どもなどで冒険者を目指す人は多いそうだ。


「幼馴染と一緒に田舎を出たけど、クロードと女の子二人がイチャイチャするようになって、オラの居場所がなくなって……武術大会で負けたことで、クロードはついにオラと縁を切ると言い出しました」

「なるほど」

「酷い話ね」


 ルパーカさんの事情を聞いて、シルヴィアが憤った。


「……でも、クロードのパーティーを出たら、オラは仕事がなくなってしまいます。貯金もないし……何とか謝りに行かなきゃ」


 他に選択肢がないというように、ルパーカさんは言った。

 俺とシルヴィアは顔を見合わせる。


 優秀な土魔法使いに仕事がない? 何か変だぞ。


 初対面の部外者が口をはさむような内容ではないが、このまま行かせるのはまずい気がした。


「ちょっと待ってください」


 俺はルパーカさんを引き留めた。

 前世であれば深入りできず見逃したところだけど、今の俺には〈神眼〉が使える。


「慌てて動いてもいいことはありませんよ。えーっと……」


 俺はその場で〈メモ帳〉を開いた。さっき、海坊主選手のスケッチをしたときに、対戦相手のルパーカさんも描いていたのだ。


《ルパーカ 十九歳 冒険者

 冒険者パーティーを追放された男。土魔法が得意。彼の元パーティーリーダーは、冒険の報酬を自分勝手に分配しており、ルパーカには正当な報酬が支払われていない。ルパーカが頭を下げれば元のパーティーに戻れるが、搾取が続くだけである》


 ああ、やっぱり騙されてる! ルパーカさんを元のパーティーに戻しちゃいけないな。


「な……なんですか? 今、視線が中空で変な動きをしていたように見えたんですけど?」

「あははは……俺、考え事をするとき、ちょっと変な癖が出るんです。――ところで、さっきの男のあなたへの態度は、傍目にもかなり酷いものでしたよ。あのような者と縁を切れるなら、切ってしまった方がよいように思うのですが……」


 俺がズバッと切り込むと、ルパーカさんは俯いた。


「でも、オラ一人じゃ何もできねぇ……パーティーを出てしまったら、仕事がなくなります。貯金もないし、今日泊まる場所さえ……」


 俺とシルヴィアは再び顔を見合わせた。


「泊まる場所なら、私の屋敷の空いている使用人部屋を貸してあげるわ」

「え?」


 シルヴィアは困っているルパーカさんを放っておけなくなったらしい。大貴族の彼女が面倒をみるなら心強いな。っていうか、そもそも優秀な土魔法使いがここまで困っているのがおかしいのだけど。


「じゃあ、俺も仕事を頼もうかな。ちょうど、土魔法が得意な人を探していたんだ」


 フィギュアの制作、土魔法使いに頼むのは難しいと思っていたけど。いい機会だし、俺はルパーカさんに依頼してみることにした。

 うまくいってローデリック様に買い取ってもらえたら、ルパーカさんの貯金を一気に増やすこともできそうだしね。

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