埋もれた才能2

 武術大会は、王都の一等地にある専用の闘技場で、毎年開催されている。

 御前試合となる決勝戦は特に注目が集まり、王都の人々にとって、一年に一度の楽しみとなっていた。

 一方、予選には、誰でもエントリーできるため面白くない試合も多く、例年だと客席がスカスカという日もあった。


 しかし、今年は初戦から熱気が違った。


 コロシアムのような会場の中央に、赤いチャイナドレスを着た美女が立っている。

 リングを囲む観客皆の視線が、彼女に注がれていた。


「――それでは、これより王国武術大会、予選二日目の試合を開催します」


 彼女がそう宣言すると、会場中から拍手が起こり、参加者たちが「うぉーっ」と歓声をあげた。


「まさか本当に着てくれるとは……」


 各試合の要所要所で舞台に上がって挨拶をするシルヴィアは、運営から「とにかく目立ってくれ」と頼まれていた。そこで、舞台映えする派手な衣装を、ラントペリー商会が用意することになった。


 ――ほんの出来心だったんだけどなぁ。


 俺は衣装のデザイン画をたくさん描いて、その中に、半ば冗談のつもりでセクシーチャイナドレスを紛れ込ませていた。

 赤いチャイナドレスに、首からピンクの羽で作ったストールをかけた絵だ。

 それを店の女性陣が予想外に気に入って、本当に作ってしまった。


 ロングスリットのチャイナドレスから、シルヴィアの長い脚がのぞいている。

 美人で強いレヴィントン女公爵は、闘技場で大人気だった。


 予選を盛り上げるため、シルヴィアは毎日闘技場で挨拶して、全試合を観戦することになっている。――思ったより大変そうだ。


「ふぅ、ただいまー」

「おかえり~」


 舞台から戻ってきたシルヴィアが俺の隣の席に着く。

 カトゥーさんとサトゥーさんが用意してくれた席は特等席だったけど、同時に他の観客から俺たちも見られる位置にあった。

 今も、ちらほらと周囲の視線を感じる。俺じゃなくてシルヴィアを見ているんだろうけど。


「アレンのポスター、好評だったみたいね。今年はお客さんが増えたって、カトゥーさんが喜んでいたわよ」

「いやいや、ほとんどシルヴィアの手柄だと思うよ」


 予選が始まる前、俺は武術大会を告知するポスターを描いて、それを各所に張ってアピールしていた。

 そのポスターの効果かシルヴィア人気か、例年よりお客さんは確実に増えていた。


「ともかく、盛り上がってて良かった。俺も引き続き頑張らないと」


 そう言って、俺は大きなスケッチブックを取り出した。


「選手の絵を描くの?」

「うん。各試合の注目選手を描いて、それを印刷してポスターとか〝ちらし〟とか、色々作るんだ。決勝戦では、会場の入り口に俺の作品を展示するスペースも作ることにもなってて。そのためにも、たくさんスケッチしておくんだ」

「お~、ずいぶんやる気だね」

「うん、なんか楽しくて」


 転生してから美女の絵ばかり描いてきたけど、筋骨隆々の戦士が戦う姿を描くのも面白かった。


「今日はサトゥーさんから有望選手の情報を聞いて来たんだ。その人たちを中心に描くつもり」

「へえ~、後でスケッチブックを見せてね」


 などと話している内に、試合が始まる。

 目当ての選手が出るまで、しばらく無名選手の戦いが続いた。


 ガキンッ!

 出場者の剣と剣が激しくぶつかる音が聞こえる。

 間近で見る試合は大迫力だった。

 激しい魔法の打ち合いから肉弾戦まで、異世界の戦い方は様々だ。


「うお~」

「いけーっ!」


 リングに上がってくる選手たちは、見た目も派手で独特な人が多かった。

 今も、世紀末モヒカンみたいな大男が、相手選手を宙へと投げ飛ばしていた。


「アタタタタタタタタ」


 彼は間髪入れず、弾丸のような拳を対戦相手に叩きつけた。


「わ~」


 パチパチパチ……。

 大技を繰り出した選手に、観客は惜しみなく拍手を送っていた。


「お、次の選手は要チェックの人だ」


 何試合が見た後で、サトゥーさんに教えられた有望選手の番がきた。


「坊主頭の彼ね。たしかに強そうだわ」


 と、シルヴィアが言う。

 現れたのは、某漫画に出てくる海坊主のような、非常に体格の良い選手だった。


「相手次第では、初戦からハイレベルな試合になりそうね」


 彼の対戦相手も、大柄な選手だった。まだ若く装備は地味だが、体格はがっしりしている。こっちはかなり毛量が多く、茶色の巻き毛で目が半分隠れていた。……ちょっと動物のアルパカに似ているかも。


「海坊主VSアルパカか。面白そうだな」

「え? アレン、何か言った?」

「いや、何でもないよ……」


 変なこと呟いてしまった。

 俺は誤魔化すようにスケッチブックのページをめくった。


 試合が開始される。


「アースバレット!」


 アルパカ選手は土魔法中心で戦うらしい。全方位から土の弾丸を飛ばし、いくつもの土の玉を正確に操作していた。


「ふんっ! そんなものは効かん!」


 だが、頑丈な海坊主選手は、それらを全て撥ね退ける。

 アルパカ選手はさらに、海坊主選手の足元に泥沼を作りだしたり、土煙で目隠しをしたり、多彩な攻撃をしてみせた。


 しかし、海坊主選手の力の前に、小手先の技は次々と破られていく。

 見た目にはどちらもがっしりして強そうに見える二人だが、実際のパワーにはかなりの差があったらしい。


「そりゃあっ!」

「ぐっ……」


 海坊主選手に投げ飛ばされて、アルパカ選手はリング外に放り出されてしまった。

 海坊主選手の勝利に観客は盛り上がり、喝采を送った。


「うおぉぉぉぉ」

「よくやった」

「まず一勝!」


 注目選手の海坊主が期待通りの動きをしたことに、観客は満足しているようだった。


「…………」


 だが、シルヴィアだけは顎に手を当てて何か考えている様子だ。


「どうしたの? シルヴィア」

「いえ、負けてしまったけど、彼の土魔法はかなりの腕だったなと」

「そうなの?」

「うん。バラバラの土の塊を自由自在に動かしていたでしょ。あれは実際にやろうと思うとかなり難しいわよ」

「そうなんだ。あっさり負けたように見えたけど」

「うーん、見た目はパワータイプだけど、実際は少ない魔力で効率的に多彩な攻撃をする、器用さで戦うタイプだったからね。本当に魔力も筋力も強い実力者相手にはどうにもならなかったんじゃないかしら」

「器用な土魔法……」


 なんか最近、そんな人材を探していたような……。

 いや、面識も何もない人に、いきなり「美少女フィギュアを作りましょう!」なんて依頼できるわけないか。……試合に集中しよう。

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