お茶くみ人形4

 王都の外れ。

 煉瓦造りのこぢんまりとした建物の前に、俺は来ていた。


「アレンさん、いらっしゃいませ」

「お久しぶりです、ヤーマダさん」


 ここにヤーマダさんの研究室があるらしい。

 彼に迎えられて、俺は家の中に入った。


「良い家ですね。庭付きで……」

「ええ、仲間たちとお金を出し合って手に入れた家です。人気のないエリアの古い建物とはいえ、王都でこの広さは頑張りましたよ。実験をしていると、ちょっと危険な薬剤とかも扱うので、庭が欲しかったんですよね」

「危険な薬剤……」

「庭があれば、変な実験をして爆発とかしても、余所様に迷惑をかけなくていいかなーなんて、思ったんですよ」

「爆発……?」


 えー、なにそれ。


「あ、大丈夫ですよ。保管しているだけで爆発するような物はないはずですから……たぶん」

「たぶん……」

「はっはっは。まあ、錬金術師と言っても、我々にも常識はありますから、そんな危険なことはしてないですよ。それに、大きな家があるお蔭で、色々と物を置いておけて便利なんです。それで、私の保管品の中にありましたよ、アレンさんがお探しの物」

「おお、そうなのですか?」

「はい、こちらです」


 そう言って、ヤーマダさんは一つの部屋の扉を開いた。

 中には、たくさんの石や粘土、珍しい外国の磁器などが置かれていた。


「ここは、ヤーマダさんが集めた物を置かれている部屋ですか?」

「ええ。それで、おそらく、アレンさんが探しているのは、これだと思います」


 と言って、ヤーマダさんは棚から光沢のある白いプラスチックのかたまりのようなものを取り出して、俺に見せてくれた。


「スライム粘土です。スライムの核を粉にしたものと、スライムの粘液を混ぜてあります」

「スライム……」


 魔物素材か。この国では国内の凶悪生物は全部駆除されたけど、スライム程度は田舎に行けばわんさかいるらしいもんなぁ。


「錬金術師が作る粘土なので、一般にはあまり知られていない物です。扱いも難しいですし」

「もしかして、爆発するとか……」

「いやあ、そんな恐ろしいことは起きないですよ。ただ、魔力を通さないと形を変えられないんです」

「ああ、それで、見た感じが粘土と違うんですね」


 ヤーマダさんの持っているスライム粘土は、見た目には粘土のような粘っこさがなかった。魔力を通すと柔らかくなるらしい。


「スライム粘土で思い通りの形を作るのは、けっこう難しいですよ。土魔法が得意な人だと向いていますが」

「なるほど」


 俺は絵具の顔料の調整でいつも土魔法を使っているから、適性はある方なのかな。


「やってみてもいいですか?」

「はい、どうぞ。この粘土は差し上げますよ」

「ありがとうございます」


 俺はその場で、スライム粘土に魔力を通してみた。


「おぉっ」


 魔力を流している間、スライム粘土はぐにゃぐにゃに曲げたり伸ばしたりできるようになった。しかし――。


「けっこう魔力を吸い取られますね」

「ええ。ですので扱える人は限られます」


 俺は何とか人型っぽい手足のある形を作ってみたが、それだけで自分の魔力の半分くらいを消費していた。魔力は寝たら回復するとはいえ、これはきつい。


「魔力には限りがあるから、手早くやらないと難しそうですね」

「そうですね。自由に形を作れて便利なんですけど、魔力が豊富でしかも土魔法が得意な人でないと扱えないです。その上、製造も錬金術師が魔力を流して行うので、かなりの高級品ですよ」

「おぉ、そんな高価なものだったのですか。これ、頂いてしまって良かったのですか?」


 と、俺は手元の粘土を指して言った。


「はい。実はそれ、私が手作りした粘土の余り物なんです。以前に、磁器の製法が分からなかったときに、スライム粘土も候補に入れて試したことがあって。ただ、制作が大変すぎて実用化できる価格の物が作れず……スライム粘土の実験で、私、一度破産しかけているんですよ」

「そうだったんですか」


 そういえば、ヤーマダさんは初めて会ったとき、お金がなくて研究を続けられなくなりそうだと言っていたな。スライム粘土で散財していたのか。


「あ、あの、それでですね……実はそのときに自作した粘土の在庫があるんですけど、もしアレンさんが利用されるなら、購入していただけませんかね?」

「え? いいんですか?」

「はい。私、最近の実験で、またお金をたくさん使っておりまして。売れるものなら売りたいなぁと」

「分かりました。ちなみに、お幾らくらいで?」

「えっとですね……」


 俺はヤーマダさんから段ボール二箱分のスライム粘土を購入した。これだけあれば練習し放題だ。

 ……問題は、練習したところで俺にフィギュアが作れるのかだけど。

 〈弘法筆を選ばず〉の補正がない状態での俺の不器用さを考えると……期待薄だ。俺は、前世で散々絵の練習をしても、全く上達しなかった奴なのだ。

 器用な人を見つけて頼む方が早い気がする。


 優秀な土魔法使いにたくさん練習してもらって、良いフィギュアを作ってもらう。……って、予算いくらかかるよ!?


 ローデリック様も土魔法が得意な誰かに、あのお茶くみ人形の制作を頼んだのかな。もしかすると、魔力による制限があるせいで、あれが限界だったのかもしれない。

 うーん、難しい。フィギュア制作は、ここで一旦、保留にしておこうかな。

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