第5章 造形作家

お茶くみ人形1

 マクレゴン公爵家の王都屋敷。


「ご注文の品をお届けにまいりました」

「うわわわぁっ、ありがとう、ラントペリー氏!」


 俺はローデリック様に、レヴィントン家の窯で焼いた新作の磁器セットを届けに来ていた。


 公爵邸の広い応接室で、ローデリック様と彼の妻のセリーヌ様に、持ってきた磁器を見せる。

 二人は以前に俺がお見合い肖像画を描いた人たちだった。特にローデリック様は俺の絵を気に入ってくれていて、俺の作品の熱心なコレクターだ。


「すごい……カップ一つ一つに違う絵が描かれている。繊細でありながら大胆な構図、このお皿の女の子、この世のものとは思えないほどにかわいい!」


 テーブルに置かれた磁器のカップに顔を近づけ、ローデリック様は真剣な表情で俺の絵付けを確認していった。

 彼に注文されたのは、以前に俺が自分用に描いていたアニメ美少女風のイラストの入ったティーセットだった。


 ……大事なことなのでもう一度言おう。


 アニメ美少女ティーセットである。


「ローデリック公子、この度はレヴィントン家に大量のご注文、ありがとうございました」


 と、一緒に来ていたシルヴィアがローデリック様に礼を言った。

 彼女とともに開発した磁器は、レヴィントン家の窯で制作し、販売はラントペリー商会が請け負うことになっていた。


 繰り返しになるが、ローデリック様が頼まれたのは、大規模なガーデンパーティーが開ける枚数の茶器、ケーキを取り分ける皿から、軽食を置ける大皿まで含め、全て鮮やかな絵付けと金彩で装飾された豪華な――。


 アニメ美少女ティーセットである。


 ……俺から見ると、アニメのグッズにありそうなキャラマグカップと皿が大量に並んだ状態……ごふっごふごふっ。


 全てローデリック様のために俺がデザインして仕上げた大作だ。


「あぁぁぁぁっ、素晴らしい、素晴らしい! これほどのものが僕のコレクションに加わるなんて、最高だよ。……何が素晴らしいか分かる? セリーヌ」


 ローデリック様はぐるんと首を九十度回転させると、ソファーに並んで座っていた彼の妻に話しかけた。

 セリーヌ様は彼に優しくほほ笑んで、


「そうですわねぇ。見たことのない斬新な絵柄ですけど、私にはそれ以上は分かりませんわ」


 と答えた。

 二人の仲は良好みたいだ。


「ほら、例えば、このお皿の女神の絵を見て」


 と、ローデリック様は大皿に描かれた巨乳美少女のイラストを指して言った。


「……これは、胸が大き過ぎませんか? 現実離れしているというか」


 セリーヌ様は少し困惑したように言うが、ローデリック様の勢いは止まらない。


「そう、それがいいんだよ!」


 と言って、彼は感極まったようにソファーから立ち上がった。


「いいかい? ラントペリー氏が描いているのは、現実そのものの写しではなくて、最もインパクトがあり、美しく見える形なんだ」

「そう……なのですか?」

「うん。これは絵として計算されたバランスの結果なんだ。のっぺりと現実の人間に近いスタイルで女神を描いても単調な絵にしかならない。このメリハリ! 極端なほどの腰のカーブ! 豊満すぎる胸! そうすることでこそ女神の魅力が際立ち、絵としての完成形を作り上げているんだ!」


 ローデリック様のピュアな言葉が爆風のように俺の耳を突き抜けていく。

 俺は、「彼を止めてくれ」と言う思いで必死にセリーヌ様を見た。

 だが、彼女の方も納得したというように頷いて、


「なるほど。そういうことだったのですわね」


 と言った。続けて、


「実は以前に、ラントペリー男爵がデザインしたワインラベルの女性の胴が長すぎると批判してくる画家がいましたの。それで、その画家が『正しいバランスはこうだ!』と、ラントペリー男爵の絵と似た絵を描いてラベルに重ねて見せたのですけど、私には男爵の描かれた絵の方がしっくりいくように見えていたのですわ。あれもわざと現実とは違うバランスで描いて、絵として整えられていたのでしょうね」


 と、セリーヌ様は考察までしてくれた。


「……ワインラベルの方は確かに、丸いものに貼るからそれに合わせて調整していました」


 細かい工夫を褒められるのは嬉しいけども――。


「でしょ、でしょ! ほらぁっ。このカップの人物の大きな瞳もね、見てよ! 瞳を大きくすることで、女性の目の宝石のような美しさをより詳しく表現しているんだよ」

「そうですわね。流石ですわ~」


 この若夫婦は、俺をベタ褒めし過ぎだよ!

 俺は思わず赤面してうつむいてしまった。


「ああ僕、こんな素晴らしいティーセットを所有してしまったら、人生初めての、僕主催のガーデンパーティーなんて開いちゃうかもしれない。うわぁぁぁっ」


 ローデリック様は大興奮状態で叫んだ。


「うふふ。ローデリック様ったら、本当にラントペリー男爵の作品がお好きね」


 と、セリーヌ様もローデリック様に寄り添っている。

 ラブラブ新婚夫婦めっ……。


 セリーヌ様はローデリック様の趣味を尊重しているし、ローデリック様も、以前のように領地に引きこもるのをやめて、セリーヌ様が社交会を楽しめるように一緒に王都に出てきていた。


「ガーデンパーティーというと、最近の流行りはコーヒーとケーキかしら。……ワインも出したいですわね」


 ボソリとワインオタクのセリーヌ様が言う。


「そうだね。ワインも選んで、楽しいパーティーにしよう!」

「えぇ、私も協力しますわ。私たち二人で開く初めてのガーデンパーティー、素晴らしいものにしますわよ!」


 新婚夫婦は二人で盛り上がってガーデンパーティーの開催を決めた。


「――ということですので、パーティーにはお二人も来てね、シルヴィア、ラントペリー男爵」


 と、セリーヌ様は俺たちに言った。


「ええ、もちろん参加するわ」

「はい。喜んで」


 そういうわけで、俺はシルヴィアと一緒に、後日開催されるマクレゴン公爵家のガーデンパーティーに参加することになった。

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