カントリーハウス2

「シルヴィア、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「招待ありがとう、アレン。道中を見てきたけど、景色が綺麗で良いところね」


 改装中の屋敷に、シルヴィアが訪ねてきた。


「ありがとう。それと、今回はよろしくお願いするね」

「任せて。気になる点は、しっかり指摘させてもらうわ」


 夏を前に、屋敷の準備はもうすぐ整いそうだった。

 でも、貴族になりたての俺では、訪問客のもてなし方などにも不安な部分が多い。

 そこで、本格的にお客さんを迎える前にシルヴィアに滞在してもらって、おかしなところがないかチェックしてもらうことにした。


「それでは、お入りください」


 俺は玄関の扉を開いてシルヴィアを迎え入れた。


「ああっ! これはまさにアレンの家ね!」


 屋敷の中に一歩踏み込んだ瞬間、シルヴィアが声をあげる。


 エントランスでは、壁一面に描かれた壁画が客人を待っていた。


「すごい。これは、王国の建国神話に出てくるドラゴンかしら……」

「うん。まあ、そんな感じ」


 本当は、前世のお気に入りのゲームのキャラとモンスターがモデルなんだけど、それだけだと意味不明になるので、こちらの建国神話にも寄せたファンタジー世界を描いていた。


「もしかして、屋敷の全ての壁にこんな風に絵を描いたの?」

「そうだね。まだ途中の部屋もあるけど、そのつもり」

「見たい!」


 ハイテンションで言うシルヴィアに、俺は屋敷の中を案内してまわった。



「この部屋は……何かの物語を描いたのかしら?」


 最初に通した客間の壁画は、絵巻のように一人の人物の物語が展開される形で描いていた。


「ラントペリー家の歴史だよ。ウチのご先祖様が貧しい行商からわらしべ長者的にどんどん大きな商会を作っていく様子を描いてるんだ」

「へえ……。こう、左から部屋を一周するように話が進んでいくのね」

「そう。ここは父のリクエストで作ったんだ」

「素敵ね。こういうの、自分の屋敷にも欲しいって貴族は多いんじゃないかしら」


 お、新たな商売のタネが……。


 屋敷には家族にリクエストされた絵もたくさん描いていた。

 両親の寝室には母の趣味で東の国の自然風景を、フランセットの部屋には動物園のようにたくさんの生き物を描いた。


 それから――。


「こっちの部屋は、壁画じゃなくて額を置いたのね」


 屋敷の中で一番長い長方形の部屋は、ギャラリーっぽくしてみた。

 俺の描いた絵を額に入れて美術館の展示のように並べている。


「そうだね。壁には何も描かなかったよ」

「壁には? ってことは……」


 シルヴィアが天井を見上げる。


「あ、かわいい! こんなの初めて見た」


 天井には何枚もの板がはめ込まれ、その一つ一つに、小さなイラストが描かれていた。


 日本のお寺で見たことがあったのをヒントにした。天井を梁でマス目状に仕切って、その一つ一つに草花の絵を描いた板をはめ込んだ花天井だ。


「すごい、一枚一枚違う絵の小さなパネルを何枚も張ってるのね。これは、時間が掛かったでしょう?」

「うん。コツコツ続けて、やっと完成したところだよ」

「いいわね。これ、流行るんじゃないかしら」


 シルヴィアは楽しそうに天井の絵を一つずつ見てまわった。


 しばらくその部屋を楽しむと、彼女はさらに奥にもう一つ扉があることに気がついた。


「次は、この部屋かしら」

「あ、そこは……まだ改装中で……」

「そうなの? でも、扉までは綺麗に整えられているし、中をちょっとのぞくだけなら大丈夫じゃない? 改装前の様子も気になるし」


 俺の制止をふりきって、シルヴィアはその扉を開けた。


 瞬間、目に飛び込んでくる鮮やかな色彩に、シルヴィアの表情が固まる。


「……この部屋は、ちょっと変わったタッチで描いているのね。目が大きい女性の絵?」

「あはは……。変わった表現を模索してたんだ」


 こんな目で見られるんなら、アニメ美少女壁画部屋なんて作るんじゃなかったっ……!!


「わ……私には分からないけど、人によっては心を打つものがあるんじゃない?」

「そうだね。俺と趣味の合う人なら、気に入ってくれる……かも」


 今度、マクレゴン公爵家のローデリック様でも呼んでみるかな。俺の絵のコレクターになってくれていたし。


「うーん、まあ、壁はまだあるし、色んな絵を描いて色んな人の好みに合うようにできればいいかな」


 自分で描けるので、気に入らなくなったらいくらでも別の絵に描きかえられるのだ。理想の落書き屋敷である。


「お手柔らかにしてあげなよ。アレンが生きている内はいいけど、死んだら子孫が保存に苦労するわよ。アレンの絵なんて、亡くなった後はどんどん価値が上がるだろうし」


 マジ!? それは考えてなかったな。


「俺としては自分が楽しめればそれでいいと思ってたんだけどなぁ……」


 子孫が俺の黒歴史の保存に必死になるとか、ヤバいな。


「ま、まあ、先のことは後々考えることにして、シルヴィア、せっかく来てくれたんだし、楽しんでいってね」


 そうして、俺は最初のお客様であるシルヴィアをもてなし、見事、おもてなしの合格点をもらった。


「合格というより、基準をはるかに上回っていたわよ。何よりご飯が美味しいから」


 と、シルヴィアにお墨付きをもらったので、俺はどんどん屋敷に人を招待していった。




 後日。


「こ……この神絵は……素晴らしい! 素晴らしいよ、ラントペリー氏! 僕、この家に住みたい!!」


 お招きしたローデリック様には、アニメ美少女壁画部屋を絶賛してもらえた。


 他にも、俺の絵を見たいという人たちがたくさん来て、ラントペリー家のカントリーハウスは、俺の個人美術館のようなものになっていくのだった。


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